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遊戯世界の吸血鬼は謎を求める。  作者: 梔子
4章 春は死の臭いと共に
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10話 六巳百華という女性①

 気づくと一睡もすることなく、朝を迎えていた。

 一二三(ひふみ)のことは心配だが、ここからではできることは何もない。なら、今私にできることはただ一つ。情報を集めることだ。


 そう考えた私はある場所へ向かった。


「あー、あったあった」


 事務員がテーブルの上に名簿を広げる。


六巳百華(むつみももか)さん、たしかに休学してたけど…その後結局退学しちゃってるねぇ」

「その理由はわかるか?」

「いやぁ、流石にそこまでは……」


 私は百華が当時在籍していた大学に来ていた。

 本来なら卒業生の個人情報は厳重に保管されていて、私のような部外者がその情報を知ることなんて到底できない。だからこそ、それを調べるためにサチヱの名前を使ったことは言うまでもない。


「ただ、これは噂だけど休学する前に学生同士のトラブルに巻き込まれたみたいで」

「トラブル?」

「特に学生からの訴えがあったわけじゃないんだけど、サークル内で…まぁ、暴力沙汰になったみたいなんだよね。……お酒の席で」


 事務員が言葉を選びながら語る。それの様子を見ただけで察することができた。


「なるほど、強い酒で酔わせて無理矢理したってわけか。よく聞く話だな」

「あくまで噂だよ?」


 それが真実だとしたら、四条(しじょう)那由多(なゆた)の出自、そして六巳百華についてある程度真実が見えてきた。

 那由多の母親は百華だ。なら、父親は? もしかしたら百華本人もわかっていないのかもしれない。


「その学生の今の居場所は?」

「さぁ……、一応当時の住所や電話番号は控えてあるけど……」

「それでもいい」


 既に引っ越している可能性は高い。しかし、電話番号は当時からずっと変えていない人間が多いはずだ。


「これ、僕が教えたって言わないでよね?」

「わかってる」


 事務員からメモを受け取り、私は足早に大学を去った。



 次に私は、件のサークルに所属していた人間に片っ端から連絡をした。

 ほとんどの人間が地方などに引っ越している中、一人だけすぐにコンタクトを取ることのできる人間が存在した。


「は、はじめまして……」

「お前が宮森麗奈(みやもりれいな)だな?」


 短い黒髪の女性が弱々しく頷く。彼女の背は小さく顔も童顔のせいか、とても三十代半ばには見えなかった。化粧は最低限で、寝不足なのか目の下にクマができていた。

 彼女の薬指には指輪がはめられている。つまり彼女は既婚者だ。

 そして今日は平日だが、彼女の服装は上下共に動きやすそうなスウェットだ。ということは彼女は本日は休みか、そもそも今は育児などに専念している可能性もある。


「早速だが、六巳百華のことについて聞かせてくれ」


 そんなどうでもいい観察をしながら、私は麗奈に訊ねた。


「えぇと……、百華さんはすごく明るくていい人だったんだけど、今で言うところのメンヘラ? ってやつなのかな…結構リスカとかもしてたみたいで。……今はどうなんだろう」

「……さあな」


 ここで百華が死んでいると麗奈に伝えるのは簡単だ。しかし、そんなことをすればただ混乱させるだけだろう。


「私が聞きたいのは六巳百華の人となりじゃない。例のサークルでのトラブルのことだ」

「わ、わかった……」


 麗奈が苦虫を嚙み潰したような表情で言う。それほどまでに凄惨な出来事だったのが容易に想像できた。

 勿論そんなことをわざわざ思い出させるのは酷なのはわかっている。それでも、やらなくてはならなかった。


「当時私と百華さんは三年生で、その日はサークルで新入生の歓迎会をしてたんだ。それで、四年生が女の子に強いお酒を飲ませて……、酔いつぶれたところを…そんな感じかな……。私は異変に気づいて、トイレに行くフリをして逃げたんだけど…百華さんはその時にはもうつぶれてて……」

「それで見捨てたわけか」

「そういうことになるのかな」


 恐らく、百華はこの時に那由多を宿したのだろう。

 だが、一つ疑問が残る。


「何故お前も含めた被害者たちは通報しなかったんだ?」


 大学側もサークルでトラブルがあったという噂を聞いただけで、実際にどんなことが起きたか知っているわけではなかった。彼女たちは結果泣き寝入りという形になってしまったわけだ。


「その時の四年生でリーダー格だった人のお父さんが、当時政治家だったんだ。それで通報したとしてももみ消されるどころか、逆に私たちを退学させるって脅してきて」

「……最低の人間だな」


 だが、その最低な人間でも真実に近づくための証人になる。できることなら直接会いたいのだが……。


「今はそのリーダー格がどこにいるか知らないか? 連絡が取れないんだ」


 電話に出ないだけならまだしも、事務員に渡された電話番号はもう使われていなかった。これではどうやっても連絡を取ることができない。


「死んだよ」

「は?」

「当時四年生だった男の人はみんな死んだの」

「……何人死んだんだ?」

「五人、全員病気とか交通事故で」


 それでは連絡を取ることは永遠にできない。

 だが、明らかにおかしい。一人亡くなっているくらいならまだわかるが、全員が亡くなっているのは何かあったのが確実だ。

 だがこれだけでは何も解らないのと同じだ。


「……そうか」

「これで私が話せることは終わり。……そういえば、もし百華さんに会ったら伝えてほしいことがあるんだけど」


 もう伝える手段なんてない。だがそれを麗奈に言うことはできない。

 最悪な男が事故や病気で死んだのと、同級生の友人が明らかな他殺で死んだのとでは話が違う。


「あの時は見捨ててごめん、だからまた会おうって」

「……わかった」


 それしか言うことができない。

 残酷な真実を彼女に伝えることを、私はしたくなかった。

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