12話 供物③
「見てないって言ってるじゃないですか!」
初めて、那由多が苦しそうな表情で叫んだ。
彼女の様子を見て、私の頭の中に一つの可能性が浮かんだ。
「……もしかして、犯人に脅されてるの? 従わなかったら百華さんを本当に殺すって」
犯人はただ予言に執着していたわけではない。那由多の存在こそが、犯人が百華の遺体をあんな状態にした理由だ。
遺体は全身が焼け焦げていて、素人の私たちではあれが誰なのかすら判別することはできない。
あの時の私たちは、現場に落ちていたピアスと、その場にいない人間からあの遺体が百華だと判断した。
しかし、仮に遺体がまったくの別人で、本物の百華は何処かで生きている。犯人がそう那由多に思い込ませたとしたら。
母親を人質に取られ、那由多は犯人の指示に従うしかない。
……これで即席の共犯者の完成だ。
「このことは絶対誰にも言わないから」
「……はい。一二三さんたちと一緒に焼死体を発見する少し前、ナユの部屋に手紙が届いたんです」
那由多がポツポツと語り始めた。その表情は悲痛に歪んでいて、彼女の感情が見て取れた。
「扉の下から滑りこませていて、差出人はわかりません。そこには汚い字でこう書かれていました。…『私が戻るまで焼却炉に誰も入れさせるな。従わなければ母親の命は無い』って」
「それで、接着剤で密室を作ったんだね」
「そうです……。その時はまだ火も弱くて、死体も大きな袋の中に入っていました」
何故犯人は遺体を袋に入れた?
その答えは解りきっている。那由多に死体を見せないようにするためだ。
勿論子供の精神を労わっているわけではない。正確に言えば、袋の中身が百華の遺体であることを彼女に見せないようにするため、つまり犯人は最初から一方的な約束を守るつもりなんてなかったのだ。
「……万が一他の人に見られたら困るからね」
しかし、このことを那由多に言うことはできなかった。言ってしまえば、彼女は母殺しの共犯者になってしまう。
勿論、真実を知らないからといって、彼女が百華殺しの片棒を担いでしまった事実は変わらない。だが、そんな残酷なことを幼い彼女が知る必要なんてないのだ。
「ナユもその時は袋の中が本当に死体だとは思ってませんでした。だから正直みなさんと焼死体を見つけた時、感情を抑えるので必死でした。……でも、あの時の一二三さんの推理は大間違いです。だってあの死体はナユたちとは関係のない第三者の死体なのですから」
やはり、那由多は魔女という鎧を纏っているだけで、内面は無垢な女の子なのだ。
少し純粋すぎる気もするが、外の世界を知らないという理由もあるのだろう。
「どうしてそう思ったの?」
「……だって、犯人と約束しましたから。ナユがそれを守ったのだから…、犯人も…きっと……」
もしかしたら、那由多も薄々気づいているのかもしれない。だが、それを認めてしまったら、彼女の精神はもう二度と元通りにならないほど粉々になってしまう。
「だから……、『ワタシ』は魔女に願いました。これは魔女である四条那由多の意思で、『ワタシ』の意思じゃないって」
きっと『那由多の魔女』は百華からの虐待によって生まれた那由多の別人格だ。彼女がそれを使い自身の精神を守った結果が、昨晩の那由多と私の会話だったのだろう。
……私は何も知らない。私は何も悪くない。そうやって百華の死から目を逸らしたのだ。
幼稚な現実逃避だが、それを批判する気はない。彼女に向って目を逸らすなとは言えないほど、現実は残酷なものだ。
「だから、『ママ』を攫ったのは……、きっとあの魔女の仲間なんだって…言い聞かせてました」
「……ごめん、話を変えようか」
これ以上最初の事件を話したところで、進展はないだろう。それどころか、那由多の心を傷つけるだけだ。それなら、他の事件の話をするべきだ。
だが、新たな疑問が一つ浮かんだ。犯人は百華を殺害し、那由多を無理矢理共犯者に仕立て上げた。
そして、その際に文面で『母親』という単語を使った。つまり犯人は那由多と百華の関係を知っていたということになる。これはもしかしたら重要な手掛かりになるかもしれない。
「次は第二の事件、ハジメおじいさまが失踪したわけだけど、やっぱりあの人は偽物ってことでいいんだよね?」
「……はい。そうだと思います」
恐らく、最初の事件の時に警察を呼ばなかったのはハジメが原因だ。
警察が来れば、四条ハジメが既に死んでいて今の彼は偽物であることがバレてしまう。だからこそ、親族たちは死人が出たとしても警察を呼ぶわけにはいかなかったのだ。
「でも、だとしたらそもそも犯人はなんで」
「どうかしましたか?」
「いや、普通に考えたら犯人は十矢さんか億斗さんのどちらかでしょ? その二人は当主が偽物なのを知っていたはずだよね。だから犯人はなんでリスクを抱えた状態で殺人を始めたんだろうって思って……」
警察を呼ばないといっても、永遠に事件を隠し通すことはできない。いつか必ず気づく人間が出てきてしまう。つまり、偽物の存在は犯人にとってリスクでしかないのだ。
「それは恐らく、犯人が最初から計画に入れていたからじゃないですか?」
「もしかして……」
「はい。偽物のおじいさまを最初から殺すつもりで、屋敷に招いたんです」
ただ殺すだけじゃ死体が残ってしまう。だからこそ犯人は死体が見つからない方法で偽物を処理したのだ。
「それで第二の予言の対象になったんだ……」
「そうですね。ただ犯人が短時間で誰にも見つからない場所に死体を隠したとも思えません。全ての犯行を終えた後で死体を隠す作業をするんじゃないでしょうか」
「なら、まだ遺体は森のどこかに?」
那由多が「多分」と言って頷いた。これ以上話したところで憶測の域を出ることはないだろう。
犯人はハジメの代役というリスクを処理するために第二の事件を起こした。
……本当にそれだけだろうか?
第一の事件、そして第三の事件では犯人はやけに演出にこだわっていた。しかし、ハジメだけはただ何も言わずに行方不明になっただけ。
どうしてもその違いに違和感を覚えてしまう。
しかし証拠が足りない。だからこそ、これ以上考えたところで何も思い浮かばない。
「じゃあ次、さっきの第三の事件だね」