3話 オヤコ
「ひさしぶりだな、赤崎栄一」
わざとフルネームで名前を言うと、栄一が表情を歪ませながら私のことを睨んだ。
赤崎栄一は私の父、そして俯瞰島で起きた連続殺人事件の犯人だ。使用人と自身の妻、つまり私の母を殺した罪でこの刑務所にいる。
赤崎加奈子、私と……一二三の母親だ。栄一の手によって一二三は母親を奪われ、更には腕に深い傷を負った。
……殺してやりたい。私の手で、栄一を一二三と加奈子と同じ目に遭わせたい。
そんなどす黒い殺意を必死に堪えた。
「今更なんのつもりで会いに来たんだ?」
栄一の疑問も当然だ。事件から半年、これが初めての面会だ。
本当なら赤崎家顧問弁護士である黒須の代わりに少しばかりの連絡をしに来ただけなのだが、その直前で栄一に聞きたいことができた。
「……四条一について、お前が知っていることを教えろ」
「四条家のこと、一二三ちゃんから聞いたのか?」
一二三が四条家のことを話したのは、先週のあの電話の後だ。それまでは彼女の家のことなんて一切知らなかった。
「あぁ、それで少し調べていてな。情報が欲しい」
「……そう言われても、俺も四条家の人間については噂だけで、会ったことなんてないぞ」
栄一が四条家の人間と会っていれば、武司と一二三の存在を隠すことができなくなる。
恐らく、武司が赤崎家を追放されてからは、新太たちもほとんど会っていないだろう。だからこそ、あの時一二三と加奈子は無理矢理引き離されたのだ。
「それでもいい」
「……最低の人間だよ。何人も使用人に手を出していてさ」
一二三からも似たような話を聞いた。
「五木十矢、六巳百華、八野億斗の三人はハジメと使用人たちの子どもなんだな?」
「なんだ、それも知ってるのか。そいつらを無理矢理母元から引き離して、屋敷で家族ごっこをしていたってわけ。……な、最低のクソジジイだろ?」
……やはり、栄一はもう一人の家族を知らないようだ。
四条那由多、彼女の存在は今のところ謎に包まれている。一二三曰く那由多は養子らしいが、ハジメがまた新しい使用人に産ませたという可能性も否定できない。
「ただここ十年くらいは入退院を繰り返していたみたいだな」
「一二三が屋敷に行かなくなった頃からだろうな」
しかし、今のハジメは屋敷で何事もなかったように暮らしている。これは彼の病状が回復したのか、それとも別の可能性があるのか……。
「だが、一年前に退院してからはずっと屋敷に引きこもっているらしい。外部からの連絡も遮断していたそうだ」
「なるほど……」
一二三はハジメに対して違和感を抱いていた。
子供ならともかく、大人の顔つきが十年ほどで変わるものだろうか。たとえ一二三が祖父の顔を忘れていたとしても、彼女の反応はおかしい。そして親族たちの反応も異常だ。
「俺が知ってるのはこれくらいだ」
「そうか、……最後に一つ」
これだけは、言わなくてはならない。
「もうお前に会うことはないだろうな。私はお前のことを父親なんて思っていない。……お前もそうかもしれないが」
「別に俺は……」
「言い訳なんていらない」
栄一の島での言動も新太を通して知っている。彼は私のことを娘としてではなく、バケモノとして見ていた。
なら、私だって同じことをするだけだ。この男は父親ではない、……ただの人殺しだ。
「じゃあな、栄一」
……わかっている。ただ私が意地を張っていることくらい。
赤崎栄一が私の父親である事実は変わらない。それでも私は……。
栄一と血が繋がっているというだけで、自分が彼と同じ醜い存在に思えてしまう。
●
刑務所からの帰り道、私はコンビニに寄っていた。ノートとボールペン、そしてコーヒーを買い、イートインスペースでテーブルの上に広げる。
一二三の予想通り、四条一が偽物だとしたら……。
ハジメは十年間入退院を繰り返していた。しかし、一年前に退院してからは再び入院などをすることなく、屋敷に閉じこもって外界との関わりを絶っている。
どう考えても怪しいのだが、偽物を用意する理由がわからない。
この考えが正しければ、少なくとも親族三人と使用人の千石は共犯関係だということになる。だが四条フミと那由多もそうだったかは、どうにも判断する材料が少ない。
ノートに一二三、そして栄一から聞いた情報を一つずつ書いていく。
書き終えてコーヒーを一口飲んだ私は、ふと壁に貼られているチラシを見た。
『公共料金の支払いは当店で』
「……公共料金か」
コンビニでの支払いは今や当たり前となっているのだが、その種類は様々だ。
ネットショッピングやクレジットカードの支払い、電気、ガス、携帯料金、そして税金……。
「税金ねぇ……」
なんとなくその単語が頭に引っかかる。
私は紙に大きく『税金』と赤色のボールペンを走らせた。
「税金…税金……」
何度も呟きながら、思考を動かす。周りからは頭のおかしい客だと思われているかもしれないが、今はどうでもいい。
仮に一二三が会ったのは偽物の四条一だとしたら……。
親族たちは間違いなくグル……。
その動機は……。
四条一だけではなく、四条フミの死……。
……税金。
「……そうか!」
私は一つの可能性にたどり着いた。
四条一の死亡によって、親族たちになんらかの支払いが生じるとしたら……。
四条家は今やハリボテになっているとはいえ名家だ。屋敷と土地だけでもそれなりの財産になるだろう。
となれば、親族たちが遺産を手に入れるにはかなりの税金を支払わないといけない。
祖母である赤崎サチヱが死んだ時、息子である新太も支払った……相続税だ。
その支払いをしたくなかった親族たちは、ハジメが死んだことを偽装した。彼が生きている限り、親族たちに相続税の支払い義務は生まれない。
そして、親族たちは何かを探している様子だった。少なくとも、その目的のものを見つけるまではハジメに死なれては困るのだろう。
しかし、そこでもう一つの謎が肥大化する。
「なら、あの予言は誰がなんのために……」
屋敷の人間の誰かが、フミのふりをして予言の手紙を用意したはずだ。だが、その予言通りに事件を起こせば、確実にハジメの死はバレるはずだ。
勿論、私の推理はまだ想像の域を出ていない、ただの妄想と言ってしまってもいいくらいだ。だが、もしこれが真実だとしたら。
あの屋敷には、別の思惑を持つ人間が潜んでいるのかもしれない。