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けいおす・みそろじー  作者: 藍玉
平井徳子の章 2075年
8/50

序章七節:狐vs女狐

 自動車を走らせ慰霊碑を曲がる頃、徳子たちの上空にはエルフ達の姿があった。


〔捉えましたよ、鬼人の支配者。〕


 女エルフの宣誓と共に、両エルフは弓を構え矢を放つ。


『『三複二射三十二閃』』 Trois copie deux tirer trente deux tournage


 一面を埋め尽くすかのように放たれる184本の矢。雨のように自動車周辺全体に向けて射ち込まれる。


「露!」


 凪は叫びながら自動車の天井を叩く。それに反応して露は術式を組み上げる。


『以金板弾木矢』


 無数の矢が自動車の天板に当たり、鈍い音を立てながら弾かれる。しかし、自動車の前方にある地面に刺さった矢までには及ばず自動車は矢を踏みながらガタゴト大きく揺れる。乗員の体を激しく揺らしながら大きく減速してしまう。上空の女エルフは舌打ちしながらその動きを見て


『樹矢炎瀑』 Arbre Flèche flamme explosion


 ぎょっとした顔で男エルフが女エルフの顔を見た後、赤い炎を撒き散らしながら地面の矢が大爆発を起こす。自動車のタイヤを吹き飛ばしシャーシを曲げボンネットを開き、ボディを焼き、窓ガラスを割って、悲鳴を上げながら森のほうへ吹き飛んでいく。


{いったい何をしておられる。縛にて捕らえるべきでしたでしょうに。}


 男エルフが咎めるように顔を見る。


{すまん。二度も騙され邪魔されておったからついイラッとしてしまった。追うぞ。}


 女エルフは一瞬申し訳無さそうな顔をして、すっきりしたように吹き飛ばした自動車の方へ下降していく。男エルフも追従してそれを追いかける。

 一方自動車は火にまかれながら地面に落ちごろごろと横転し木にぶつかって停止する。


「うう、怖かった。体痛い。気分最悪です。」


 逆さになった自動車から這い出て両手両膝をついて打ちひしがれる徳子。露の頭を抑えながら少しフラフラしながら出てくる。

凪も這い出てきて一伸びする。


「黄昏れている所悪いがすぐに移動するぞ。徳子は勾玉を使って身体強化しておきなさい。露は少し足止めを頼む。」


 徳子は言われるままに勾玉に身体強化を願う。どうすればよくわからないので勾玉の提示する機能のまま執行する。勾玉が割れた後不安そうに露を見る。


「徳子、心配しなさんな。ここで私が消失しても、あなたが生きていればおばあちゃんになった頃には会えるわ。そもそもあなたにあれらの相手は無理なのだから、ここは私に任せておきなさい。主を頼みましたよ。」


 露は優しく語りかけ、手を掲げて軽く気配隠蔽を施す。手をさっさと振り先に進むように示唆する。徳子は何か語りかけようとしたがこらえて凪の方に走りだす。凪も一緒に走り、森の奥へ進んでいく。


「さてどう騙しましょうかね。詐術なんて何百年ぶりでしょうか。」


 ぶつぶつ楽しそうに独り言をつぶやきながら、自分に隠蔽術を施し、転がっている自動車に術を施す。周囲の木々にも少しずつ術を施していく。一分もしないうちにエルフ達が森へ降り立ち自動車へ近づいていく。


〔我々を相手に森で待つとは愚かにもほどがありますが、まだ抵抗する気か?今降伏するなら優しく滅してあげますよ?〕


 女エルフが自動車に向かって念話をかける。そこにいるとも思っておらずおそらく周囲にいるであろうと感じている誰かに呼びかけている。反応の無い時間が数秒続き、エルフが動き出そうとした時に自動車でくすぶっていた炎が大きく燃え上がり爆発する。自動車を破砕し破片と炎がエルフに向かって殺到する。エルフ達は即座に反応し地面から樹盾を生やし身を守る。


