13話 狂言②
沈黙が広間を支配する。それに耐えかねた私は疑問に思っていたことを訊ねた。
「十矢さん。一つ聞いていいですか?」
「……なんだ?」
「おじいさまの代役って誰がいつ用意したんですか?」
代役を立てると言っても、そう簡単にはできないはずだ。少なくとも本物のハジメと近い年齢で、長期間姿を消しても周りから怪しまれないことが最低条件だ。
それに加えて、計画を警察に告げ口するような人間ではないという信用、もしくは当人も警察に何か隠しているというある意味共犯関係になれる存在というのも条件に入るだろう。
「……大体一年前、億斗があのジジイを呼んだんだ」
「つまり、ナユが知っているおじいさまは最初から偽物だったってことですか?」
「あぁ、本物は退院してすぐに死んじまった。まあ病院内で死なれるよりはマシだったがな」
不謹慎な発言に軽く眉をひそめたが、ここで一々話の腰を折るわけにもいかない。私は十矢のその言葉を聞き流した。
「退院して屋敷に帰る途中の車の中でな、容体が急変したんだ。その時いたのは俺と千石、そして億斗だ。千石はすぐに病院に連絡しようとしたが、俺たちがそれを止めた」
「どうして⁉」
親族たちはハジメに死なれては困るはずだ。だから代役を用意したというのに、何故本物のハジメが死にそうになっているのを放置した? その理由が理解できない。
「……ナユの存在ですか?」
那由多が小声で呟いた。その表情は、なんだか苦しそうだった。
「ナユのことを屋敷に招いたのは時期的にも本物のおじいさまです。なら、お二人の不安はなんとなく察しがつきます。遺産がナユに…そして百華さんにほとんど渡されてしまうんじゃないかということですね?」
「じゃあ……、偽物を用意してまでおじいさまの死を偽装した理由は……まさか遺書を書きかえるため?」
「……少し違うな。流石に遺書を書きかえれば偽物だってバレるだろ? 偽物を用意したのはジジイが隠している財産を見つけるまでの時間稼ぎだ。本人は死ぬまで隠し財産も那由多のことも否定していたがな」
庭や廊下の様子を思い出す。やはり親族たちは屋敷で何かを探していた。
隠し財産を見つけて換金、それを三人で分配するのが彼らの計画だったのだ。
「億斗はどうだったか知らないが、実際俺と百華は金に困っていた。最初は百華は反対したが、なんとか言いくるめて協力させたんだ」
普通に考えれば百華は自身がもらえるはずの遺産が腹違いの兄たちによって奪われそうになっているのだ。当然反対するだろう。
「最初はただ死体を隠すだけだったんだが、億斗がそれだけじゃバレるかもしれないって言いだしてな。それで代役を用意したんだ」
「ナユに対して偽物を本物の祖父だと思い込ませるためですね」
「そうすれば、百華さんとのトラブルがまた起きた時に対処しやすいから……?」
「かもな。億斗は俺と百華のためとだけ言って、知り合いを呼んだんだ。俺たちはあいつの本名すら知らねぇ」
「フミおばあさまは当時から既に寝たきりでしたから、この計画の支障にはならなかったんですね」
そしてフミも亡くなった。もし事件が起こらなければ、億斗はフミの代役も用意していたのだろうか。彼が行方不明になった以上、それを知ることはできない。
「でも、よく千石さんがそれを許しましたね?」
千石はずっと四条家に仕えている。ハジメは最低な人間だが、少なくとも二人の間には強固な信頼関係があったはずだ。
「別に千石は何も言ってこなかった。だがジジイの部屋を見ればあいつがどう思ってたかなんて簡単にわかるだろ?」
やはり、千石は偽物のハジメに干渉することはなかったのだろう。あの散らかった部屋がその証拠だ。
「それで、本当にずっとここにいるつもりなのか?」
話しているうちにある程度は落ち着きを取り戻したようだ。十矢は真っ青な顔をしているものの、口調は今までのものに戻っていた。
たしかに鍵のかけられない広間より、自室に籠る方が安全なのかもしれない。だが、億斗が消えた事件で犯人は鍵のかかった部屋に侵入して、そして誰にも見られずに脱出したのだ。
つまり、犯人だけが知る隠し通路の存在も否定できないということだ。
「はい。少なくとも、明日の朝まではここに」
「ナユも賛成です。犯人に襲われて全滅という可能性もありますが、一人ぼっちで部屋にいるよりかはマシです」
十矢は諦めたかのようにため息を吐き、そして再びうずくまった。
また気まずい雰囲気になってしまう。だが世間話をするような場面でもない。私の頭は自然と億斗失踪の件を考えていた。
「屋敷に秘密の通路って、本当にあると思う?」
そんなものが存在すれば、犯人は安心して殺人を行うことができただろう。
「流石にそんなものは……、でもあの部屋で起きたことを考えると、隠し通路や隠し部屋の存在を疑うのも無理はありませんね」
「まあ、そんなものが仮にあったとして、偽物のおじいさまだけがそれを知っていたのもおかしな話だしねぇ……」
ならどうやって犯人と億斗は部屋から消えたのか。いくら考えたところで、答えは何も出てこない。
ただいたずらに時間が過ぎていく。時計の秒針の音が耳障りに感じてしまう。
「そうだ、一応これを持って来たんですけど」
「手帳? もしかして部屋にあったやつ?」
那由多が手に持っていた手帳を開きながら私に見せた。それは億斗の部屋で見かけたものだった。
「まあまず事件のことについてなんて、何も書いてはないと思いますが……え?」
手帳の内容を見た那由多の表情が固まった。そしてペラペラとページを捲る。私は横からその内容を覗いた。
内容はただのメモや予定について、綺麗な字で書かれているだけだ。
恐らく億斗はなんらかの持病があったのだろう。何日の何時に病院へ行く、そう書かれたページが多いこと以外特に変わったところは何もない。
それなのに、何故那由多は必死になっているのだろうか。
「あれ……?」
しかし途中から綺麗な字が一転して、ミミズのような字に様変わりしていた。内容は特に変わりないのだが、その点がどうしても気になった。