0話 ???:来訪者
豪雨の音に混ざって、何かを叩く音が聞こえた。その音の発生源は玄関。つまり何者かが玄関の扉を叩いているのだ。
時刻は夜の十一時、来客にしては非常識な時間帯だ。
しかし、疑問はそれだけではない。I県の山中に位置しているこの屋敷を訪ねるには、駅からバスで何十分も揺られ、その後も長い距離を歩くことになる。
だが、今はこの天気のせいでバスは運休だ。ということは、今外で私たちのことを必死に呼んでいる人物は豪雨の中徒歩でここに来たということになる。
「こんな時間に、どういうことだよ……」
男が震えながら呟いた。
現在、この屋敷では奇妙なことが起きている。そのせいで男の心は、床に落ちたガラス細工のように砕けてしまった。
「私、見てきますね……」
立ち上がり広間を出ようとすると、和服の少女が私の服を掴んできた。
「一人は危険です。ナユも一緒に見に行きます」
「……ありがとう」
正直に言うと、一人で行動するより彼女と二人きりになる方が不安だ。しかし、彼女が事件の犯人であるという証拠は今のところない。
……もしかしたら、私がただ深読みしすぎているだけなのかもしれない。
「ひ、一人にしないでくれよ!」
結局男もついてきて、三人で玄関に向かうことになった。
廊下を歩いていると、嫌でも死の臭いが鼻に無理矢理入ってくる。
ここに来たのは昨日の昼頃だというのに、もう親族たちの半分以上が何者かに殺され、残っているのは私たち三人だけだ。
一人は生きたまま焼かれた。
二人は神隠しに遭った。
一人は胴体を失った。
……あの予言の通り、一人ずつ殺されていった。
そして最後には誰もいなくなった。……なんてことだけは避けたい。
玄関の明かりを点けると、扉を叩く音が一層激しくなった。思わず声が出そうになってしまう。
私は恐る恐る扉に触れ、ゆっくりと開いた。
「どちら様…でしょうか……?」
来客の正体は雪のように真っ白な少女だった。
白い髪、白い肌、そして赤い瞳。異国の姫君、または小説に出てくる吸血鬼を連想させる少女は寒さに肩を震わせていたが、それでも怪しげな笑みを浮かべた。
「な、なんで……」
「お前に会うため、そして謎を解くためだ」
「お知り合いですか……?」
和服の少女が困惑した表情で訊ねてきた。
「まあ、そんな感じかな」
「なるほど、お前が例の養子か」
真っ白な少女が私たちのことをジロジロと見る。そして「遅かったか」と残念そうに呟いた。
彼女には昨日の事件のことしか伝えていない。というより、伝えることができなかったと言うべきだろう。
「さて、お前ら二人にはまず自己紹介からだな」
少女はもう一度笑った。新しい玩具を買い与えられた子どものように。
「赤崎樹里……探偵だ」