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遊戯世界の吸血鬼は謎を求める。  作者: 梔子
4章 春は死の臭いと共に
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2話 予言の箱①

 部屋に入り、やっと一人きりになることができた。

 リュックを机の上に置き、そして中からスマートフォンを取り出す。一刻も早く、彼女の声を聞きたかった。


 時刻は十一時半、いつもなら昼食を作り始めている時間だ。


「もしもし樹里(じゅり)ちゃん?」

『もう着いたのか?』

「うん、今部屋で落ち着いたところ。少ししたらお昼ご飯をおじいさまたちと食べるんだけど…、樹里ちゃんは今どうしてるかなって思って」


 私が一日中外に出ている時、樹里は自分から食事を取ろうとしない。

 しかし今日は使用人の(あかね)に彼女のことを任せてある。その点では安心だ。


 すると、電話の向こうから樹里以外の女性の声がした。


『今は楠瀬(くすのせ)美鈴(みれい)の部屋にいる。茜も一緒だ』

「美鈴のところに⁉」


 楠瀬美鈴は私の元カノだ。

 先日のマジシャン殺害事件以降また彼女との交流も増えたのだが、樹里と茜が彼女の部屋に行っているのは予想外だった。


『そんなに驚くことじゃないだろ。それより、本当に明日帰ってこれるのか?』

「うぅん……。正直早く帰りたいんだけど、天気次第かなぁ……」


 窓から空の様子を見る。

 黒雲が時折雷で轟音を鳴らしながら光っている。予報ではそこまで強くは降らないと天気キャスターが言っていたが、それに反して実際の天気は土砂降りだ。


『さっき調べたが、明日の夜まで雨は続くそうだ』

「えぇ……、じゃあ帰るのも遅くなっちゃいそうだなぁ」


 一日に数本しか通らないバスも明日は運休の可能性が高い。私は大きくため息を吐いた。


 屋敷から駅に行くまではバスを使わなくてはならない。何時間も歩く覚悟があれば、バスを使わずに駅に向かうことはできるが……、この天気で外を歩くのは自殺行為だろう。

 つまり、私は今巨大な密室に閉じ込められたということになる。そう考えてしまうのは樹里との生活に毒されたせいだろうか。


一二三(ひふみ)お嬢様、昼食の準備が整いました」


 千石(せんごく)が私の部屋の扉を軽くノックした。


「あっ、はぁい! じゃあまた後でね」

『あぁ、何事もないことを祈ってるぞ』


 樹里の祈りは無駄になる。それを私はすぐに知ることになる。



 また広間に戻り、座布団に座る。机の上には美味しそうな和食が置かれていた。

 しかし、空気は最悪だった。原因は勿論先程の私の言葉だ。当主のハジメだけが、親族たちのピリピリとした雰囲気を一切気にせずに料理を食べていた。

 私は親族たちの顔を一人ずつ見ながら、自身の記憶と照らし合わせた。


 先程私を一番最初に罵倒した茶髪の男は五木(いつき)十矢(とおや)、たしか職業は体育教師だ。あの言動を見るに、かなり前時代的な教師なのが容易に想像できた。

 彼は今も私のことを憎らしそうに睨んでいる。


 その隣でスマートフォンをいじっている女性は六巳(むつみ)百華(ももか)。私がこの屋敷にいた頃はまだ大学生で、今何をしているかはわからない。

 ただ、彼女は派手なピアスをつけ、髪は金色に染めている。少なくとも一般的な会社員などではないだろう。


 そんな百華に親しげに話しかけている男の名前は八野(やの)億斗(おくと)だ。昔の彼は大学を中退してからずっと自身の家の金を使ってFXをしていたようなのだが、今はどうしているのだろうか。

 百華は億斗のことを無視しているが、彼はそのことを微塵も気にせずに喋り続けていた。


 この三人、そして千石とは面識がある。だが、一人だけ一切記憶に残っていない人間がいた。

 ハジメの隣に座っている和服の少女、年は中学生くらいだろうか。


 少女のことをジロジロと見ていると、その視線に気づいた少女が私を見て微笑んだ。


「そうか、一二三は今日が初めて会うんだな。この子は四条(しじょう)那由多(なゆた)、私の娘だ」

「え……?」


 ハジメとフミはもうとっくに六十歳を超えている。もし私が東京の家に戻った後に那由多が産まれたのだとしても、当時五十代だった老体のフミが出産したとは思えない。

 まさか、また使用人に……。


「娘と言っても、養子で血の繋がりはないんだがな」

「養子……」


 確かに養子だとしたら老夫婦に新しい子どもができた理由として説明できないこともない。しかし、どうしても違和感を抱いてしまう。

 何故今になって養子を……?


「初めまして、一二三さん。ナユのことは気軽にナユって呼んでください」

「よ、よろしく…ね……、ナユちゃん」


 疑問が残り、ぎこちない返事になってしまう。那由多はそんな私を気にせず、「いただきます」と呟いて食事を始めた。


「そういえば、全員が揃ったら見せるものがあるんじゃなかったのか?」


 ハジメの言葉に千石が頷いた。千石は一度広間から出ると、小さな古い箱を持って再び戻ってきた。


「フミ様が生前、私に預けたものです」

「何それ、当主様が死んだ後の遺産の分配でも書いてあるわけ?」


 百華が冗談めかして言った。ハジメの目の前でその発言はどうかと思ったのだが、当の本人はさほど気にしていないようだ。

 親族たち三人はハジメとフミの子供ではない。だが、ハジメが亡くなれば彼らに遺産相続の権利がまわってくる。……彼らは三人とも腹違いの兄弟で、父親は四条(はじめ)だからだ。


 昔は千石の他にも使用人が何人もいた。だがハジメは何人もの女性の使用人に手を出していた。そして使用人が孕めば無理矢理解雇させるといった非道を何度も繰り返した。


 ……ハジメは最低の人間だ。だからこそ、目の前で愉快そうに食事をしている彼を見るだけで反吐が出る。


 辞めた使用人がハジメとの子どもを宿し、堕胎せずに産まれたのが十矢、百華、億斗の三人だ。

 勿論彼らがここにいるのは彼ら自身の意思ではない。それぞれの家への資金援助をする代わりに、彼らをほぼ強制的に屋敷に住ませていた。

 しかも資金援助に使った金のほとんどが、赤崎(あかさき)家から譲り受けたものだ。


 ただこれは私が屋敷に通っていた十数年前の話で、今はそれぞれ別の場所に住んでいるらしい。


「いえ、私も中身が何かは……、ただフミ様が亡くなった後に開けるようにとだけ」

「なら、早く開けろよ」


 十矢が箱を奪い、強引に蓋を開けた。


「箱……?」


 ……箱の中には、更に小さな箱が入っていた。その箱の側面にはお札のようなものが貼られ、蓋が開かないようになっていた。


「……封が破れていますね」


 那由多が箱を指差した。近づいてよく見ると、確かにお札は破れていて封印の機能を失っていた。


 フミがわざわざ破ったとは思えない。

 つまり、他の誰かが一度この箱を開けた……?

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