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遊戯世界の吸血鬼は謎を求める。  作者: 梔子
4章 春は死の臭いと共に
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13話 狂言①

 ……まだ屋敷に来てから一日しか経っていないというのに、それ以上の時間が経ったかのような錯覚をしてしまう。

 一日という短い時間で、四人もの犠牲者が出てしまった。


 六巳百華(むつみももか)、彼女は昨晩焼却炉で焼死体となって発見された。

 四条一(しじょうはじめ)、彼は今朝屋敷から姿を消した。

 千石晴彦(せんごくはるひこ)、彼は昼に厨房で頭部だけが発見された。


 ……そして四人目は八野億斗(やのおくと)だ。彼は先程までいたはずの部屋の中から忽然(こつぜん)と姿を消した。


「でも、一体どうやって……」


 扉の前には私たちがいた。そして部屋の窓もはめ殺しで開けることはできない。つまり、億斗が私たちに見つからずに部屋を出ることは不可能なのだ。

 そして私たちが聞いた彼が何者かと争っている声。その相手が恐らく今回の事件の犯人だ。当然、犯人もこの部屋にはいない。


「血痕もありますし、誰かと争ったのは間違いないと思います」


 那由多(なゆた)が布団についた赤いシミを見ながら言った。

 となると、億斗を襲った犯人はここから何らかの方法で彼と一緒に消えたということになる。だが、その方法が解らない。


「あれ……?」

「どうかしましたか?」


 部屋を隅々まで見て、その後机の上に置かれていたカバンの中を見ていたのだが、この部屋にはあれがなかった。


「カバンの中にスマホの充電器はあるのに、肝心のスマホがないなと思って」

「犯人が持っていったのかもしれませんね」

「……もしかして、私たちに通報させないために?」


 私と那由多のスマートフォンは親族たちによって回収されている。だが、元々通報する気のなかった億斗のスマートフォンがなくなっているのはどう考えてもおかしい。

 そして、その理由が犯人による妨害だとしたら……やはり第三者の可能性は低くなる。

 犯人は私たちの事情を知っているのだ。


「やっぱり、犯人は偽物のおじいさまだよ」


 この事件には私たち全員にアリバイがある。生存者三人とも億斗の部屋の前にいたからだ。

 だが、一人だけアリバイがない人間がいる。偽物のハジメが仮に生きていたとしたら、屋敷にいる人間の中で唯一犯行が可能な人間だ。


 つまり、第二の事件は最初から起こっていなかった……狂言だ。


「でも、そう考えると少しおかしくないですか?」


 那由多が反論してきた。


「だって、億斗さんは犯人に向かってこう言ったじゃないですか。『誰なんだよお前』って。もし犯人がおじいさまだとしたら『なんでお前が生きてる』って言うんじゃありませんか?」

「そういえば……、なら犯人は本当に第三者なのかな……」


 私のした推理にはかなり自信があったのだが、那由多の反論ですぐに失われてしまった。

 屋敷に忍び込んでいる四条家とは一切関係のない第三者X、たしかに今回の事件はそれで説明できてしまう。

 なら誰が、そして動機は……?


「例えば、犯人が以前屋敷で働いていた使用人と関係のある人物だという可能性もあります。それなら、動機も簡単に思いつきますよね」

「……復讐、だよね」

「はい。本物のおじいさまによって無理矢理関係を迫られ、そして最終的には解雇されてしまった使用人たちの恨みは底知れないでしょうね」

「でも、それならなんであんな予言をする必要があったの?」

「犯人が遺産目当てだと誤解させるためです。ナユも最初は親族の誰かが犯人だと思っていましたが、今回で確信しました」


 いまいち納得することができないが、那由多は自信たっぷりの様子だ。


「それはともかく、もうこれ以上調べる必要はないよ。後は警察に任せよう」


 廊下からこちらの様子を窺っている十矢(とおや)の方を見て、私は呟いた。

 ハジメがもういない。それなら警察を呼んでもなんら問題はないはずだ。それに今の十矢の憔悴した様子では、通報を拒まれたとしても無理矢理することができるという自信が私にはあった。


「……一二三(ひふみ)さんは謎を解きたくないんですか?」


 那由多があからさまに落胆した表情で訊く。

 恐らく、彼女の目には私が樹里(じゅり)のように謎を解くことでしか生を実感することのできない人間のように見えているのかもしれないが、それは大間違いだ。


 ……大間違いだからこそ、私がこの状況を楽しんでいるのではないかという不安が怖い。怖くて堪らないから、早く逃げ出したかった。


 仮に楽しんでいたとしても、私にはこんな異常な場所で役に立つ力なんて持ち合わせていない。

 もしかしたら、隣に樹里がいれば変わっていたのかもしれない。

 彼女の力に頼り切るのがよくないというのは理解している。だからこそ自分なりに努力したのだが……。


 彼女の足元にも及ばないかもしれないが、これが私の限界だ。


「できることなら、あんまり解きたくはないかな。やっぱり、こういうのは専門家に任せるべきだよ」


 那由多に伝えるのと同時に、自身にも言い聞かせた。

 そして私は彼女の手を握り、部屋の外へ出た。



「……嘘だろ?」


 十矢がまた頭を抱えてうずくまる。

 私たちに警察への通報は不可能だ。何故なら、電話線が切られていた。そして私たちと十矢のスマートフォンも消えてしまったからだ。


「なんで……、部屋に置いたはずなのに……」

「犯人が持っていったんでしょうね」


 外の様子を見る。雨は更に勢いを増していた。

 徒歩で助けを求めに行くのも不可能ではないが……、二人を連れてとなると厳しい。それに犯人が逃げようとする私たちを放っておく可能性も低いだろう。


「とりあえず、今日は広間で待機していましょう。雨が弱まればバスも動くはずですし、助けを呼びに行けますから」


 現在は午後四時、まだまだ時間はある。それまで、耐えきることができるだろうか。

 広間に籠城したところで、本当に安全なのか不安は残る。もし痺れを切らした犯人が乗り込んで来たら。

 犯人は間違いなく武装している。広間に乗り込まれたら、まず勝ち目はないだろう。


 しかし、私はそのことを敢えて言わなかった。私たちが抱えている不安は犯人の存在だけではない。むしろこちらの方が問題だ。

 私たちもかなり疲弊しているのだが、十矢の精神はもう限界を迎えている。彼がいきなり暴れないという保証はどこにもない。どうしても最悪の場面を想像してしまう。


 ……その時は、私が那由多を守らなければ。


 沈黙が広間を支配する。それに耐えかねた私は疑問に思っていたことを訊ねた。


「十矢さん。一つ聞いていいですか?」

「……なんだ?」

「おじいさまの代役って誰がいつ用意したんですか?」

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