3.お嬢様、オンラインデビュー
マッチング中……
画面に表示されている文字を見て、彼女はワクワクを抑えられず身体を上下に揺らす。
その姿は犬が待てと言われて、必死に耐えているようにも見える。
マッチング完了。
画面が上空、大きな島を見下ろす航空機の視点に切り替わる。
「きゃー!島が見えましてよ!」
見たことがない画面が表示され、歓喜の雄叫びをあげる。リアクションがいちいち大きい。
画面を食い入るように見つめながら雪代が俺に指示を仰ぐ。
「それで、これからどうすればよろしくて!?」
「まずは、〇ボタンで飛行機から飛び降りるんだけど……」
「〇ボタンですわね!」
ポチリ
「ちょ、雪代、説明は最後まで聞いてくれ!」
だが、時すでに遅し。
彼女の操作するキャラクターは飛行機から飛び降り、高速で島へ落下している映像が映し出されている。
「落ちてましてよ!落ちてましてよ!!」
喜んでるような焦っているような雪代。
「左スティックで動かせるから、とりあえず島のどこかに着地するんだ」
「わかりましたわ!」
左スティックを傾けると共に、キャラクターも空中で同じ方向へと姿勢を動かす。
ぐんぐんと地面が近づく。
そのスピードに危機感を覚えたようで、のんびり画面を見ている俺に質問を投げかける。
「地面にぶつかりますわ!本当にこれでよろしくて!?」
「大丈夫大丈夫。そのうちパラシュートが開くから……」
バシュリッ
「おおー!本当にパラシュートが開きましたわ!」
「着地したら、操作できるようになるから……ってそっちは――」
彼女は優雅なパラシュート移動を鼻歌混じりで楽しむと、すたっと何もない草原へと着地した。
見晴らしがとてもいい草原。周りには遮蔽物がほとんどなく、隠れる所がない、景色が素晴らしい草原。
「着地しましたわ!ふふふ……バトルスタートという訳ですわね!」
「……」
あーあ。
武器が無い序盤は、なるべく隠れられる場所が多い民家の近くや工場エリアに降りるのがセオリーだ。
よりにもよって、誰もが避ける草原エリアに着地するなんて。
ここには武器は落ちておらず、周りから丸見え。このままではすぐにやられるのは目に見えている。
まあ、彼女はそんなことを知るはずもないので、仕方がないが……
まずは隠れられる場所を見つけるよう指示を飛ばす。
「とりあえず、目の前の森までダッシュして!」
「了解ですわ!」
彼女は覚えたての操作、左スティックを押し込み森林へと駆けこむ。
森林に入りさえすれば、とりあえず身を隠すことができるだろう。
草原を駆け抜ける彼女。うっそうと生い茂った木々まであともう少し――
バスッ――
「へあ?」
彼女の素っ頓狂な声と共に画面の端が赤く染まる。
バスッ――
「え?」
画面が揺れ、さらに赤く。
バスッ――
画面が真っ赤に染まる。
「やられた……」
画面には俯瞰で彼女だったキャラクターが映し出されている。
草の中に突っ伏し、右手が森へと向けられて――死んでいる。
――あと少しだったのに。そんな声が聞こえてきそうだ。
ちなみに、中の人だった雪代は何が起きたか分からないという表情で、ポカンと画面を見つめたままだ。
「近くに降りたプレイヤーが居たのか。やられちゃったね」
「……やられた?」
「うん、死んだ。雪代は倒されたってこと」
「……は?」
「は?じゃなくて、何にもない草原に落ちたとはいえ、すぐ近くに敵がいるとは……運が悪かったね」
「わたくし、まだ草原しか走っていませんわよ?」
「まあ、最初はそういうもんだよ。もう一回挑戦しよう」
かく言う俺も一度目はまともな武器を見つける前に同じように死んだ。
初心者への洗礼みたいなもんだよ。
そう慰めの言葉をかけて、雪代に再度マッチングを決定させる。
また、島を見下ろす航空機の画面。
――俺は新米兵士の肩を叩いて、おすすめのスポットを指さす。
「……いいか。まずは屋内に武器なんかが落ちている、ああいう村に着地するんだ。着地したら素早く建物に逃げ込んで、物資の確認!」
