6話 焼尽③
「ケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケ」
「ナ、ナユちゃん……?」
「はぁ……、密室のトリックはすぐにバレちゃいましたね。接着剤、いい案だと思ったんですけどね」
……どうして。何故那由多が密室トリックのことを知っている?
小屋からの脱出方法を解き明かした時、現場にいたのは私と親族二人だけだ。千石と那由多はその時屋敷にいた。ということは千石から聞いた可能性もない。
「まさか……」
そんなはずない。しかし机の上を見ると、私の淡い願望を打ち砕く明確な証拠があった。
机の上には、これみよがしに接着剤が置かれていた。中身がほぼ空になっているのか、容器がつぶれてほとんど平らになっている。
あの密室のトリックには接着剤が使われている。そしてここにそれがあるということはつまり……。
「ナユちゃんが…百華さんを……?」
自然と口から言葉が漏れていた。
樹里曰く、那由多が犯人の可能性は低いそうだが、それは恐らく単独犯での話だ。
確かに子供や老人が一人で百華を焼却炉まで運べたとは考えにくい。しかし、共犯者がいたとしたら話は別だ。
共犯者に運ばせたのなら、那由多と千石、そしてハジメが犯人である可能性もゼロではない。
「いいえ、ナユは殺してません。ただ演出をしただけです」
「演出……?」
「はい! だって百華さんがただ死んだだけだったらつまらないでしょう?」
「つまらないって……、人が死んでるんだよ⁉」
そう怒鳴った瞬間、那由多が軽蔑するような表情で私のことを見た。
「まあ、自覚がないのなら仕方ないですけど」
「何が言いたいの」
那由多が「だって」と呟き、また笑った。
「……最初に焼死体を見た時の一二三さん、笑ってたじゃないですか」
「そんな…わけ……」
……否定したかった。それでも、笑っていないと言い切ることができない。
私は無意識に自身の頬を触ていた。大丈夫、今は笑っていない。そのことに少しだけ安堵した。
人の死に慣れてしまったら、人間には戻れない。少し前に刑事に言われたことを思い出した。
確かに私はもう人の死を見ても恐怖を感じなくなってしまった。刑事の言った通り、もう私は人間ではなくなってしまったのかもしれない。
だからこそ、せめて人の死と真剣に向き合おうとしていたはずなのに……。
いつの間にか、私は樹里の悪い部分も受け継いでしまったのかもしれない。
「は、犯人は誰なの……? ナユちゃんじゃないなら、誰が百華さんを……」
「……知らない」
答えるまでに謎の間を感じたが、それを考察する余裕なんて私にはなかった。
「なら、小屋の扉の接着剤、あれはナユちゃんが塗ったの?」
ただ機械的に脳内に浮かんだ疑問を聞くことしかできない。
「肯定します。あの密室はナユが作りました」
「どうして⁉」
「さっきも言ったじゃないですか。演出のためですよ」
「じゃ、じゃあ……、百華さんを呼び出したのもナユちゃん?」
「否定します。ナユは密室以外は全て関わっていません」
那由多の言葉が正しいとしたら、実行犯は別ということになる。しかしそれを鵜呑みにするわけにもいなかない。
ただ彼女が犯人だとしたら、確実に共犯者がいるはずだ。
「魔女はあくまで傍観者、謎の演出はしますが死体を生み出すのは人間です」
「ナユちゃん、もしかして……」
「ナユは知ってますよ。一二三さんがナユのぬいぐるみを見たのが初めてじゃないこと……、あの世界で既に見ていることを」
四条那由多は遊戯世界の存在を認識している。その事実に私の思考は理解することを拒んだ。
『双貌の魔女』はあくまで双子姉妹とは別人だった。つまり、私と樹里しか認知していないと思っていた場所に現れた初めての人間ということになる。
「そんなに驚かなくてもいいじゃないですかぁ。少し傷つきましたよ」
冗談めいて語る那由多の言葉が頭に入らない。
「じゃあ、あの夢は……」
「はい、ナユが招待したんですよ」
今着ている和服ではないゴスロリ姿の那由多……、『那由多の魔女』と彼女が同一人物……。勿論現実的に考えたら別世界なんてあり得ないことなのだが、そのあり得ないことを私と樹里は以前から経験している。
「さて、お話はそろそろ終わりですか? ナユはそろそろ寝たいんですけど」
「う、うん……」
那由多は危険だ。
まだ彼女が犯人かどうか決まったわけではないが、彼女を監視していなければまた何かが起こる。そんな予感がした。
「鍵はかけないので、一二三さんは好きにしてていいですよ」
「じゃあ、お言葉に甘えて」
私は椅子に座り、自身の頬を叩いた。耐えがたい眠気が襲ってくるが眠っている暇なんてもうない。
現在は午前三時半、朝までまだまだ時間はある。できれば温かい缶コーヒーを飲みたかったが、生憎この屋敷どころか辺り一帯に自販機なんて気の利いたものは存在しない。
インスタントなら自分で作ることもできるが、できるだけ那由多から目を離したくなかった。
「そうだ、最後に一つだけいいかな」
「なんですか?」
「ナユちゃんにとって、ハジメおじいさまってどんな人だった?」
少しだけ、那由多の表情が曇った。だがすぐにいつもの表情に戻った。
「そうですね、どこにでもいるような普通のおじいちゃんですよ。タバコ好きなのが少し嫌でしたけど……、ナユだけでなくみんなにも優しくて」
「そっか……」
「何か不服みたいですね。一応言っておきますが、ナユは嘘なんてついてませんよ」
「別に、不服じゃないよ。ただ……」
……やっぱり、違う。
「ただ?」
「……なんでもない」
「そうですか。では、おやすみなさい」
「うん、おやすみ……」
那由多は目を閉じると、すぐに寝息を立て始めた。
あの男は、四条一はそんな人間ではない。親族たちの出生からも彼の人間性が解るはずだ。だから那由多の言葉には違和感しかなかった。
もしかしたら、彼女の前でだけは取り繕っていたのかもしれない。……どんなに悩んでも頭の中にかかった靄は晴れなかった。




