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遊戯世界の吸血鬼は謎を求める。  作者: 梔子
4章 春は死の臭いと共に
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15話 続・来訪者①

 あれから結局何も起こらないまま、二日目の夜になってしまった。


「交代で休みましょう。ずっと起きているわけにもいきませんから」


 ……返事はない。

 十矢(とおや)は結局またふさぎ込んでしまったし、那由多(なゆた)も手帳を見てから様子がおかしい。

 雨の音を聞きながら、ただ時間が過ぎるのを待つ。


「今、何か音がしませんでしたか?」


 唐突に那由多が呟いた。


「私は聞こえなかったけど……」

「よく聞いてください。…聞こえるはずです」


 耳を澄ませるとたしかに、豪雨の音でかき消されているのだが、何かを叩く音がうっすらと聞こえた。その音の発生源は玄関。つまり何者かが玄関の扉を叩いているのだ。

 時刻は夜の十一時、突然の来客にしては非常識な時間帯だ。

 しかし、疑問はそれだけではない。I県の山中に位置しているこの屋敷を訪ねるには、駅からバスで何十分も揺られ、その後も長い距離を歩くことになる。

 だが、今はこの天気のせいでバスは運休だ。ということは、今外で私たちのことを必死に呼んでいる人物は豪雨の中徒歩でここに来たということになる。


「こんな時間に、どういうことだよ……。まさか、犯人が…あ、ああぁぁぁ……」


 十矢が震えながら頭を抱えた。

 この二日間で起きた一連の事件のせいで、彼の心は床に落ちたガラス細工のように砕けてしまった。


「犯人だったら、別にそんなことする必要はないと思いますが」


 那由多の冷静な言葉に私は頷いた。彼女の言う通り、玄関にいる人物が犯人である可能性は低い。かといってただの来客とは思えないが。


「私、見てきますね……」


 立ち上がり広間を出ようとすると、那由多が心配そうに私の服の袖を掴んできた。


「一人は危険です。ナユも一緒に見に行きます」

「……ありがとう」


 正直に言えば、まだ那由多への疑いが完全に晴れたわけではい。ハジメ生存説と同じように、私は那由多と十矢のどちらかが犯人であるという可能性も疑っている。

 しかし犯人が那由多か十矢なら、何時間も行動せずにただ広間でじっとしているのもおかしな話だ。……もしかしたら深読みしすぎているだけで、本当に犯人は第三者なのかもしれない。


「ひ、一人にしないでくれよ!」


 結局十矢もついてきて、三人全員で玄関に向かうことになった。

 廊下を歩いていると、嫌でも死の臭いが鼻に無理矢理入ってくる。千石の遺体は百華のように埋葬されることなく、未だ厨房に放置されている。


 ここに来たのは昨日の昼頃だというのに、もう親族たちの半分以上が何者かに殺され、残っているのは私たち三人だけだ。


 一人は生きたまま焼かれた。


 二人は神隠しに遭った。


 一人は胴体を失った。


 ……あの予言の通り、一人ずつ殺されていった。

 そして最後には誰もいなくなった。……なんてことだけは避けたい。


 玄関の明かりを点けると、扉を叩く音が一層激しくなった。思わず声が出そうになってしまう。

 私は恐る恐る扉に触れ、ゆっくりと開いた。


「どちら様…でしょうか……?」


 来客の正体は雪のように真っ白な少女だった。

 白い髪、白い肌、そして赤い瞳。異国の姫君、または小説に出てくる吸血鬼を連想させる少女は寒さに肩を震わせていたが、それでも怪しげな笑みを浮かべた。


「な、なんで……」

「お前に会うため、そして謎を解くためだ」

「お知り合いですか……?」


 那由多が困惑した表情で訊ねてきた。


「まあ、そんな感じかな」

「なるほど、お前が例の養子か」


 真っ白な少女が私たちのことをジロジロと見る。そして「遅かったか」と残念そうに呟いた。

 彼女には昨日の事件のことしか伝えていない。というより、伝えることができなかったと言うべきだろう。


「さて、お前ら二人にはまず自己紹介からだな」


 少女はもう一度笑った。新しい玩具を買い与えられた子どものように。


赤崎(あかさき)樹里(じゅり)……探偵だ」



 混乱している十矢を那由多に任せ、私は樹里と共に自室のシャワールームに入った。彼女の雨で濡れた身体に温かいお湯をかける。


「こんなことをしてる場合じゃ……」

「ダメ、風邪ひいちゃうでしょ…ふふっ」


 こんな異常な状況だというのに、つい普通のことを言ってしまう。それがなんだかおかしくて、私は少し笑ってしまった。

 すると樹里も笑い、私の肩を掴んだ。そしてゆっくりと顔を近づけ、唇を重ねた。雨の匂いに混ざって、樹里の甘い香りが鼻孔をくすぐった。


「んっ……。ほんといきなりだなぁ……」

「別にいいだろ。ずっと我慢していたんだ」


 そう言って樹里は恥ずかしそうに顔を背けた。


「じゃあ今度は私から」


 樹里の強く握れば折れてしまいそうな腕を強引に掴む。そして顔を真っ赤にしながら壁の方を見ている彼女の耳を舐めた。


「ひゃっ…、何してるんだ⁉」

「樹里ちゃんがこっち見てくれないから」

「だからってこんなこと……んん⁉」


 予想外の出来事に涙目になりながら叫んだ樹里を見て、私は我慢できずもう一度キスをした。そして今度は舌も入れる。

 互いの指を絡ませると、樹里が時折声を漏らしながら私に小さく柔らかい身体を押し当てた。シャワーの音に混ざって、唾液が混ざる音がした。


 彼女の体温を全身で感じたおかげか、私の精神は先程よりもずっと落ち着いていた。

 ……事件がなければ、本当に幸せなのに。


「んんっ……、ぷはっ…はぁ……」


 満足した私が顔を離すと、樹里が少し苦しそうにしながらこちらを睨んだ。流石にやりすぎだったようだ。


「ご、ごめん……」

「帰ったら覚えてろ」


 その言葉に何をされるか恐怖を感じる自分と、期待してしまう自分がいた。


 勿論私たちが毎日のようにこんなことをしているわけではない。現在こうなっているのは今の状況のせいだ。

 互いに裸の状態で密着しているせいで、那由多と入った時以上に気分が変な方向へ猛進しようとしてしまう。私は逸る気持ちを必死に抑えながら、樹里の白い髪を撫でた。



 樹里の身体をタオルで拭き、私のシャツを着せる。流石に下着もというわけにはいかないので、そこは先程まで彼女がしていたもので我慢してもらった。


「さて、やっと現場検証だな。まさか警察を呼んですらいなかったとは思わなかったが」

「ご、ごめん……」

一二三(ひふみ)が謝ることじゃない。念のため警察にこのことを伝えなかった私のミスだ」


 だが、樹里が来たことで事態は好転した。

 彼女の頭脳だけではない。彼女のスマートフォンを使えば、すぐに通報をすることが……、そう考えたところで、私は脱ぎ捨てられた彼女の衣服を見た。


「……そういえば、樹里ちゃんの荷物は?」


 彼女は手ぶらで屋敷に来た。流石にスマートフォンはズボンかパーカーのポケットに入っていると信じたいのだが……。


「雨に濡れたら困るからな。全部駅のロッカーに入れてきた」


 私は露骨に項垂れると、樹里は不思議そうに首を傾げた。

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