「了解ですわ!」
威勢のいい返事だ。筋のいい新人なので期待はできる。
「行ってこい!」
「とうっ!」
彼女は〇ボタンを押して島へと降下した。
俺が指定した村へとぐんぐん近づく。ここまでは順調だったが――
――まずい。
視線の端に、別のプレイヤーの影。
どうやら同じ村へと降りるつもりらしい。
「雪代。敵が一人、同じところに降りるみたいだ。こっからはスピード勝負になるぞ!」
「わかりましたわ!」
地面が近づく。――敵は離れる様子がない。あちらもヤル気だ。
雪代と敵。建物を挟む形で地面へと降り立つ。
最後は視界から消えてしまったが、着地はたぶん、ほぼ同時――
「建物……!あのハウスにしますわ!」
視点を動かし、最初に見えた一軒家目掛けてダッシュする。
「□ボタンでドアの開閉!」
「心得ましてよ!」
ドアにぶつかる瞬間、彼女はターンッとコントローラーのボタンを叩く。
勢いよくドアが――
開かず、キャラクターがジャンプする。
「あれ?あれ?」
カチカチ――
彼女は不思議そうにして、懸命に何度もボタンを押す。
しかし、キャラクターは思い通りとはいかず、ドアの前でぴょんぴょんと飛び跳ねる。
「それ×ボタン」
「あら」
彼女がボタンを確認するため、視線を落とす。――その時だった。
パスパスパスパス
小さな銃撃音と共にみるみる画面が真っ赤になる。
「あっあっ!お待ちになって!ボタンを間違えただけなのです――あっ!」
懇願むなしく、彼女のキャラがドアにへばりつくようにして――死んだ。
その上を敵プレイヤーがジャンプ――することなくドアを開けて建物に入る。
「ふざ――」
彼女が立ち上がり、画面に向かって何かを言おうとして――堪える。
……今、絶対ふざけんなって言おうとしたよね?
しかし、そこはお嬢様。
プルプルと震えながらも、座り直し――気を静めるとまた、マッチングを決定する。
「い、今のは致し方ありませんわ。わたくしの操作ミス。認めましょう。まだ初心者ですから、そういう事はありますわ」
自分に言い聞かせるように、彼女はつぶやいた。
「今のも運が悪かったよ。次はちょっと遠めな場所に降りてみよう」
こればっかりは仕方がない部分もある。
大きな島が舞台とはいえ、100人ものプレイヤーが同時に降下するのだ。
目標が被ってしまうことは珍しくはない。
立ち回りでカバーしようにも彼女はまだまだ新米プレイヤー。プロではない。
フォローしながら、三度目の降下へ。
今度は、島の奥部にある工場エリアを目標にする。
ここは物資の数が少ない分、入り組んでおり、隠れるにはちょうどいい。
あまり人気のスポットでもないので、敵が同じ地点を目指していることも少ない。
「行きますわよ!」
ポチリとまた、彼女が空へと飛び出す。
ゆっくりと近づいてくるトタン屋根の施設。
途中、同じ方向を目指すプレイヤーが居て肝が冷えたが、途中で先に降下したので、すぐに出会うことはないだろう。
屋根の上へと見事に着地。
「よし、建物に入って物資を探そう」
「心得ましてよ」
屋根から地面へ、そして今度はボタンを間違えず、□ボタンでドアを開けて工場内へと彼女は入っていった。
「物資……物資……」
視点をぐるぐる回しながら工場内を探索する。
すぐに小さな木箱がぽつんと置かれているのが見えた。
「あった!あれですわね」
「近づいたらまた□ボダンで中身探れるから」
武器があるといいんだけど。
彼女は餌に飛びつくように、木箱に接近、□ボタンを押す。
手に入ったのは、残念ながら防御力をアップするアーマーと回復できる救急箱だった。
だが、無いよりはマシか。
「武器が入っていませんわ」
残念そうな声をあげる。
「そういう事もあるよ。ほかにも何個かあるから探して。確かこの先にも木箱があるから」
「わかりましたわ」
気を取り直して、さらに工場を探索。
彼女にとっては初めての場所なので、迷いながら――それでも二つ目の木箱を発見する。
