9話 消失②
「こんな時間にどうかしたんですか?」
『那由多の魔女』が不思議そうに訊いてきた。
ハジメを探すために走り回ったせいか、徹夜による眠気はなくなっていた。それでも眠ることで遊戯世界に来たのには理由がある。
「少し、整理したいことがあってね」
私が屋敷に来てから、そろそろ丸一日経とうしている。その中で私は様々な情報を入手した。そしてその中には、私が知っているものとは矛盾しているものがあった。
「今のおじいさま……四条一は偽物なんだよね?」
「何故、そう思ったのですか?」
理由はいくつかあるのだが、やはり真っ先に思い浮かんだのは過去のハジメと矛盾しているあの情報だ。
「昔のおじいさまはタバコを嫌ってたんだ。おじいさまの前でタバコを吸った百華さんに暴力を振るうくらいにはね。でも今のおじいさまは嫌ってるどころか、吸ってたんだよ? どう考えてもおかしいよね」
「それはただの記憶違いでは? それに十四年の間で嗜好が変化した可能性だってあります。それだけでは一二三さんの考えが正しいという証拠にはなりません」
「……証拠ならあるよ」
だって、あの人は、ハジメの十四年間を知っているはずの人が今のハジメを否定する発言をしているのだから。
「億斗さんが言ってたんだ。『当主様はタバコ嫌いで、あの人の前では吸えない』って……。明らかに矛盾してるよね?」
「なるほど、たしかにそれはおかしいですね」
魔女は意外そうな顔で言った。彼女は私のことを惑わそうとしているのではない。恐らく、本当に知らなかったのだ。
那由多は赤ん坊の時期を屋敷の焼却炉で過ごした。そして百華の家に引っ越してからは屋敷に戻ってくるまでずっと監禁状態だった。
そもそも本物のハジメと会ったことがない可能性が高い。
「でも、何故偽物のおじいさまを用意する必要が?」
「それは……」
ハジメに死んでもらっては困る何かがあった。そう考えるのが自然だが、その何かが解らない。
彼が死んで親族たちにデメリットがあるとしたら。それは……。
「例えば、税金を支払いたくないとか?」
「税金?」
「うん、相続税ってのがあって、遺産から一定の割合の金額を納めて、それから遺族に分配するんだ」
家族のお金を納めないといけないというのもなんだか変な話だが、それはともかく、四条家はハリボテの名家とはいえ土地や屋敷だけでもかなりの価値になるだろう。その分納める額も増えてしまう。
それを拒んだ親族たちが代役を用意した……と考えることができる。
「もしかしたら、おばあさまが亡くなったことも口外してないのかな」
「フミおばあさまもそのうち代役を用意すると?」
「その方がバレるリスクもないんじゃないかな」
屋敷と土地の所有者がハジメだったとしても、フミの死でも何らかの課税が発生するはずだ。となればその調査時にハジメの死を気づかれる可能性を減らすためにも、代役を用意すると考えるのが自然だろう。
「でも、そんなことしててもいつかはバレるんじゃないですか?」
「そうかもね。だから、親族たちはおじいさまとおばあさまが死んでもいい何かを探してたんじゃないかな」
庭や廊下の様子を見れば、容易に想像できる。ハジメが隠している何かを見つければ、彼らには死んでもらって構わない。そんな残酷な考えで親族たちは代役を用意したのだ。
「次はナユちゃんのことだけど……」
「これは既にナユが盤上で語っていますね」
「ナユちゃんのお母さんは百華さんで、……言いづらいけど虐待を受けてたんだよね?」
「まあ、否定はしませんよ」
それなら、那由多にも犯行の動機がある。
だが、ハジメ失踪に関して彼女に何かできたとは思えない。
千石の発言が事実なら、ハジメがいなくなったのは朝食の準備をした七時から私が百華の部屋を調べていた十時までの三時間の間だ。
那由多が起きてから朝食を終える八時半頃まではずっと私と一緒だった。そしてその後彼女は談話室にいた。
勿論私が見ていない間にハジメを連れ去ることも不可能ではないのだが……、やはり子供である那由多には無理だ。
なら誰がハジメを攫ったのか。
「もしかしたら、攫われていないのかも……」
「どういうことですか?」
「当主様が自分の意志で出ていったかもしれないって思って。つまり、狂言なんじゃないかなって」
「なら、六巳百華を殺害したのもおじいさまだと?」
「うぅん、それはまだわからないけど……」
ハジメが全ての犯人だった場合、百華殺しに関しては共犯者がいたはずだ。
誰かと結託して遺産を総取りしようと考えてたとしたら……やはり全員が怪しく思えてしまう。
「こんな時……」
思わず呟いてしまう。
こんな時、樹里が隣にいたら……と。自分でもダメだとわかっている。それでも彼女の力を頼りたい。
そもそも今は彼女と連絡する手段を持っていない。一人で解決するしかないのだ。
★
目を開けると、肩に違和感があった。
「んん……、すぅ……」
「ナユちゃん……?」
いつの間にか那由多が私の肩に頭を乗せて、可愛らしい寝息を立てていた。
「……お腹すいた」
部屋の壁に掛けられた時計を見ると、もうすぐ十二時だ。
こんなことになっているというのに、相変わらず身体はエネルギーを求めている。走り回ったせいか、普段よりそれが顕著に表れている。
まるでアニメのような効果音で、私のお腹が空腹を訴えてきた。
「ナユちゃん、起きて」
きっと千石が何か軽食を作っているだろう。
……また親族たちから変な目で見られそうなことだけが嫌なのだが。