1.お嬢様、俺を誘う
「わたくしに、ゲームを教えてくださいまし」
俺を呼び出しての第一声がそれだ。
高校2年に進級して、数か月。
クラスで一番――いや、この学園で一番の超絶美少女お嬢様は、俺、深山修吾にそう告げた。
「ゲームって……あのゲーム?」
「そのゲームです」
俺がコントローラーを操作するジェスチャーで聞くと、彼女はこくりと頷いた。
キリリとした眼差し、透き通った肌に艶のある唇。栗色のセミロングの髪は渦を巻くようにセットされている。
その立ち振る舞いは威風堂々、豪華絢爛。誰もが憧れの視線を送る才色兼備なお嬢様。
音橘 雪代
その彼女が俺にゲームを教えてくれだと?
「それって冗談?なんかの罰ゲーム?」
「いいえ、違います」
表情を変えずに顔を横に振る。それでも信用できない。
自慢じゃないが、スクールカースト下位層で立派なモブキャラをしているのが俺だ。
成績は中の下、友人もゲーム仲間の同級生二人だけ。クラスの中で居ても居なくても変わらない存在。
かたや彼女は、どこへ行っても、何をやっても話題になる。
成績も常にトップ、みんながお近づきになりたくて必死だ。
――ピラミッドの頂点に君臨するお方。
俺と彼女は住む『世界』が違う。今日になるまで一度も喋ったことがない。
一年のころから同じクラスだったが、何かのグループで一緒になるとかそういう接点すらなかった。
それなのに、急にそんなことを言われても。
「お願いしますわ。深山さん」
「俺の名前……知ってんの?」
「……?もちろんですわ、同じクラスメイトですもの」
名前を覚えてくれている……ちょっと感動――
同じクラスメイトの女子が、誰だっけ?となるこの俺の、名前を覚えてくれているとは――さすがはお嬢様。
「深山さんが、一番ゲームに詳しいとお聞きしたので頼んでいるのです」
ゲームに詳しいか。そう言われるのは名前を覚えて貰っていることよりもうれしい。
寝ても覚めてもゲーム三昧、大作ゲームが出れば日が変わった瞬間から朝までプレイは当たり前。いろんなジャンルのゲームにも手を出してきた。ゲーム仲間よりも先に攻略してアドバイス、オススメの作品を聞かれてレビューを聞かせるのは俺の唯一の楽しみともいえる。
だが、一つ疑問が残る。
その情報を一体誰から聞いたのか……?
友人しか知らない情報だ。
しかもその二人は女子とは免疫が無さすぎて、まともに喋れない。彼女から話しかけられでもしたら気絶しかねないほど奥手だ。
「誰に……?」
「それは……」
言葉を濁す。答えられないようだ。
――怪しい。
やっぱり誰かに言わされているんじゃないのか?
クラスでそういう遊びが流行ってたような気もするし。
だが、彼女は食い下がる。
「何を疑っているのですか?本当に、ゲームを教えていただきたいのです」
「そう言われてもなぁ」
困った顔をしている彼女をよく見てみる。困り眉の清楚なお嬢様。
どう見てもテレビゲームに興じるような感じには見えない。
こんな可愛い子に頼まれごとをされて、嬉しくない訳がない。しかし、あまりにも突拍子がない事態に素直に受け取ることができないでいた。
うーんとしばし考える。
――と。
業を煮やしたのか彼女はバンッと足を鳴らす。
――いつもの穏やかな表情はそこにはなく、般若のような形相をしている。
その威圧感に、思わず俺は後ずさりした。
「いいから、わたくしにゲームをおしえなさいな!」
「ひぇ」
恐怖でひきつった声が出る。こんな恐ろしい顔をするところは今まで見たことがない。
彼女は端正な顔を歪ませて、ふうふうと猛牛のように息を荒げる。
「ちゃんと事前に調べて、プレイホーム125とソフトも買いましたわ!わざわざテレビまで自室に運ばせましたのよ!」
プレイホーム125。最新のコンシューマゲーム機。彼女から見知った商品の名前が出るとは驚きだ。
「ソフト……は何を?」
「……はいぱーばとるぐらうんど」
そっちも知っている。ハイパーバトルグラウンドは今人気のFPSだ。100人が一つの孤島に飛び降り、最後の一人になるまで戦う一人称視点のバトルロイヤルシューティングゲーム。
実際、俺も今夢中になってプレイしている。
「どういうゲームかは……」
「見くびらないでくださいまし。100人同時オンライン対戦ができる、今話題のバトルロワイヤル形式のFPSですわ」
すらすらと雪代は答えた。
誰かに吹き込まれたにしては、結構ちゃんと『知っている』。
息を整えている彼女を恐る恐る覗き込む。
「マジなの……?」
「……"まじ"ですわ」
注意深く彼女の瞳をじっと見る。これは確かに『マジ』な目だ。本人は恥ずかしくなったようで、顔を赤らめながらぷいと顔をそむける。
だが、今ので嘘を言っていないのは十分理解できた。
――そこまで言うなら仕方ない。
「わかったよ。教えるよ乙橘さん」
観念してそういうと、彼女は大きく咳払いしていつもの優雅な微笑みを見せる。
「感謝します。では、明日の放課後。校門前でお待ちしていますわ」
――くるりと栗色の髪をひるがえす。女の子特有のいい匂いがほのかに漂う。――なんだかその匂いも彼女のものとなると豪華に感じる。
そのまま栗色の髪を揺らして雪代は優雅に立ち去っていく――
俺はただそれをポカンと見つめながら見送るしかなかった。