6話 焼尽①
目が覚めて、勢いよく起き上がる。
あの世界で魔女が言っていたことが、事実なのか考えている暇はなかった。
「何、この臭い……?」
思わず鼻を押さえてしまう。先日の事件で嗅いだ腐臭とはまた別種の臭い。何かが焼けて、焦げている臭いが部屋の中に入ってきていた。
扉を開けて部屋から出ると、千石が慌てた様子でこちらに走ってきた。
「千石さん、何かあったんですか?」
「いえ、私にも……。今は皆様の安否を確かめているところです」
「私も一緒にみんなのことを探してきます!」
千石の返事を聞く前に、勝手に足が動き出していた。
十矢と億斗の二人は談話室にいた。二人を連れて千石に合流しようとしていると、庭の隅に建てられた小さな小屋から煙が上がっているのが、窓から見えた。
「あそこは?」
「焼却炉があるけど…今は使ってなかったはず……」
間違いなく異臭の原因はあの中にある。私は窓から庭に飛び出し、急いでその小屋に向かった。
スリッパが泥で汚れるのを気にせず、私は走った。
小屋の前に立ち、扉を開けようとするが鍵がかかっているのかびくともしない。しばらくすると、寝間着姿の那由多を連れた千石もやって来た。
現在この場にいないのは百華とハジメだ。
「この中で火が……?」
「はい、でも鍵がかかってるみたいで」
「おかしいですね。この扉は鍵をかけていないはずですよ?」
那由多が首を傾げる。その姿を見て脳裏に魔女の姿がよぎるが、今はそれどころではない。
「恐らく、内側から閂のようなものをしているのでしょう。皆様は離れていてください」
そう言って千石が扉に体当たりをした。
「こういうのは人手があった方がいいだろ」
「お、俺も手伝います」
十矢と億斗も加わり、三人で扉にぶつかる。
何度目かの体当たりで、扉が開いた。中に入ると、焼却炉の中で何かが盛大に燃えているのが見えた。あれが異臭の原因だ。
千石が急いでレバーを操作して焼却炉を停止させるが、炎は消えずに中のものを燃やし続けていた。
「み、水ッ!」
「汲んできました!」
那由多が両手でバケツを抱えていた。私はそれを受け取り、燃え盛っている焼却炉に向けて思いっきり水をかけた。
バケツリレーの要領で空のバケツを千石に渡し、新たに汲んできたものを那由多から受け取り火にかける。その作業を十矢、億斗も加えた三人で何度も行い、やっと火の勢いが弱まった。そして何が燃えていたのか、正体が明らかに……。
「みんな見ちゃダメッ!」
もっと早く気づくべきだった。何故こんな状況でこの場にいない人物がいるのか。そして昼に聞いたあの予言のことを……。
「ま、まさか……」
「燃えていたのは……人です」
黒焦げになり、最早誰なのかも判別することができない。人の形だけを残した遺体の頭部が、焼却炉の中からこちらを見つめていた。
●
「当主様は、自室で就寝中だったよ」
「ってことは、この死体は……」
「百華さんってことになりますね……」
那由多を部屋に送り、私と親族二人は現場に戻ってきた。
「これで内側から扉を施錠していたんですね」
床に割れた木の板が落ちていた。これを閂にすることで外から開けられないようにしていたのだ。
だが、そうなると一つ問題が残る。
「犯人はどこから出ていったんだ……?」
現場に入った時、室内には私たち以外誰もいなかった。
この部屋は焼却炉があるだけで人間が隠れることのできるスペースは存在しない。換気用の窓はあるのだが、ガラスではなく鉄格子がはめられていてここから脱出することもできない。
つまり、犯人は密室から脱出したということになる。
「まさか、自分から入ったわけじゃないよな……?」
十矢が青ざめた顔で呟く。確かにそれなら密室の謎も解くことができるのだが、百華がここで自ら命を絶ったとは考えにくい。
「これ、見てください」
私は床に落ちているものを指差した。
「ピアス……、百華がしていたものだね」
「はい、そして微量ですが血がついています。多分、犯人と争っている時に千切れて落ちたんでしょう」
「じゃあ、誰が百華のことを殺したんだよ! 扉が開かないって言ったのは一二三だろッ⁉」
……密室なんて存在しない。樹里の言葉を思い出す。
これは明らかに他殺だ。つまり、誰かが百華を殺害して、その後この密室を作りだしたということになる。なら、どこかにそのトリックの証拠が残っているはずだ。
騒ぐ十矢を無視して一旦外に出る。そして地面を確認した。
土の上には私たちの足跡が無数に残っていて、どれが犯人のものか判別することは不可能だ。
次に扉を見た。先程那由多が言っていた通り、扉には鍵穴が存在しない。
「あれ……?」
扉の側面に何かが塗られている。
……私はこれと同じトリックを知っている。ということは、犯人はあれを使って密室を作りだしたんだ。
「やっぱり、現場は密室じゃなかったんだ」
「……どういうことだ?」
「ここ見てください。扉に何か塗られてますよね?」
「そうみたいだけど…これは?」
「接着剤です。これで犯人は外から扉を施錠しているように思い込ませたんですよ」
樹里が過去に体験した事件と同じだ。
「じゃあ、室内にあった閂は?」
「あれは私たちが扉を開ける前から割れていたんですよ。木の板を割って室内に置いておけば、扉を開けた時にこの閂を壊したって考えちゃいますからね」
だが、これが解ったところで肝心の誰がやったかが解らなければ意味がない。
現在の時刻は午前二時半、目覚めて異臭に気づいたのは三十分程前だ。犯行時刻は日付が変わってからの約二時間、恐らくほとんどの人間にアリバイが存在していない。
「でも、なんで百華はわざわざこんなところにいたんだろうな」
確かに百華を含めた親族たち全員が、あの予言をイタズラだと考えていた。しかし、だからといって焼却炉に自身の意志で来ていたとは思えない。
「もしかしたら、犯人に呼び出されて……?」
「その可能性もゼロではないと思います。でも……」
億斗の言葉に私は頷いたが、頭の中では別の可能性を考えていた。仮に犯人に呼び出されたとしても、その場所がここでは流石に百華も不審に思い、呼び出しには応じなかったはずだ。
それなら、呼び出されたのが別の場所と考えた方が自然だ。
「どこか別の場所で襲われて、ここまで運ばれたってことか?」
「……恐らく」
十矢の予想の方が可能性は高いだろう。
「そういえば、二人は日付が変わってからどこにいましたか?」
「俺は一度部屋に戻ってから、一時くらいに談話室に戻ってきた後はお前が来るまでずっと億斗と一緒だったぞ」
「俺も同じ感じかな」
……やはり、二人にアリバイはない。屋敷にいる全員に犯行ができただろう。勿論、外部の犯行である可能性も完全には否定できないのだが。
これ以上私に捜査は不可能だ。ズボンのポケットからスマートフォンを取り出した。
「寝てないといいけど……」
警察への通報なら屋敷に戻った千石がしているはずだ。
私は小さな探偵に電話をかけた。