4話 遊戯世界:密室考察②
「なら第三者が紛れ込んでいた可能性は?」
「……ふむ」
魔女は肯定も否定もしない。
犯人が島に紛れ込んだ第三者Xの可能性……。低いとは思うが、ゼロとは言い切れない。だがそれを考慮すると、もはやなんでもありになってしまう。
それに犯人がXだとしても、どうやってあの部屋から逃げたのか説明できない。部屋には誰もいなかった。やはり犯人はなんらかの方法であの密室を生み出して脱出したのだ。
そして、犯人第三者X説にはどうしても違和感がある。
……やはりXによる殺人の可能性は一旦除外すべきだろう。
「なら次はあのメッセージだ」
「七つの大罪の色欲、つまりあと六人殺すという犯行声明だな」
「勿論、これは犯人によるブラフの可能性だってある。誰が狙われてるかわらかない状況を作りだし、守りが薄くなったところで本当に狙っている人間を殺す……。それも否定できない」
Xの可能性同様、これも考えだしたらキリがない。しかしこちらの可能性はまだ除外するべきではない。
犯人は誰を狙っている? 普通に考えたら、それは赤崎家の人間たちだろう。そして赤崎家を皆殺しにして誰が一番得をするのか。親族たちなら遺産、使用人なら復讐という可能性もある。つまり誰もが動機を持っているわけだ。
……親族だろうと長年仕えた使用人だろうと関係ない。すべてを疑え。それしか謎を解く方法はないのだから。
しかし、やはり使用人が犯人だとは思えない。
「肯定する。だが、少なくともあのメッセージにはなんらかの意図があったのではないか?」
色欲という犯人からのメッセージ。それが私が使用人やXが犯人という説に違和感を覚える最大の理由だ。
何故なら、これがあのことを示しているとすれば、使用人や第三者が知らないことを犯人は知っていることになる。
「なあ、なんで加奈子の罪が色欲なんだろうな。あいつは遺産を求めていたんだ。だったら、強欲の方が似合うんじゃないか?」
「……なるほど。不倫をしていた新太ならまだしも、加奈子に色欲のメッセージが送られるのは確かに違和感があるな。……犯人が使用人や第三者ならの話だが」
「だが、犯人が親族だとしたら……」
犯人が赤崎家の人間なら、あのメッセージの意図がわかるのだ。
「貴様は家族を疑うのか?」
「疑うさ。退屈から逃れることができるなら、家族なんて些細な問題だ」
別に犯人が誰かなんて興味がない。ただどんなトリックを使ってあの密室モドキを組み立てたか、それだけが私の好奇心を刺激する。
「……ふふ、そう言いながらお前はこう思っているはずだ」
魔女がニヤリと笑いながら私の顎に触れる。ヒヤリとした冷たい感覚がする。
「あの謎は四条一二三が解くべきだと」
「……否定はしない。それが私にできる唯一の罪滅ぼしだからな」
バレていた……。それもそうだ。結局のところ、彼女は私なのだから。
四条武司の犯した罪。赤崎家の犯した罪。
今回の事件には、それが深く関わっている気がした。
だからこそ、これは一二三が解くべきなのだ。例え復讐心で真実を求めることになったとしてもだ。
「だが、赤崎家の人間が犯人だとすると……、やはり密室をどう作ったかが解らなくなるな?」
「……まだ情報が足りない」
現場を少し調べただけだ。調べなければならない場所はまだいくつかある。
「どんなに少量だとしても、確実に犯人は返り血を浴びた。その時の衣服を犯人は処理をしたはずだ。となると……」
いくつか考えられる場所はあるのだが、とりあえず明日は一二三と共にしらみつぶしで探してみよう。
彼女には更に辛い思いをさせるかもしれないが、謎を解くためなら仕方がない。そう自身に言い訳をした。
「今宵はもう終わりか?」
「……そうだな。私は現実世界に戻る」
「せいぜい盤上で足掻くことだな。既に賽は我が投げた。我は愚かな人の子を、ここから眺めさせてもらうぞ」
顔を歪めながら笑う魔女を無視して、私は棺桶の中へ入った。
蓋を閉め、目を閉じる。
……夢の世界で寝るというのもおかしな話だ。
「さぁ、二日目が始まるぞ。……あと二日、何人生き残るのだろうな。……ククッ」
耳障りな魔女の笑い声が、いつまでも耳に残った。
★
主を失い、本来なら今宵の役目を終えたはずの世界。だが、そこにはまだ一人残っていた。
「ククッ、まだ情報が足りない…か……」
幸運の魔女。赤崎サチヱの若かりし頃を模した存在。彼女はまるで自我があるかのように、主のいない遊戯世界で一人笑っていた。
「甘いな、ジュリ。今晩の情報だけで犯人はわかるというのに」
そして悲しそうな笑みを浮かべる。
「わかっている。我はあくまで観測者、ただ彼女に出題するだけの存在。あの子に口出しすることなんて許されていない」
魔女と吸血鬼、ただそれだけの関係。それ以下でもそれ以上でもない。
「まったく、誰に似たのやら……」
世界が消えていく。主が盤上で目を覚ますのだ。
きっと魔女がここに一人でいる時間だけが、本来の意味で樹里が夢を見ている時間なのだろう。
だからこそ、魔女は願う。
……たとえほんの僅かな時間。砂時計からこぼれ落ちる一粒の刻だとしても、せめて幸せな夢を見ることができますように。
★
ベットから起き上がる。
時刻は午前四時。寝たのは午前一時、三時間ほどしか寝ていないが不思議と頭は冴えていた。
普段は何時間寝ようが睡魔が常に襲い続ける。きっとあの世界へ行きたいと心のどこかで思っているのだろう。
だが、今は違う。異常な状況に立たされ、私に惰眠を貪る暇なんてない。
「一二三はまだ寝ているか……」
一二三の綺麗な黒髪を撫でる。彼女の髪の隙間から、インナーカラーの鮮やかな水色が見える。
……色。
私には無いものが羨ましくて仕方がない。
そんな思考を振り払い、私は机の上に置いた読みかけの本を取った。
盤上世界。あの魔女がそう呼ぶこの世界で、私が謎以外で退屈を紛らわせる唯一の手段だ。
今読んでいるのは恋愛小説。別にこんな恋愛を実際にしたいなんて思っていない。ただの暇つぶしだ。
そんな考えとは裏腹に、心臓の鼓動が速くなるのを感じる。
「……これが、恋なのか?」
自然と口から漏れていた。
一二三は私が作りだした壁をものともせずに越えてきた。だから、私の醜い部分を見せても受け入れてくれるかもしれない。
……例え二人の間にどんな問題があったとしても。