表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
お嬢様はゲームがしたい!  作者: 黒田雅孝
1.お嬢様はFPSがしたい!
6/6

6.お嬢様、煽られる

 

「ごきげんよう」


 学校内で雪代が、にこやかな挨拶をし、通り過ぎる。

 穏やかな微笑み、凛とした態度。

 栗色の髪が優雅にたなびく後ろ姿。歩く姿は百合のなんとやら。


 皆、その美しさを目で追っていく。俺も以前はそうだった。

 だが、俺は知ってしまった。あれはかりそめの姿だと――



 ☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆



 雪代の部屋


 今日も今日とて、雪代のゲームに付き合う。

 もうほとんど教えることは無いのだが、本人曰く、俺は必要らしい。




 ――ババスバスバスッ

 彼女の前に居た、敵ががっくりと膝を落とし、倒れた。

 それを見て、雪代はにこやかに最後の挨拶をささげる。


「――ごきげんよう!ふははは!わたくしと正面切って撃ち合おうなど、お砂糖よりも甘くてよ!思慮に欠ける行動ですわよ!」


 狂気に満ちた微笑み、傲慢な態度。

 栗色の髪を優雅にかき上げるその姿。学校での慎み深い態度は見る影もない。


「可哀そうに……目の前に立ったのがこのわたくしでなければ……己の不幸を嘆くことですね」


 画面を真っ赤にしながら、彼女は激闘の末に倒した相手へ、憐れみの目を向ける。


「ギリギリだったんだけどな……」


 俺の言葉には耳を貸さず、高笑いをしながら死体から物資を漁る。

 彼女が操作するキャラクターは体力がほとんどなくなっていた。正直、勝てたのは運の部分が大きい。

 だが、彼女は――成長している。


 画面の端には2KILLと表示されていた。


 そう、彼女は今回2人倒すことに成功しているのだ。


 本日3回目の挑戦。

 戦闘狂のきらいがあるが、その甲斐もあって銃撃戦の経験を積み、立ち回りが上達してきている。

 負けた悔しさをバネにして、めきめきと力をつけていたのだ。


「うまくなってきたなぁ」


「そうでしょう!そうでしょう!敗北すら己の糧へと変えてしまうのが、わたくしです!負け続けて強くなる、ある意味、無敗とも言えますわね」


「謎理論で偉そうにしてないで、回復、回復」


「そ、そうでしたわね!」


 装備から今しがた、敵から奪った包帯を決定する。

 キャラクターがグルグルと腕に包帯を巻くモーションを行い、体力が徐々に回復。

 それに伴って画面の赤みを消えていく。


「さてさて、次の獲物はどこに隠れていらして?」


 回復完了。

 スクっと立ち上がった瞬間――彼女のキャラクターの顔面に何かが当たり、もんどり打って倒れる。

 ……回復で油断したところをヘッドショットされたようだ。


「――ふぎゅぎぎぎぎぎい」


 調子に乗るから……

 言葉にならない悲鳴を必死にかみ殺して、彼女は身体を上下に揺する。これまた、すごい顔。


 またもや彼女の挑戦は終了してしまった。


「ま、まーた、こそこそと遠い所から……回復を待ってから、絶望に叩き落とすとは……人の心がない悪鬼共め……」


 淀んだどすくろいオーラを漂わせつつも、挑戦は続く。


 なんだか、ころころと変わる彼女の表情を見ているのが楽しくなってきた。



 そして、本日4回目の挑戦で――事件が起こる。



 市街地へと着地し、順調に装備を回収している彼女の前にそれは突然、現れた。



「……?なんですのあれ」


 彼女が訝しげにに見つめる先。小さいマンションの屋上。


 そこには一人のプレイヤーがこちらを見て、ピョンピョンと飛び跳ねているのが見えた。


「――無視した方がいい」


 俺はそうアドバイスする。だが、彼女はその不思議な動きに引っかかるものを感じてしまった。


 雪代の手にはアサルトライフルが握られており、十分狙える位置に相手はいるのだ。彼女には理解に苦しむ行動だろう。

 左右に高速に動いて、相手はさらにアピールする。


「……このわたくしに撃たれたいのかしら……?」


 その言葉には若干のいら立ちが見える。

 まずいな。

 相手のもくろみに引っかかっているぞ……


「雪代。相手にしても無駄だから放っておこう」


 だが、術中にはまっている彼女に俺の声は届かない。


 彼女は標準を――頭を振って踊る相手プレイヤーに合わせる――


「このわたくしから発せられるオーラに、戦わずして負けを認めた訳ですね。よろしくてよ。介錯して差し上げます!」


 引き金を引き――銃声がこだまする。


 

