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遊戯世界の吸血鬼は謎を求める。  作者: 梔子
4章 春は死の臭いと共に
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17話 遊戯世界:家路

 警察から解放され、始発の電車に乗る頃には、騒がしかった雨もすっかり止んで雲一つない空が広がっていた。私は一度大きく欠伸(あくび)をして、車窓から見える山を眺めた。

 昨晩私はあの場所で異常な経験をした。そして自身の無力さを痛感してしまった。


「……樹里(じゅり)ちゃんが来たら、あっさり終わっちゃったね」

「事前に一二三(ひふみ)から情報を得ていたからだ」


 たしかに樹里の言葉は事実なのだろうが、今はなんの慰めにもならない。

 悔しくて仕方がなかった。一人では何もできない自分が嫌になる。


「そういえば、スマホ持ってるなら先に言ってよね」

「危険な状況だったらすぐに通報してた。だが、気が変わったんだ」


 あの時樹里は荷物を預けたと嘘を吐いていた。そのことは家に帰ってから叱るとして、今の私は別のことを気にしていた。


「ナユちゃん、これからどうなるのかな」

「……さあな」


 那由多(なゆた)が脅されていたとはいえ、犯罪に加担してしまったのは事実だ。しかし私と樹里はそのことを取調べで警察に伝えることはなかった。

 恐らく、億斗(おくと)も証言はしないだろう。してしまえば、彼の計画が台無しになってしまうからだ。


 勿論私は彼のしたことを許さない。しかし、彼の想いだけは尊重したいというのが私たちの総意だ。

 きっと那由多もすぐに解放されるだろう。その後は広い屋敷に一人で暮らすのか、母が暮らしていた東京の家に行くのかはわからない。もしくはどちらでもない第三の選択肢を選ぶかもしれない。

 ……だがどれを選んだとしても、それが那由多の意思で決めたことなら私に口を挟むことはできない。


 何か言いたげな顔で樹里が私の顔をじっと見つめる。いつもなら人目もはばからずに彼女の唇を奪うことくらいしていたのだが、今はそんな気分にはなれなかった。

 目を閉じて、何も考えずにただ目蓋の裏を見続ける。すると私の意識は一気に落ちていった。



 子供部屋ではなく、いつもの古城の広間で私は目覚めた。


「なんだか随分とひさしぶりに会った気がするわね」


 『双貌(そうぼう)の魔女』が私の分のティーカップに紅茶を注ぐ。そして指を鳴らしてカップをもう一つ生み出した。

 カップは全部で三つ、私以外にも客人がいるということだ。


「なるほど、ここが樹里さんの世界ですか」


 煙と共に、黒いドレスを着た少女が現れる。『那由多の魔女』、四条(しじょう)那由多のもう一つの人格と言える存在だ。


「ナユちゃん…どうしてここに……?」

「改めてご挨拶をと思いまして。どうやら樹里さんはまだ盤上のようですね」


 正直、樹里が追いかけてこなくて助かっていた。彼女がここに来ていたら、私は自身への嫌悪感に耐えられなかっただろう。

 そんな感情が表情に出ていたのか、『那由多の魔女』が私の顔を心配そうに覗き込んだ。


「ナユは一二三さんに何度も助けられました。だから、そんなに自分を責めないでください」

「でも、結局事件を解決したのは樹里ちゃんだし」

「そんなことありませんよ。一二三さんだって十分に事件の解決に貢献していたじゃないですか」

「そうよ、あの子も貴女から情報をもらって行動に移してなかったら、謎を解くどころじゃなかったわけだしね」


 魔女たちに慰められるが、私の心は未だに自身を許せないでいる。


「はっきり言うと、樹里さんが特殊なんですよ」

「じゃあ、私は……?」

「そりゃ完全に一般人とは言えませんけど、あの人と比べたら十分一般寄りだと思いますよ?」

「それじゃ、ダメなんだよ……」


 普通の人間ではいたくない。少し前の私なら絶対に考えないであろうことを、今の私は考えていた。

 だって、普通のままでいたら……


「樹里ちゃんの隣にいられなくなる」

「……もしかして、惚気(のろけ)話でもしに来たの?」


 『双貌の魔女』が呆れた様子で紅茶を(すす)った。たしかにそう捉えられてもおかしくはないが、実際今の私にとっては死活問題だ。

 私が普通の人間になってしまったら、樹里は私のことを退屈な存在だと思ってしまうかもしれない。そんなことはないとわかっていても、私の心はそのことに警鐘を鳴らしていた。


「それが四条一二三の意思なら、私達も尊重するけど」

「ナユも一二三さんのことを応援しますよ」

「……ただ、そうは言っても本当にあの子が特殊なだけだから、少しずつ成長していくしか方法はないと思うけどね」


 魔女たちのアドバイスを聞きながら、私は紅茶を一口飲んだ。

 それでも、私の心は現実世界の天気のように快晴とはいかなかった。



 一二三が寝息を立てながら私の肩に頭を乗せている。彼女の重みを感じながら、私は昨晩からの彼女の様子について頭を悩ませていた。


「別に私はお前にそんなことを求めていないのに……」


 そう彼女に言ったところで、納得することはないだろう。

 するとスマートフォンがポケットの中で震えた。取り出して確認すると、浦崎(うらざき)からメールが届いていた。


「後で詫びくらい入れないとな」


 こんな時間に送ってきたということは、調査の依頼をしてから寝ずにずっと調べていたのだろう。流石にこき使いすぎたかと反省してしまう。

 ……こんなこと、昔の私では思いもしなかっただろう。昔の私なら凡人が天才の力になるのは当然とまで思っていたはずだ。あまりの生意気さに、過去の自分を思いっきり殴り飛ばしたくなる。

 私が普通の感性を身につけることができたのは、紛れもなく、普通の少女である一二三のおかげだ。


 ……私は一二三に、赤崎(あかさき)樹里にとっての日常の象徴であってほしいのだ。


 メールを開き、内容に目を通す。

 死亡した学生たちについてはある程度調べがつき、後日まとめたものを直接渡すと書かれている。わざわざこんな時間に送る内容ではないと感じたが、その理由が文面の終盤に書かれていた。


『当時の学生たちの事故死、病死のすべてに六巳百華(むつみももか)が関わっている可能性が非常に高い』


 ここに那由多がいなくてよかった。私は心の底から安堵した。

 やはり、学生たちの死にはやはり何者かの悪意が関わっている。そしてその何者かが百華であることも可能性の一つとして考えていた。


 しかし、肝心の百華が死亡してしまった以上、これから先調べる意味も……


「……え?」


 メールの最後の文章を見て思わず息が止まった。


『当時四年生だった学生たちと、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()として警察は処理している。しかしその時の捜査状況に問題がなかったかという点には疑問が残る』


 ……宮森麗奈(みやもりれいな)は既に死亡している。しかし、私は昨日麗奈を名乗る女性と言葉を交わしている。決して幽霊などではない。

 なら、あの時会った女性は一体誰なんだ……?

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