15話 続・来訪者②
「まずは第一の事件だな」
まだ髪が湿っている状態の樹里が、タオルで頭を拭きながら焼却炉のある小屋に入った。先程あんなことをしておいて、その顔はいつも通りの彼女に戻っていた。
小屋の中に遺体は無いのだが、相変わらず異様な雰囲気が漂っていた。
二日ぶりに樹里と会い本当ならもっと別の話をしたいのだが、今はそんなことをしている場合ではない。
樹里は室内に落ちていた木片を拾い、視線を入口に向けた。
「たしかに、一二三の推理で間違いないようだな。犯人はここに接着剤を塗ったんだ」
扉をまじまじと見ながら呟く。それをやったのは犯人ではなく那由多なのだが、それについては敢えて口に出さなかった。
「第二の事件についてはその状況に居合わせていない私ではなんとも言えないが……、たしかこの近くに橋があるんだな?」
「うん、すごく古いやつだけど」
「恐らく、四条ハジメはそこから落とされたと考えるべきだ。この天気で川も荒れている。遺体は当分見つからないだろうな」
「いや、あの人は……」
ニセハジメは生きている。そう言おうとすると、樹里がそれを制止した。
「おかしいと思わないか?」
「何が?」
「犯人は最初に予言で三通りの殺し方を提示した。最後の予言も加えれば少なくとも四通りのはずだ。だが、実際には四条ハジメと八野億斗はどちらも二つ目の予言が使われている。その理由がわからなくてな」
考えてみれば確かにそうだ。最後の予言には殺害方法については書かれていない。しかし、あそこまで予言を的中させることにこだわっていた犯人が、同じ方法を使い回したりするだろうか。
となると、第二と第四の事件が同じ方法であることにはなんらかの理由がある。もしくは……。
「もしかして、どちらかの犯行は予定外だったってこと?」
樹里が「そうだ」と言って頷いた。
そしてどちらの犯行がイレギュラーだったのか、すぐにその答えは出てきた。答えはニセハジメを殺したのが犯人にとって予定外の事態だったのだ。
「億斗さんは密室から姿を消したんだけど……、これが犯人のトリックだったら、間違いなく第四の事件は犯人の計画だよね」
「あぁ、そして脱出のトリックもすぐに解るさ」
樹里は笑って、焼却炉を後にした。
今度は第四の事件が起きた億斗の部屋だ。犯人と億斗はここから消えたのだが、やはり脱出できるような場所は何も見当たらない。
「さっきも調べたけど、何もなかったよ」
樹里は無言で机の引き出しを漁っていた。そして目当ての物を見つけたのか、ニヤリと笑いそれを手に取った。
「ドライバー?」
「……あとはこれもだな」
樹里はなんの変哲もないただのドライバーを机の上に置いた。
そして引き出しから他の物も取っていたが、彼女はすぐにそれをポケットにしまった。そのせいで、私にはそれがなんなのかはわからなかった。
樹里は再びドライバーを手に持ち、部屋に置かれているテレビを慣れた手付きで分解し始めた。
恐らく以前にも好奇心で分解したことがあるのだろう。そう思うほどに手際よくテレビをバラバラにしていった。
「そ、それくらいにした方が…後で戻せなくなるよ……?」
「……やはりな」
困惑している私をよそに、樹里は分解したテレビの中からあるものを取り出した。
……私は声を失った。
「これが脱出のトリックだ」
樹里が手に持っているのは、ボイスレコーダーだった。彼女はボタンを押して、録音を再生する。その音声を聞いて、更に困惑した。
「全員を厨房に集めろ。犯人が解った」
●
「なんでわざわざこんな場所に……」
十矢が恨めしそうに樹里の顔を見た。
厨房に残されていた千石の頭部は事前に私たちの手で箱の中に入れ、百華の焼死体が入った木箱の傍に置いた。そのせいで私たちの身体は再び雨に濡れてしまった。
「ちょっとした確認をするためにな。…これが一二三が違和感を持った、凶器のナイフだな」
テーブルの上に放置されていたナイフを手に取り、刃をジロジロと見る。そして「なるほど」と呟くと、ナイフの柄を十矢に向けた。
「受け取れ」
樹里が何をしたいのか、私にもわからない。
十矢は右手でナイフを握った。すると樹里が「違う」と言ってナイフを強引に奪った。
「なっ、何がしたいんだよ⁉」
「次はお前だ。四条那由多」
今度は那由多にも同じように柄を向けた。
「なるほど、そうやって利き手を調べてるんですね?」
「……そうだ」
「ふふっ、バレたら意味がないんじゃないですか?」
挑発しながら笑った那由多は、十矢と同じように右手でナイフを受け取った。だが、利き手を調べることになんの意味があるのだろうか。
「どうやらここにいる人間は全員右利きのようだな。まぁ、一二三と那由多は少し事情が違うがな」
「……ナユはこの通り右利きですが?」
「お前、元々は左利きだろ?」
私は右利きだが怪我が原因で食事等も左手を使っていることは勿論樹里は知っている。しかし、樹里と那由多は初対面だ。
そもそも私も那由多が左利きのような素振りをしているのを見たことがない。なら何故樹里が……。
「証拠を見せた方が早いな。荷物はほとんどロッカーに預けたが、これだけは持って来たんだ」
そう言うと、樹里がズボンのポケットから手紙のようなものを取り出した。
彼女は屋敷に来た時カバンすら持っていなかった。恐らく先程脱いだ衣服の中に入れていたのだろう。
「これ…どうして……」
「六巳百華の家から拝借した。ここには四条ハジメとお前が左利きであることが書かれている。ただ、お前は幼い頃に矯正されたらしいがな」
「はぁ⁉」
これに反論したのは、何故か十矢だった。
「ちょっと待て! あのジジイは右利きだったぞ⁉」
「そうか、なら答えは出たな。……この手紙で当主を名乗っている人物は別人だったというわけだ」
「そんな…やっぱり……」
事情が上手く飲みこめないが、どうやら那由多にとってそれは衝撃的な事実だったらしい。真っ青な顔で樹里の持つ手紙を見つめている。
そして那由多は「やっぱり」と言った。つまり彼女は手紙を書いた人物に心当たりがあるのだ。
「さて、話を戻すぞ。一二三が違和感を覚えた通り、このナイフは通常のものではない。これは左利き用のナイフだ。詳しい話は省くが、左利き用は左手で持っても切りやすいように刃が通常の右利き用のものとは鏡映しのような形をしているんだ」
「じゃあつまり犯人は……」
「あぁ、これのナイフが犯人の用意したものなら、間違いなく犯人は左利きだ」