 だが、命中はしない。ちょうどよく相手が当たらない位置へと頭を隠したのだ。


 そして、ひょっこりと顔を出すと――またダンスを開始。


「はあん?」


 ビキビキという血管が蠢き立つ音が聞こえてきた――気がする。

 この動きは間違いない。


 ――相手は彼女を(あお)っている。


 彼女を馬鹿にする挑発行為。

 勝利を目指す中でわざと攻撃を誘ったりするこの行為は、全くの無意味――むしろ不利益になる行動だが、

 時として、それを楽しむユーザーも少なからず存在するのだ。


 雪代を怒らせることだけに今、相手は全力を注いでいる。


 彼女のコントローラーを持つ手が、ぷるぷると震えている。

 初めて見る挑発行為。それは負けず嫌いな彼女にとって、驚くほど効果的だ。


「ふー……わたくしも……まだまだ……ふー……ですわね……一撃で……楽にして差し上げれないとは……」


 もう一度、撃つ。

 だが、当たらない。相手はさらにジャンプしながら左右に激しく動く。

 その動きには明らかに『下手くそ』の意味が込められている。


「ふふ……」


 その動きに、雪代は怒りが溢れて笑みをこぼす。いつものように、目が()わっていく。


「うふふ。うふふふ」

「落ち着こう。ね?雪代」


 彼女はまっすぐと相手がいるマンションへと進んでいく。

 直接、ヤリに行く気だ。

 悲しいかな。それは相手の思うつぼ。


「少し、おいたが過ぎましたね……このわたくしが直々に、礼儀作法というものを、その脳みそに叩きこんであげましょう」


 階段を駆け上る。すぐにでも引き金を引きたくてうずうずしている。


 慎重という言葉はもう彼女の辞書から破り捨てられていた。


 勢いよく屋上のドアを開けて――



「死ねよや!!」


 お嬢様が口にしてはいけない言葉、上位ランクを叫びながらアサルトライフルを撃ちまくる。

 しかし、襲撃を予測していた相手は匍匐態勢で待ち構えており、怒れる銃弾の雨をかいくぐった。


 ――雪代もただでは終わらない。

 相手が伏せているのが分かると、引き金を引いたまま、フルオート連射で相手に標準を合わせていく。

 その動きを読んだように、相手は横転を繰り返して位置をずらす。


 上手い。

 一瞬の判断では相手の方が上手だった。


 そのまま雪代の頭に狙いを定めて、相手がアサルトライフルで反撃。

 回避行動をすっかり忘れていた彼女はそれをもろに浴びて、倒れた。

 相手に一太刀すら与えられぬまま。


「……」


 雪代は口を開けたまま、硬直している。目が真っ白だ。

 たぶん、その口から魂が抜け出ているっぽい。


 死んだプレイヤーキャラを俯瞰で移す画面で、相手がまた高速でダンスを開始すると――。

 トドメの一撃を放った。



「ざっこ笑笑。うわっざっこ笑笑。草生えるわ」


 若い男の声。ゲラゲラと笑っている。

 ボイスチャットでの勝ち煽り。さすがにこれはやり過ぎだ。



 その憎たらしい男の声に雪代がピクリと反応する。

 ここまでの煽りは、善良なプレイヤー誰でも不快に感じるだろう。ことさら、自尊心が東京タワーよりも高い彼女であれば、耐えられるはずがない。

 

 ――彼女の中で、決定的な『何か』が切れる音が聞こえた。







「山岡」


「ここに」


 彼女が呼ぶと音もなく、執事の山岡さんが現れる。

 突然の事に、俺は身体を跳ねらせてびっくりした。

 どっから出てきたんだ。忍者か。


 雪代がかしずく執事に向けて、指を鳴らし外を指さす。



「……このToshiki0417mutekiというIDを今すぐ調べて――」


「すとーーーっぷ!」


 俺はすぐさま雪代を取り押さえる。

 IDから住所でも特定しようというのだろうか。

 彼女がやろうとしている事は、さすがに不味すぎる!


