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遊戯世界の吸血鬼は謎を求める。  作者: 梔子
Interlude
137/210

1話 白髪の探偵 前編

 扉をノックするが反応はない。この部屋に泊まっている女性客から呼ばれて七階まで来たのだが、これでただのイタズラ電話というのは勘弁してもらいたい。

 扉はオートロックなのだが、半開きになっているせいでその役目を果たせずにいた。俺は不用心だなと思いつつ、扉を全開にして室内に入った。


「え……?」


 横倒しになった家具、割れたガラス。そんな異常な部屋の中心に、ワンピースを着た人物が倒れていた。

 その頭部の下には、真っ赤な水たまりができている。


「あ、あぁ…あぁぁ……」


 早く通報しなくては、頭ではそう考えているのに身体がその命令を受け付けない。

 俺の身体は尻餅をつき、そして……


「うわああああぁぁぁ‼」


 俺の意識はそこで途切れた。



「被害者は田無(たなし)真央(まお)、現場の部屋には昨日から泊まっているそうです」

「ふむ、それで貴方が遺体の第一発見者ですね?」


 俺は目の前に座っている従業員に訊いた。従業員は頷き、「ですが」と付け加えた。


「どちらかと言えば、倒れた俺を見つけた人が第一発見者な気がしますけど」


 従業員の男、山内陸(やまうちりく)は田無に電話で呼び出されて現場の部屋に入った。そして遺体を発見し、気絶してしまった。

 それからおよそ三十分後、山内が帰ってこないことを不審に思った他の従業員が現場に行くと、田無の遺体と倒れている山内を発見、こうして事件が発覚したわけだ。


「いくつか質問をさせてください。山内さんがあの部屋に入った時、中には誰もいませんでしたか?」

「はい、遺体以外は誰も……」

「山内さんは倒れる前に遺体や家具に触れたりしましたか?」

「いえ、すぐに意識を失ってしまったので……」

「犯人に心当たりはありますか? 例えば宿泊中田無さんが誰か女性と会っていたとか」


 恋人とトラブルになった末に殺された。

 どんな可能性であっても、今は否定できない。それを一つずつ潰していくのが俺たちの仕事だ。


「女性……? すみません、友人とではなく一人で来ていたみたいで……」

「……そうですか」


 俺は頭を掻きながら、現場の状況を思い出した。

 田無の死因は頭部に撃たれた銃弾だ。弾は頭を貫通して、窓を割った。バルコニーに破片が飛び散っていた以上、犯人は室内から被害者のことを撃ったはずだ。


 だが、問題が一つ残る。

 田無が泊っている階の防犯カメラには、彼女が部屋に戻ってきてから山内が来るまでの間、誰の姿も映していないのだ。そしてそこから他の従業員が山内の様子を確認しに行くまでの間も、誰も廊下を通っていない。

 なら、犯人は一人しか考えられない。


「山内さん、一度署までの同行をお願いできますか」

「えぇ⁉」


 犯人はこの男だ。証拠はまだないが、実行可能なのはこいつしかいない。動機や殺害方法については、取り調べで吐かせればいいだけだ。


「あの、お取り込み中すみません」

「どうかしたか?」


 部屋の外にいた警官が入ってくると、申し訳なさそうにしながら俺に耳打ちした。


「お知り合いを名乗る方がこのホテルに泊まっていたらしくて……」

「知り合い?」


 強烈に嫌な予感がした。そしてそれはすぐに的中することになる。

 俺が許可するよりも先に、()()()()()が部屋に入ってきた。ここは関係者以外立ち入り禁止なのだが、その動作はまるでここにいるのが当たり前かのように堂々としていた。


「あれ、刑事さんじゃないですかぁ。おひさしぶりです」

「どうしてお前がここに……」

「いやだなぁ、偶然ですよぉ。依頼の帰りにこのホテルに泊まってたら、事件が起きたって聞いて。居ても立っても居られず来ちゃいました」

「部外者は部屋に戻ってろ!」


 白髪の少女の職業は探偵だ。俺は彼女が事件を解決しているところを何度も見ている。

 ……それは警察が一般人に手柄を横取りされる屈辱を幾度と味わったということを意味している。


 探偵の存在を便利屋のように思っている不真面目な刑事も過去にはいたが、俺は彼とは違う。こんな素人が事件に首を突っ込むなんて認められるわけがない。


 すると探偵は山内のことをじっと見つめた。山内は困惑しながら探偵から目を逸らした。


「……なるほど」


 探偵が呟く。


「刑事さん、この人は犯人じゃありませんよ」

「何故そんなことがわかる!」


 俺が探偵に掴みかかると、彼女はニヤリと笑って言った。


「探偵の勘ってやつです」



「お邪魔しまーす」

「頼むから邪魔だけはするなよ……」


 探偵が現場の部屋に入る。本来なら無理矢理追い出すべきなのだが、彼女がこうしているのには理由がある。

 彼女の祖母は超が付くほど有名な占い師、赤崎(あかさき)サチヱだ。警察トップの人間たちがサチヱとの繋がりを持っているせいで、俺たち下の人間は彼女の孫であるこの探偵に逆らうことができない。これが俺がこの探偵を嫌っているもう一つの理由だ。


 すると探偵は遠慮もせずに被害者の鞄を漁りだした。


「うぅん、財布とかは全部盗られちゃってますね。……田無さんは結構ずぼらで、しかもお金遣いも荒かったたみたいですよ。鞄の底にレシートが何枚もありました」


 化粧品、衣服などを購入したレシートを探偵が俺に見せる。中にはアダルトグッズや避妊具を購入が記録されているものもあった。

 田無もこんな恥ずかしいものを赤の他人に見られるとは思ってもいなかっただろう。


「つまり犯人は金品を狙って被害者を殺したんだ」

「なるほどぉ……。でも、ならなんで山内さんが犯人だと思ったんですか? あの人が田無真央さんの財布を持っていたわけじゃないんですよね?」

「まだ見つかっていないが、恐らく財布はバルコニーから外に落として後で回収するつもりだったんだろう。それに防犯カメラの問題もあるからな」


 バルコニーは部屋ごとに区切られているが、仕切りがあるわけではない。しかしこの階の宿泊客は田無の他に一人しかいない。財布を落とす場面を目撃されるリスクは少なかっただろう。


 探偵は再び「なるほど」と返事をして鞄を漁り続けた。

 そして中から被害者のスマートフォンを取り出した。彼女は慣れた手付きでそれを操作する。どうやらパスワードはかかっていなかったようだ。

 アルバムのアプリを開くと、その中には被害者の撮影した写真や動画が保存されていた。探偵が適当な動画を再生する。当然その中には被害者の音声が入っている。


「……やっぱり」


 探偵の纏う雰囲気が変わった。


「刑事さん、この動画を山内さんに見せて質問してください。フロントにかかってきた電話の声はこれでしたか? って」

「どうしてそんなことを?」

「実は刑事さんと山内さんの会話、聞いちゃってたんですよね。それで刑事さんのした質問に一つ違和感があって」

「違和感……?」

「まあそれは後でお話します。それと、一つ確認したいことが。この階に被害者以外で他に泊まっていたのは?」

「女性客が一人だ」

「なるほど」


 そして探偵は一度深く息を吸い、宣言した。


「私、犯人解っちゃいました」

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