7話 盤上世界:立証考察①
「じゃあ俺はこのことを新太義兄さんたちに伝えてくる」
「……あぁ」
栄一がシアタールームを出ていき、ここには私一人だけが残された。
『クククッ、最悪の展開だな』
脳内に『幸運の魔女』の声が響く。魔女はあくまで私の心中、遊戯世界の存在。それなのに今彼女の声が聞こえるのは、私の精神がかなり追い込まれている証拠だ。
……それほどまでに、この短期間で一二三の存在は私の中で大きくなった。
「だまれ、魔女」
『怖い怖い。だが我の存在はきっと役立つぞ?』
遊戯世界で彼女とは何度も対話してきた。昨晩も彼女と対話することで自身の考えを整理することができた。確かに、彼女がいれば真相への近道になるかもしれない。
知識を共有しているはずなのに、別の考えを持つ存在。……まるで二重人格だ。
「まず、この事件を一二三にできたか?」
『わからぬ。だが、第二の事件は貴様が我と対話している間に起きた可能性があるだろうな』
「私が寝ていたのは、大体午前一時から午前四時……。その間だったら一二三にも可能かもしれない……ってことか?」
『肯定する。よって一二三が第二の事件の犯人である可能性は零ではない』
私は舌打ちをしながら何か証拠がないかを探す。だが、これといったものは見つからない。……やはりあのスマートフォンの存在が大きすぎる。
犯人はこの状況を狙って、一二三のスマートフォンを現場に置いたのだ。
『すまぁとふぉん、あれの存在がある限り疑いは一二三に向くだろうな』
「あぁ、だが一二三が犯人だとすると、第一の事件が説明できなくなる。それをあいつらはどう思うだろうな」
『何も思わない。愚かな人の子たちはなんらかの方法であの閉じた箱を作りだしたと考えるだろう』
「それは第一の事件の犯人がわからなかった場合の話だ。実際はマスターキーの存在から使用人のどちらかだと、あいつらは考えていたはずだ」
結局、マスターキーは犯行に使われていない。つまり使用人にもあの殺人は不可能だったということになるが。
『しかし、それだと第二の事件と矛盾してしまう。何故なら犯人は一二三だからな』
「真犯人は最初、使用人に罪を擦り付けようとした。だがなんらかのトラブルが起きた……。そう考えられないか?」
『となると現在この島には、使用人犯人説と一二三犯人説が同時に存在しているわけだ。この状況は余計な混乱を招くだけで、真犯人にとっても好ましくはないだろうな』
「今生きている使用人は一人だけだ。つまりここから一二三犯人説を通すためには……」
『第三の事件。その被害者として狙われるのは、青木総一郎だ』
私はシアタールームを飛び出した。そして階段を上り、二階のサチヱの部屋に向かう。
「樹里様、どうされました?」
「鍵を渡せ」
「……どうしてでしょうか」
怪訝そうな顔をする。私が一二三のことを逃がすと思っているのだろう。
決してそんなことをするつもりはない。彼女がサチヱの部屋に籠るのは、事件の裏側を調べさせるにむしろ好都合だ。
「犯人は次にお前を殺すつもりだ。そしてお前の持つ鍵を奪って一二三も殺す」
確証はない。ただその方が効率が良いと感じただけだ。
「サチヱ様のお部屋はこの鍵がないと中からも開けられない仕掛けになっています。なので私を殺すことは……」
「総一郎、お前は一二三が犯人だと思うか?」
「……いえ、私も一二三様が犯人とは考えたくありません。ですが証拠が」
「……そうだな」
第二の事件は誰にでも可能だった。
目立つ証拠がないだけに、やはりスマートフォンの存在が大きすぎる。
「わかった。ただ、できるだけ全員と一緒に行動してほしい」
「かしこまりました。……樹里様もお気をつけて」
「……止めないのか?」
「えぇ、私もこんなことをした犯人を知りたいので」
そう言って総一郎は一階へ降りた。
『クク、作戦失敗だなぁ。小娘よ』
「次小娘って呼んだら殺す」
魔女は何故か現実世界の私を小娘と呼ぶ。現実と遊戯世界の私を別の存在と考えているのだろう。……自分の中の存在なのに、やつのことはよくわからない。
『さて、どうする? もう一度シアタールームへ行くか?』
「いや、他にも調べたい場所がある」
『……ほぅ』
「シアタールームの惨状……。犯人は確実に返り血を浴びただろう。それを犯人はどうした?」
『トラッシュルーム、もしくはランドリーで処理した可能性はあるな』
「あぁ、まずはトラッシュルームだ」
私はトラッシュルームのある地下へ降りた。
●
……暇だ。
樹里の前でかっこつけてはみたものの、退屈過ぎて死にそうになる。普段ならこんな時はスマートフォンでゲームをしたり動画を見たり本を読んだりして暇を潰すのだが、今はとてもそんな気分にはなれない。
「これからどうするかなぁ……」
今からほぼ丸一日の間、私はサチヱの部屋で過ごすことになる。幸いなことに、部屋にはトイレとシャワールームが完備されていた。恐らく介護用に設置されたのだろう。
「とりあえず何かないかな……」
孤独から目を逸らすために、わざとらしく独り言を話しながら、本棚を漁る。……逆に虚しくなってきた。
難しそうな本たちに紛れていたノートを手に取り、中をペラペラとめくる。
中身は新聞や雑誌のスクラップ。内容は主にサチヱのことを取り扱った記事だ。
最初はサチヱのことを讃える記事ばかりだった。
本物の予言。未来を見通す目。……そんな胡散臭い言葉がどの記事でも書かれている。
だが、数ページ進むとその評価は一転した。
ただのトリック。偽りの栄光。関係者が語る真実。今まで散々崇めていたのに、手のひらを反すようにサチヱのことを糾弾する。
そして最後のページ。そこには一枚の新聞の記事が貼られていた。
『偽善者、赤崎サチヱに救われた人間の末路』
品のない見出しだが、肝心の内容も更に無惨だ。
四十年前、テレビ番組に出演したサチヱの未来予知によって病気の早期発見ができた女性。
当時は奇跡ともてはやされたが、あれはテレビ局によるやらせだ。そう書かれている。
マスコミはサチヱに取材しようとしたが、彼女は当時無人島だった俯瞰島を買い、そこで隠居生活を始めた。この記事曰く、真実がバレることを恐れて逃げたらしい。
そして矛先はサチヱに占われた女性に向かった。
連日彼女の働く酒屋にはマスコミが押しかけた。そのせいで彼女は追い詰められ、最終的に子供を残して自殺してしまった。
そして記事はこの責任がサチヱにあると主張している。……最低だ。
その女性の名前は、小森明日香。
「小森……?」
最近どこかで聞いたような……。偶然だろうか。
そう結論付けた私はノートを閉じると、本棚へ戻した。あまり見ていて気分のいいものではなかった。
「樹里ちゃん、今頃どうしてるんだろ……」
自然と樹里のことを考えてしまう。
自分の気持ちがわからない。何故こんなに彼女に惹かれてしまうのだろう。
思えば最初から彼女に特別な感情を抱いていた。まるで一目惚れしたみたいに。しかし、一目惚れなんかじゃない。なぜなら……。
「そうだとしたら、最低だよね、私……」
そんな理由で彼女に好意を抱いているはずがない。そう信じて、私は探索を続けた。