3話 魔女の住む村 その零:囁き
「もう一度言ってもらってもいいですか?」
近衛刑事からの依頼。それだけでも珍しいものだというのに、その内容は更に奇妙なものだった。
「山奥の村に魔女を自称している女がいるからそれを調べてほしい。……これでいいか?」
「何か悪いものでも食べました?」
「あのなぁ……。俺だってお前になんか頼りたくないんだよ。だが事情があって止む無くだな」
「いや、だって自称魔女のインチキを暴いてほしいだなんて、警察がわざわざ探偵にする依頼じゃないですよ⁉」
しかも、よりにもよって『魔女』だなんて。その単語が私の心をより一層苛立たせる。
私の感情が近衛刑事にも伝わったのか、彼もいつもより不機嫌そうだ。
「……失礼。それで、どこに行けばいいんですか?」
すると近衛刑事がテーブルの上に一冊のパンフレットを置いた。
その表紙を見て、彼が私に依頼をした理由がなんとなくわかった。
「新興宗教団体ですか……」
「そいつらの施設の近くでいくつか事件が起きていてな。警察も施設を捜査をしようとしたんだが拒否されたんだ。証拠が無い以上強制的に立ち入ることもできない」
「そこで私の出番と」
「……お前に頼るのは癪だがな」
一応は一般人である私が施設内に潜入し、その団体が事件に関わっている証拠を見つける。それが私への依頼の正確な内容だ。
パンフレット表紙に載っている妙齢の女性を見る。きっと彼女が件の魔女だ。
「でも、どうして魔女なんですか? 何かすごい修行でもしたんですかね」
「ある日突然魔法に目覚めたんだとよ。よくもまあ逮捕歴のある人間を信じようと思えるよな」
「この人、過去に逮捕されてるんですか⁉」
「あぁ、こいつの名前は山路世津子。過去に詐欺で一回捕まっている。その刑期を終えたのが五年前、それ以降姿を消していたんだが……最近になってこんなことをやり始めやがった」
たしかに信者が何故詐欺で捕まっていた山路のことを信じているのか、近衛刑事の疑問は当然のものだ。
「……わかりました。でも何も出てこなくても文句言わないでくださいね」
こうして、私は東北地方の山中にある村へ行くことになった。
そしてそこで、私は魔女による事件に巻き込まれることになる。
●
「予約していた赤崎です」
村に唯一存在している民宿は、観光客たちで賑わっていた。老人から家族連れまで、多種多様な人たちが入口で談笑をしている。
駐車場にも、県外のナンバープレートがついた車が何台も停まっていた。これも魔女のおかげなのだろう。
ここにいる客全員が山路に用がある。……そう考えるとゾッとした。
「はいはい、赤崎さんですね。お待ちしておりました。お部屋はこちらです」
女将が人当たりの良さそうな笑みで私を部屋に案内する。
「随分と儲かってるみたいですね」
「えぇ、おかげさまで。やはり珍しいですか?」
「まぁ、はい……」
「別に遠慮しなくてもいんですよ。以前は本当に何もないところでしたから。それもこれも、世津子さんのおかげです」
「例の魔女ですか……」
「あれ? てっきり赤崎さんもあの人が目当てだと思ってたんですが」
依頼は潜入捜査だ。そのためには山路世津子の力に興味があるフリをしなくてはならない。
正直苦痛だが、やるしかない。
「その通りです。……実は今傷心旅行中で。たまたま山路さんがこの村にある施設でセラピーをしていると耳にしたので。でも、やっぱりまだ半信半疑というか」
パンフレットには、魔法の力であなたの悩みを言い当て、より良い未来を提示すると書かれていた。これでは魔女というより、よくいる占い師だ。
当然、半信半疑どころか一片たりとも信じていないのだが。
「そうでしたか……。安心してください。世津子さんはきっと貴女を受け入れてくれますよ」
女将も山路の力を信じているのだろう。その言葉には熱がこもっていた。
たしかに山路のおかげで村は潤っている。そういった意味では、間違いなく彼女はこの村の救世主だ。
そういう意味では、私はこの村に住む全員の敵かもしれない。
「そういえば、この辺りで最近行方不明者が出ていると聞いたんですが……、女将さんは何か知っています?」
「さぁ……。でも一度警察の方が来たことはありますね。私は行方不明者なんて知りませんし、観光客のイタズラなんじゃないかとだけお伝えしました」
「……そうですか」
まだ山路が事件に関わっていない可能性はある。むしろそちらの方が考えやすい。
……犯人は別にいるかもしれない。しかし、そんなことは関係ない。
私はただあの魔女の虚構を暴こうとしている。これは八つ当たりに近いのかもしれないが、今の私にはどうでもよかった。
しかし、違和感を覚える。どう考えても、女将が行方不明の事件のことを知らないのはおかしい。
何故なら行方不明者は全員この村を訪れた観光客だからだ。そして村にある宿泊施設はここだけ、つまり行方不明者は日帰りの予定じゃなかった場合、ほぼ確実にここに泊まっているはずだ。
なのに女将は事件を知らない。それが真実であれ嘘であれ、面倒なことになる予感がした。
今夜私が泊る部屋に入り、荷物を畳の上に置く。バッグの中には着替え、スマートフォンの充電器の他にも、デジカメやボイスレコーダーといった仕事道具も入っている。
窓から外の風景を眺めた。
のどかな田園風景が広がっている。それだけならどこにでもある田舎なのだが、この村の中央に建っている、異様な建物が悪目立ちしていた。あれが山路世津子とその信者が暮らしている屋敷だ。
「……魔女、か」
私は独り言を呟いた。
女将が出ていき、この部屋には私しかいない。それでも耳元で囁いている女性の声を、私は無視した。