「見つけましたわ!」
すぐさま木箱の元へと駆け寄る。その時だ。
ブロロロロロ――
「ちょっと静かに」
彼女が機嫌よく鼻歌を歌いながら、二つ目の木箱に手をかけたところで制止する。音がする。
ブロロロロロ――
聞き間違えではない。これは――車両のエンジン音。しかも――近づいてくる。
「まずい、敵が来た。早く木箱を回収して隠れよう!」
「な……急ぎますわ!」
早くしないと敵が来る。焦らせるつもりはないが、この敵はたぶん……強い。
いち早く車両がある地点に降りて、高速で移動できる『足』を確保。それを利用して広範囲の物資を速攻で回収していくというのは、よくある戦術の一つだ。
先に豊富な物資を回収できる反面、接敵のリスクが高まるこの戦術を好むプレイヤーは、総じて戦闘に自信のあるプレイヤーばかり。
武器もすでに確保していることだろう。
今の彼女が遭遇すれば、ひとたまりもない。
木箱が展開され、中身が飛び出る。
――入っていたのは――武器に着けるスコープ――アタッチメントと、弾薬の山。
「これにもぶ、武器が入っていませんわよ!」
明らかに困惑している表情が見て取れる。
なんて運の悪い子なんだ。二回も外れを引くとは……
アタッチメントは狙撃性能が高まる、レアな装備アイテムだ。
だが、それが装備できる肝心の銃は――持ち合わせていない。
山盛りの弾丸も消費する元が存在しないのだから、ただのガラクタだ。
「とにかく逃げよう!今は見つからないように隠れるしかない!」
工場内にも武器は必ず存在する。
だが、これ以上探索している時間はない。
車両はすでに近くで止まった。すぐにでも工場内へと敵が侵入してくるだろう。
「逃げろっと言われましてもどっちに行けばいいんですの!?」
「とりあえず、目の前のドアから――」
――ガチャリ
――指さしたドアが勢いよく開く。
そこにはアサルトライフルを構えた敵が立っていた。
「――きゃああああああああああ!」
彼女が悲鳴を上げて、踵を返す。
左スティックを渾身の力を込めて押し込み、脱兎のごとく駆け出した。
「お待ちになって!わたくしはまだ右も左も分からぬ初心者なのです!」
チュインッ!
角を曲がると、先ほどまでいた場所に銃弾がぶつかる音がする。
「武器も持たぬ、無抵抗な者をあなたは撃つというのですか!?」
バスバスバスッ
画面が赤く染まる。
「お待ちになって!この音橘が待てと言っているのですよ!どうかお慈悲を!お慈悲――」
悲痛な叫びと共に、彼女の三度目の挑戦は終わりを告げた。
画面はまた、力なく横たわる彼女の分身を映し出す。
本体の彼女は、コントローラーを掲げたまま、顔を床に伏せプルプルと肩を震わせていた。
「――このわたくしが……こうも頼み込んでいるというのに……悪逆非道とはまさにこのこと……」
「いや、聞こえてないからね相手」
「誰もかれも、初心者には優しくするという心得すらないのですか……」
「いや、初心者かどうかなんか、分かんないからね相手」
ギラリッ
顔を上げた彼女の眼が鋭く輝いた――気がした。
可愛らしい顔を引きつらせて、彼女はふふふ、と笑みをこぼす。
「よろしい。わたくしをコケにするとはいい度胸です。修吾、明日また校門で」
「明日?」
「ええ。悔しいですが、今のわたくしが力不足なのは認めましょう。ですが、明日までに必要な知識を頭に――ぷらくてぃすで操作を身体に叩きこんで参りますわ。それからもう一度、挑戦と参りましょう。修吾には明日もご指導、頂きたくてよ」
「ええ……」
明日もまた、これに付き合うのか……面倒くさいな。
可愛い女の子の誘われるのは嬉しいが、俺だって帰ってゲームしたいし……
一通りの操作は覚えたわけだし、後は勝手にしてくれ。そう言おうとしたが――
「何か不満でもありまして?」
……彼女の目が据わっている。
嫌だと抵抗すれば、何をされるか分からないそんな恐ろしい圧迫感を感じた俺は――
「……はい」
おとなしく従うことにした。