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遊戯世界の吸血鬼は謎を求める。  作者: 梔子
4章 春は死の臭いと共に
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15話 続・来訪者③

「そうか、なら答えは出たな。……この手紙で当主を名乗っている人物は別人だったというわけだ」

「そんな…やっぱり……」


 事情が上手く飲みこめないが、どうやら那由多(なゆた)にとってそれは衝撃的な事実だったらしい。真っ青な顔で樹里(じゅり)の持つ手紙を見つめている。

 そして那由多は「やっぱり」と言った。つまり彼女は手紙を書いた人物に心当たりがあるのだ。


「さて、話を戻すぞ。一二三(ひふみ)が違和感を覚えた通り、このナイフは通常のものではない。これは左利き用のナイフだ。詳しい話は省くが、左利き用は左手で持っても切りやすいように刃が通常の右利き用のものとは鏡映しのような形をしているんだ」

「じゃあつまり犯人は……」

「あぁ、これのナイフが犯人の用意したものなら、間違いなく犯人は左利きだ」


 樹里が淡々と言うが、私はまだ理解できずにいた。何故ならここにいる人間は全員右利き、つまり犯人の情報とは一致しない。だとすればこの中に犯人はいないということになる。


「じゃあ、犯人は本当に部外者だってこと?」

「いや、犯人は間違いなく屋敷の人間だ。……今までのことを思い出してみろ。一二三にも犯人が誰か解るはずだ」


 私は言われた通り屋敷に来てからのこと、そして幼い頃の記憶を振り返った。その中に、犯人の重要な手掛かりがあると信じて。


『クソッ! 誰なんだよお前⁉ どこから入ってきた!』


 億斗(おくと)は密室から姿を消した。しかし、その脱出トリックは既に樹里が看破している。テレビの中から見つかったボイスレコーダー、それが明らかな証拠だ。


『犯人は最初に予言で三通りの殺し方を提示した。最後の予言も加えれば少なくとも四通りのはずだ。だが、実際には四条(しじょう)ハジメと八野(やの)億斗はどちらも二つ目の予言が使われている。その理由がわからなくてな』

『もしかして、どちらかの犯行は予定外だったってこと?』

『そうだ』

『億斗さんは密室から姿を消したんだけど……、これが犯人のトリックだったら、間違いなく第四の事件は犯人の計画だよね』


 第二の事件がイレギュラーだとしたら、犯人は何故ハジメを殺さなくてはならなかったのか。その理由は犯人に訊くしかない。

 本物のハジメは右利きだったらしいが、偽物の利き手がどちらかは解らない。しかし、外界との接触を絶っていた彼に左利き用のナイフを一人で用意できたとは思えない。

 彼が犯人だとしたら、確実に共犯者がいるはずだ。


 そして億斗の利き手はたしか……。


──億斗に言われて箸が止まる。彼は右手で箸を持ち焼き魚を無惨な姿にしているが、それを口に運ぼうとはしなかった。


 ……たしか右利きだ。

 しかし、何故か違和感がある。それは過去に見た彼の様子が原因だ。


──十矢(とおや)と億斗の二人はまだ食事の途中だ。億斗は綺麗な仕草で魚の身をほぐしている。それとは逆で、十矢はかなり汚い仕草だ。


 幼い頃の記憶では、億斗は今とはまるで別人のような箸使いだった。あの時彼はどちらの手で箸を持っていたのか、それが思い出せない。

 しかし、別の情報からそれを推察できるはずだ。


──手帳の内容を見た那由多の表情が固まった。そしてペラペラとページを捲る。私は横からその内容を覗いた。


──内容はただのメモや予定について、綺麗な字で書かれているだけだ。


──恐らく億斗はなんらかの持病があったのだろう。何日の何時に病院へ行く、そう書かれたページが多いこと以外特に変わったところは何もない。それなのに、何故那由多は必死になっているのだろうか。


 その理由は、先程の樹里と那由多のやり取りで理解できた。


『証拠を見せた方が早いな。荷物はほとんどロッカーに預けたが、これだけは持って来たんだ』


──そう言うと、樹里がズボンのポケットから手紙のようなものを取り出した。


『これ…どうして……』

六巳百華(むつみももか)の家から拝借した。ここには四条ハジメとお前が左利きであることが書かれている。ただ、お前は幼い頃に矯正されたらしいがな』


『ちょっと待て! あのジジイは右利きだったぞ⁉』

『そうか、なら答えは出たな。……この手紙で当主を名乗っている人物は別人だったというわけだ』


 那由多に手紙を書いた人物はハジメではない。そして手帳を見た時の彼女の反応……。

 つまり、ハジメを名乗って那由多に手紙を送っていたのは……、そして彼の利き手は……。


 ピースがはまっていく。なら、犯人はあの人だ。


「……解った。樹里ちゃん、さっきのボイスレコーダー貸して」

「あぁ」


 ボイスレコーダーを受け取り、再生ボタンの上に親指を置く。

 一度深く息を吸い、私は親指に力を入れた。


『クソッ! 誰なんだよお前⁉ どこから入ってきた!』


 この言葉の後も争う音がボイスレコーダーから流れるが、私は停止ボタンを押して音声を止めた。


「なるほど、億斗さんは密室から突然消えたわけではないんですね」

「うん、これが脱出トリック。あの時、中には誰もいなかったんだ。私たちは無人の部屋に向かって必死に叫んでいただけ」


 秘密の隠し通路があったわけでも、私たちの死角に潜んでいたわけでもない。なら答えはただ一つ、そもそもあの時億斗は室内にいなかったのだ。

 私たちは録音された彼と犯人のやり取りを聞き、彼が今この瞬間襲われていると思い込んだのだ。

 しかし、そう考えるとこの音声にはおかしなところがある。


『どこから入ってきた!』


 隠し通路なんて存在しない。だとしたら、犯人が部屋に入る方法は入口だけだ。

 ……なら、何故億斗は侵入方法を訊いたのか。それは私たちに秘密の通路から犯人が出入りしたと誤認させるため。つまり、これは億斗一人で録音したもの。


「だから、犯人は……」


 今でも信じたくない。彼が一番動機から遠いと考えていたのに……。


「犯人は、八野億斗さん。貴方です! どこかで聞いているんですよね⁉」


 すると、廊下から誰かが手を叩いて拍手する音が聞こえた。そしてゆっくりと扉が開く。


「正解」

「やはり生きていたか。八野億斗」

「はじめまして、探偵さん。……その通り、俺がみんなを殺した」


 億斗がニヤリと笑いながら、厨房に足を踏み入れた。

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