「憎しみに支配されてはダメだ!雪代!お嬢様でしょう!そこまで堕ちちゃダメだ!!」


「やだーーーーー!!こいつぜったいゆるさないーーーーーーー!!!」




 半べそで暴れる彼女が怒りを収めるには相当の時間がかかった。





 ☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆



「雪代はちょっと怒り過ぎ。冷静になれって何度も言ってるでしょう」


 なんで俺が先生みたいにお説教してるんだろう。

 しゅんとして、正座で反省している彼女を見て思った。


「で、ですが、あれはあやつが悪いのです。いじめてきたのはあやつの方です」


 いまだ潤んだ瞳でタイトルに戻ったテレビモニターを指さし、子供のように抗議する。


「まあ、確かにさっきのは悪質プレイヤーだったけど。猪突猛進ガール過ぎるとこがあるんだよ。雪代には」


「それは、わたくしも……承知しております……」


 また、肩を小さくしてしょげる。


「一人で突っ込んでも返り討ちにあうだけだからさ。もっとリスクマネジメントも考えて立ち回らないと」


「一人……」


 彼女はその言葉に何かを感じたらしい。そして、妙案を思いついたと手をポンと叩く。


「でしたら、修吾がわたくしのサポートをしてくださいまし!そうです。一人でダメなら二人でやればいいのです!」


「え?」


「わたくしもはいぱーばとるぐらうんどには随分と慣れてきました。であれば、このデュオモードで直接サポートしてもらえば勝利も見えてくるのではないでしょうか!?」


 その手があったと言わんばかりに顔を輝かせる。


 たしかに、二人でプレイすれば片方が倒されても、助けに行けるというメリットがあるので生存率も上がるだろう。

 猪突猛進な彼女のサポートは大変そうだが、逆に言えば囮になるとも言えなくもない。

 俺としても見てるだけではなく、ゲームに参加できるのはありがたい話だ。

 しかし。


「どうでしょう!?修也。わたくしと一緒にプレイしてくださいまし!」


 満面の笑みを浮かべる彼女を見る。

 ――まさか、女の子と一緒にプレイする機会が来るなんてなぁ。

 女子と一緒にワイワイキャッキャッと同じゲームをするのはゲーオタ男子の夢の一つだろう。

 それが、突然叶う日がやってくるとは。

 しかも、お相手は超絶可愛いお嬢様だ。――プレイ中は見せてはいけない顔を時々してしまうけど、それでもめちゃくちゃ可愛いあの雪代だ。

 思わず、心臓の鼓動が速くなる。


「あ、ああ。い、いいよ」


 緊張でどもりながら俺が答えると、雪代はあどけない少女のように飛び跳ねて喜ぶ。


「やった!修吾と二人でプレイなんて、わたくし夢でしたの!」


「夢……?」


「あ、いえ。直接サポートしていただけるなんて光栄ですわ……こほん」


 咳払いして、彼女は冷静を装う。彼女も一緒にプレイしたかったようで……まあ、いいか。

 とりあえず、二人でプレイするなら下準備が必要になる。


「じゃあ、ID教えるから、登録しといてよ」


「……?」


 彼女は何を言っているのかという表情を見せる。

 ゲームはだいぶ慣れたけど、オンラインで友達とやる方法はまだ知らないといったところか。


「えっと、家から雪代のゲームに参加するのに、IDを知っておく必要があるのね。俺のを教えるから登録しておいて欲しいんだ」


 まだ、きょとんとしたままだ。

 もっとわかりやすい説明がいるのかな。

 要領を絞って説明しようとすると、彼女がきょとんとした表情のまま呟いた。


「ここで一緒にプレイすればいいのでは?」


「いや、プレイホーム125は一台しかないし……」


「それなら、もう一台用意しればいいだけでは?」


 まじか。お嬢様。


「明日までにすべて、準備を整えておきますわ。ですから、明日、わたくしと一緒にゲームをしてくださいまし」


 雪代は何の問題もないと、威張って見せる。


 足りないなら買えばいい。さすがはお金持ちの発想だ。


 スケールの違いへの驚きと、雪代と肩を並べてゲームをするというときめきを胸に秘めつつ――


 俺は、わかりました。と、降参に似た返事を返した。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[一言] 面白いです。
[一言] 面白い
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