6話 焼尽②
「……そうか」
嫌な予感が的中してしまった。日中にした私の想像通り、最初の犠牲となったのは六巳百華だった。
だが後悔しても死者は蘇らない。なら私たちが今考えることは、次の犯行を止めること。そして誰が百華を殺したか、その犯人を探すことだ。
「そういえば、警察にはもう通報したのか?」
『多分、使用人の千石さんがしてくれてるはずだよ』
「なら大丈夫だな」
今すぐ私が現場に向かえないことが歯がゆいが、警察さえ到着すれば一二三の身も安全だろう。流石に豪雨のせいで警察が来れないなんて状況にはならないはずだ。
犯人探しも警察に任せればいいのだが、どうしても頭が謎解きをしようとしてしまう。
「六巳百華のことは現場を実際に見ないことには何とも言えないが……、恐らく一二三の推理で間違いないと思う。犯人は事前に割った閂と接着剤を使って偽りの密室を生み出したんだ」
『そこまで解ったのはいいんだけど、誰にもアリバイがないんだよね……』
事件が起きたのは日付が変わってからの数時間。屋敷の人間全員に犯行が可能だっただろう。
だが、消去法だが容疑者を二人まで絞ることができる。
「一二三は勿論だが、四条那由多にも犯行は不可能だろうな。それに千石とハジメも老体で犯行ができたとは思えない」
犯人は百華を別の場所に呼び出し、そこで殺害もしくは気絶させた。そして焼却炉まで運んだはずだ。
意識を失った人間を運ぶのは想像よりはるかに重労働だ。那由多、ハジメ、千石の三人の単独犯である可能性は除外していいはずだ。
『となると怪しいのは……』
「五木十矢、八野億斗の二人だな。こいつらには警戒しておけ」
『うん。ありがとう、樹里ちゃん』
しかし、警戒しないといけないのは親族二人だけではない。彼女も十分危険な存在である可能性が高い。
そしてまだ確証は得られていないが、彼女には重大な秘密が隠されている気がしてならない。
「一応、四条那由多にも気をつけた方がいい。恐らく犯人の動機に彼女が関わっているはずだ」
『わかった。また何かあったら電話するね』
そして通話が終了した。
スマートフォンを机の上に置き、私は床に倒れて天井を眺めた。
ここからでは一二三のために何もできない。……それが悔しい。
今すぐ彼女を助けに行きたいが、この時間では電車も動いていない。彼女が今いるのはI県、東京から歩いて行くことは不可能だ。当然私は車の免許を持っていない。
……私は無力だ。
●
「家族の人?」
「はい、そうです」
「ってことは、赤崎家の人間か」
そういえば、親族たちは私の出自を当時から知っていたのだろうか。
……まあ、知らない方がおかしいか。
「皆様、ここにいましたか」
千石が人数分の傘を持ってこちらに歩いてきた。
「警察に通報はしたんですか?」
雨が強いとはいえ、人が死んでいるのだ。警察もすぐに来てくれるはず。
しかし、千石は首を横に振った。
「え? ど、どうして……」
「当主様の御意思で、この事件は四条家の中で片づけることになりました」
思いもしなかった言葉で、頭の中が疑問符で埋め尽くされる。
そんなこと言ってる場合じゃないのにどうして……。
雨のせいで警察が来るのが遅れる、もしくは来れないというのなら納得することができた。しかし、そもそも通報すらしていないというのはどう考えてもおかしい。
「い、いや…、そんなことしてる場合じゃないですよ⁉」
「でもよぉ…さっきの一二三、生き生きと探偵の真似事をしてたじゃないか」
「そ、それは……」
本当に探偵の助手だから真似事ではないのだが……今はそういうことを言いたいわけではない。
「ま、当主様の御意思じゃ仕方ないよね」
億斗が肩をすくめた。
「……念のためだ。一二三、スマホよこせ」
「どうしてですか?」
「決まってるだろ。お前が隠れて通報しないようにだよ」
十矢が私の持っていたスマートフォンを強引に奪い、電源を切った。これで通報する手段に加えて、樹里に連絡する手段も失ってしまった。
屋敷に電話はあるのだが、流石に使わせてはもらえないだろう。
「じゃあ続きは明日ってとこで、俺は部屋に戻る」
「俺もそうさせてもらうよ。おやすみ、一二三ちゃん」
二人は屋敷に戻り、現場には私と千石だけになってしまった。
「一二三様も今晩はこれくらいにして、お部屋に戻られた方が……」
「……そうさせてもらいます」
これからのことに頭を抱えながら、私も部屋に戻ることにした。
●
「ナユちゃん、起きてる?」
自室に戻る前に、那由多の安否が気になった私は彼女の部屋の扉をノックしていた。悲しいことに私はもう慣れてしまったのだが、彼女はまだ子供だ。死体を見てしまった精神的なショックは計り知れないだろう。
「はい、起きてますよ。鍵は開いてるので入ってください」
「不用心だなぁ……」
ドアノブを握って捻ると本当にあっさりと扉が開いた。こんな状況で鍵を開けっぱなしにしているなんて、一体どんな神経をしているのだろうか。
暗い部屋の中で、那由多がベッドに腰掛けながらぬいぐるみを抱きしめていた。そしてそのぬいぐるみは、黄ばんだウサギのぬいぐるみ……私が遊戯世界で見たものと全く同じだった。
「スマートフォン、千石さんに取られちゃいました。ナユは通報するつもりなんてなかったんですけどね」
そう言ってぬいぐるみを強く抱きしめた。
どうやらこんな子供でも、容赦なくこんな異常な現場に閉じ込めておくつもりのようだ。
「それ、お気に入りなの?」
私はできるだけ冷静な表情を作り、那由多に聞いた。すると彼女は怪しげな笑みを浮かべた。
「そうですよ。そういえば一二三さんがこれを見るのは初めてじゃないですよね?」
「……どうしてそう思ったの?」
「ケケケ」
聞かなければよかった。私は今になって後悔してしまう。
那由多はそんな私を見て笑い続けた。……まるで魔女のような、不快な声で私のことを嘲笑った。
「ケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケ」