6話 強欲の罰②
ビニール手袋をはめた樹里が、無惨な姿に変わった蔵之介の遺体を調べる。私はその様子を眺めることしかできない。
あの後すぐに桐子が倒れ、新太が広間へ運んでいった。現場に残されたのは私と樹里、そして新太と入れ替わりでやって来た総一郎の三人だ。
「死因は首を鋭利な刃物で切られた際の出血だろうな」
流れた血で真っ赤になっている首を見ながら淡々と言う。
「まさか、朝食の最中に……」
「いや、遺体の状況を見るとそれなりに時間が経っている。深夜の間に殺されたんだろう。つまりあんたは誰もいない部屋に呼び掛けて、返事もないのに蔵之介が部屋に閉じこもっていると、勝手に思い込んでたんだ」
「樹里ちゃんそんな言い方しなくても……!」
「……いえ、返す言葉もございません。これは私の責任です」
「そ、そんなこと……」
一番悪いのはこんなことをした犯人のはずなのに。どうして総一郎が責められなくてはならないのだろう。
「とりあえずこの話は後回しだ。これを見ろ」
樹里がテーブルを指差して言った。
「これは、加奈子様の時にもあった……」
「犯人からのメッセージ……」
『強欲の罪を罰する』
加奈子おばさんの部屋と同じように、血でメッセージが書かれていた。蔵之介の死因から考えて、やはりこれも犯人が書いたものなのだろう。だが、どんな意図があって……。
「おいおい、ひでぇなこりゃ……」
入口から声がした。振り向くと、今朝は部屋で休んでいた栄一が立っている。
「……お身体の方はよろしいのですか?」
「こんな時に休んでいられねぇよ。絶対に犯人を見つけてやる」
そう言って壁を殴る。栄一のことは最初は苦手だったが、今はなんだか頼もしく見える。
彼も私たちと同じ気持ちなのだ。
「使われたのはこのナイフだな。……これはここで使われているものか?」
「いえ、今朝確認しましたが厨房の備品は全てありました。加奈子様殺害に使われたものも含めて、屋敷で使われているものではありません」
「じゃあ、これは犯人が外から持ち込んだんだね」
「そうなりますね。……そういえば気になることが一つ」
「なんだ?」
「お二人が安井さんの部屋に行こうとした時、シアタールームの扉が開いていたんですよね?」
「はい。少しだけ開いていて気になったので中を見たら……こんなことに」
「私が今朝五時くらいに、ここを通った時、扉は閉まっていました。しかしお二人が通った時は開いていた。それが不思議でならないのです」
つまり、早朝から朝食の間に誰かがシアタールームに入った?
恐らくその人物は犯人だろう。しかし、その意図がわからない。
「朝食の間いなかったのは栄一だけだが……、深夜に犯行を済ませ、そして早朝にここへもう一度来たとなると、誰にでも可能だな」
「でも、どうして深夜に蔵之介さんを殺した後、またここに来る必要があったんだろ……」
しかも扉が完全に閉じていなかった。それほど焦っていたということなのだろう。
朝に行動をすれば、他の人間に発見されるリスクも高まる。しかし、そのリスクを冒してまでやりたいことが犯人にはあったのだ。
「一二三さん、これを」
「なんですか? え……?」
画面の割れたスマートフォン、それを総一郎に渡された。
このデザインや画面に入ったヒビは正真正銘、私のスマートフォンだ。だが……。
「……どうしてこれがここに」
「どうかしたか?」
栄一がこちらを見る。思わずスマホをポケットに隠してしまう。それが無駄な行動であるとわかっていても。
「今朝から無くなっていた一二三様のスマートフォンがここに落ちていました」
「あのボロボロのスマホが落ちてたのか?」
「……はい」
栄一の問いに総一郎が正直に答える。
……まずい。
私はシアタールームに来た覚えはない。しかしここに落ちていたという事実は、私が犯人かもしれないという証拠になってしまう。
「……一二三ちゃんは深夜から早朝何していた? 昨日もだ」
栄一に睨まれ固まってしまう。彼は完全に私を疑っている。
だが、私には部屋にいたというアリバイがある。そして樹里がその証明者だ。
「少なくとも今朝は私が一緒にいたからアリバイはあるな。……昨日は八時くらいから外に出てたが、十分ほどで戻ってきたな。少なくとも一二三に犯行は不可能だ」
「ならどうしてここにスマホが落ちてるんだ? お前、庇ってるんじゃないのか?」
ダメだ。今の栄一に何を言っても信じてもらえそうにない。疑っているのではなく、私が犯人だと確信しているのだ。
なら、今の私にできることは限られている。
「……一つ提案があります」
「提案?」
無実であることを理解してもらうには、この方法しかない。だが、かなりのリスクもある。
この先真犯人が何もしなければ、犯人は私ということになってしまうかもしれない。だが、そのリスクを天秤にかける価値はある。
「残りの期間、私をどこかに閉じ込めてください。顧問弁護士の黒須さんが来るまでに、私以外の犯人が見つからなかったら……、私を警察に引き渡してください」
「そんなことしたら……」
「……樹里ちゃん、あとはお願い」
身の潔白を証明するには第三の事件が起こる前に、樹里にこの謎を解いてもらうしかない。
できることなら自分で仇を取りたかったが、……仕方がない。それに私はまだ短期間しか関わっていないのに、既に樹里の力を信じていた。
「では、サチヱ様のお部屋に……」
「……それで、お前はいいのか?」
「うん、私なんて役に立たないし」
「そんなことないっ!」
樹里が大声で言う。その様子に私だけでなく、栄一と総一郎も困惑している。
「いいか、この事件の仕組みは全部私が探し出す。……でもそれだけじゃ足りない。だから、お前は事件の裏側を探れ。……徹底的にな」
「な、なんで私が……?」
訳がわからない。私には何もできない。そう考えていると、樹里が私の手を握った。
「この謎はお前が解き明かすべきだ。今の私から言えるのはそれだけだ」
言い終えると、彼女は私から離れ蔵之介の遺体を再び調べ始めた。
「……こちらです」
そして私は総一郎に案内され、一階のシアタールームから二階のサチヱの部屋に向かった。
樹里の言葉が頭から離れない。
……私が解き明かすべき謎。もしかしたら、そこに父が関わってくるのだろうか。