4話 四条那由多という少女②
四条一の正体について、まだ仮定ではあるのだが、ある程度考えがまとまった。
次はその養子、四条那由多についてだ。
ノートの次のページに『シジョウナユタ』と書き込む。
正確な年齢はわからないが、一二三の見立てでは那由多は中学生程らしい。
「年齢は恐らく、十四歳前後…っと。後は……」
……それ以上の情報を、私は何一つ持っていない。
そもそも、彼女が本当にハジメの養子なのかすら怪しい。
養子は厳しい条件をクリアした家庭しか迎えることができない。ハジメが正規の手段で養子縁組をしたとは到底思えない。
それよりも、可能性としては他三人の子供たちと同じという方が高いだろう。
つまり、ハジメと使用人の間にできた子供という可能性だ。
「やはり、辞めた使用人たちとコンタクトを取る必要があるな」
しかし、私には使用人が解雇された後のことなんてわからない。……仕方がない。私はスマートフォンを取り出した。
「……もしもし」
『樹里ちゃん、どうかしたの?』
あまりやりたくはなかったのだが、一二三に調べてもらうしかない。
「少しやってほしいことがあってな」
『うん、いいよ』
私は一二三に用件を伝えた。すると彼女は少し躊躇いながらも「わかった」と言って電話を切った。
その後、十分程雨が降っている外を眺めていると、一二三からメッセージが届いた。文面には三件の住所が書かれている。親族たちの母親が住んでいる場所だろう。
感謝の気持ちを示すスタンプを送り、地図アプリに画面を切り替える。
ここからすぐに行けそうなのは六巳百華の家だ。他二人の家は別地方で流石に気軽に行くことはできない。
私はコンビニを出て、すぐにタクシーを拾った。
運転手に目的地の住所を伝え、目を閉じた。申し訳ないが運転手と無駄話をしている余裕はない。
『無駄足かもしれないわよ?』
車内に私でも運転手でもない女の声が響いた。しかし運転手はそれに気づく様子はない。
そもそも、この声は私にしか聞こえていないはずだ。
「それでもいい。限りなく低いが、四条那由多が本当に養子である可能性だって消えたわけじゃない」
運転手に聞こえないように小声で呟いた。
●
料金を支払い、タクシーを降りる。
私は目の前に建っている古い家の表札を見た。
『六巳』……ここが六巳百華の実家だ。
インターホンを押すが反応は一切ない。
「あれ、百華さんに用があるの?」
近くを歩いていた老婆が突然話しかけてきた。私は少し戸惑いながらも頷いた。
「百華さん、しばらく出かけていて帰ってこないから、また日を改めた方がいいよ」
「……ここには百華以外は住んでいないのか?」
「えぇ、もう何年も一人暮らし」
そして老婆は会釈をするとそのまま去ってしまった。
百華は何年も一人暮らしをしている。……つまり百華の母親はここに住んでいたが、現在は別の場所にいる。それが現世なのか、それとも黄泉の国なのかは定かでないのだが。
「……誰もいないなら大丈夫だろ」
私はこっそりと門を開けて敷地に侵入した。
玄関の鍵はしっかりとかかっている。開いていたとしても、流石に家の中にまで侵入する気はないのだが。
「まあ、今やってることも犯罪には変わりないがな」
自虐しつつ、庭に入る。
特に変わったところはない、一般的な庭だ。錆びた自転車が端に停められている。
「……ん?」
自転車も一般的なママチャリだ。しかし荷台に子供を乗せるための椅子が取り付けられていた。
百華はここで一人暮らしをしている。彼女に子供はいない。
……ということは、これは彼女の母親が使っていたものだろうか?
そして、自転車を見ているとその近くに何かが落ちていることに気づいた。
「なんでこれがここに……?」
落ちていたのは十年ほど前に放送していた女児向けアニメの玩具だ。一二三がそのアニメの大ファンで、熱く語るのを何度も聞いたことがある。
一二三は当時まだ小学生だったが、百華は現在三十代後半だ。このアニメが放映されていた時、彼女は既に成人している。
『六巳百華もその作品のファンだったりして』
「別にその可能性もないわけではないが……」
一二三は成人した今でも、定期的に出る当時子供だったファン向けのグッズを買い集めていた。……それどころか現在放映されている女児向けアニメも当然のように見ている。
それなら、百華も一二三と同類の人間の可能だってゼロではない。
しかし、庭に落ちていた玩具はかなりボロボロで、とてもではないが大人のファンが買ったものには思えなかった。
……まるで子供が乱雑に扱ったか、もしくは親に無理矢理捨てられたか。どちらにしても、一人暮らしをしているという情報と結びつかない。
「一つだけ、予想できることならある。……まだ妄想の域を出ないが」
『えぇ、あの子のことね。でもそうだとしたら、最初に狙われるのは……』
予言の通り事件が起きるとしたら、最初の犠牲になるのは……六巳百華だ。
●
壁に掛けられた時計が音を鳴らし、十二時を告げる。真っ暗な外は相変わらず雨が降り続けていた。
「……結局、何も起きなかったなぁ」
親族たちに那由多のことを聞いてからずっと神経をとがらせていたが、事件は起こらなかった。勿論、何も起こらないに越したことはない。
「少し寝よう……」
夜中から朝の間が一番注意しなくてはならない時間帯なのは重々承知している。だが、私の脳は一刻でも早く休憩することを求めていた。
夕食中に千石が敷いた布団に倒れ、すぐに目を閉じた。
「仮眠する…だけ……」
こういう時の仮眠が成功した試しなんてない。理解していても、それを止めることができなかった。
徐々に意識が薄れていく。
『一二三さん』
突然、誰かの声がした。
『あっちで待っていますからね』
……そうか。
今日は普通の夢を見ることはできないんだ。
こうして私はゆっくりと、もう一つの世界に落ちていった。