〔やはり抵抗するか。〕


 降伏するとも思ってなかったような口ぶりで細剣を構え


『樹枝網』 Branche net


 近場にあった木の幹から複数の枝が伸び、分岐し周囲をジャングルジムのように埋め尽くしていく。三秒ほどして枝に接触しそうになった露が木の陰から飛び出してくる。伸びてくる枝を火で燃やしながら離れるように移動する。


{ふむ。ひとりか?もう少しあぶり出すが、伏兵が見当たらないようならお前は別のやつを探しにいけ。どうせ消極的に時間稼ぎをするつもりであろう。}


 男エルフは頷いて同じように樹枝網を展開し森の上部へと飛ぶ。


〔さて、少し付き合ってやろうか。〕


 女エルフはニヤリと笑って地面を蹴って露を追いかける。十秒ほど追いかけて相手の気配が見当たらないことに気が付き魔力による単純索敵を行う。魔力の流れがおかしく索敵がうまくいかないことに気が付き周囲を見回す。


(迷いの森の魔法か?すでに入り口を仕掛けていたのか。)


 エルフは再度周囲を見渡し細剣を構えて近くの樹木に干渉しようとすると、突然地面から木の槍が四本伸びてくる。不意打ちに驚かされながらも細剣で槍を切り払い同時に術の元を追いかける。地面の下にある術の基点を確認し罠の類であると認識する。確認するかのように樹木に魔力干渉しようとすると上方から二十の木の実が勢いよく飛んでくる。それを手持ちの細剣から樹盾を展開し防御する。感触からさほど攻撃力が無いことも確認する。


(迷いの魔法はそれなりだが、正直罠は無視してもいいレベルか・・・)


 エルフは相手の力量を図りながら森をどう脱出するか考える。数秒何もせず考えていると蔦が伸びてきて拘束しようとしてくる。細剣で切り払うにはよいが、周囲の樹木から魔法を出そうとすると罠が発動し攻撃手が増える。じっくり考える時間を与えさせず身動きもさせない。悪くない手だとエルフは罠を軽くあしらいながら考えたが


(やはり能力差がありすぎるか。攻撃が致命的でないとわかった以上力押しのほうが早そうだな。)


 自分のほうが圧倒的に格上であると判断して、細剣から樹盾を自分周囲に展開し強引に迷いの結界を破壊しようと術式を組み立て始める。構築が終わりに近づいてくる頃、結界が歪み周囲の木々がエルフに向かって倒れ始める。


(本当によくできておるわっ。)


 構築した術者を軽く讃えながら、手持ちの術式を霧散させ細剣を構えてくるりと回る。


『舞踏斬撃』 La dance slash


 一振りされた細剣が周囲に無数の斬撃を生み出し、倒れてくる木々を粉砕する。木々の欠片が地面に落ちきった後、周囲の魔力の流れが正常化したのを確認し結界が無くなっていることを認識する。


〔やはり無傷ですか。出鱈目な能力差でどうしようか悩みますわね。〕


 木の陰から露がでてきて、女エルフに声をかけるように嘆息する。


〔いやいや、よくできていた。急いでなければもう少し遊んでいようかと思っていたくらいにはな。近いうちに同胞になるかもしれん。名を聞いておこうか。〕


 エルフは余裕をもって細剣で露を指す。


〔そうなるとは思えませんが・・・四界崑崙の露です。以後お見知りおきを。〕


 うやうやしくエルフを目上であるかのように礼を行う。


〔気が変わったから引くなら見逃してやってもいいが・・・引かないのだろう?〕


 エルフは細剣を構え弓を浮かせ臨戦態勢にはいる。


〔我らの世界が負けるとも思っていません。この身が無くなるまでお相手致します。〕


 露も指に金属の爪をつけて構える。


〔崑崙の仙術使いか。仙術兵装持ちとは四界の中でも上のほうということか。〕


 エルフは細剣を軽く動かして、弓から『二射四閃』を宣言し矢を撃ち込む。


〔一振りで大陸を割るような大層なものではありませんがね。〕


 露は左手を横薙ぎに振って炎をばらまき矢を焼失させる。そのまま右手をエルフに向け指を動かし火を浮かせる。


〔まずは一手。〕


 火が弾けると共に周囲に静寂が訪れる。風の音も、枯れ葉を踏みしめる音も何一切しない空間になる。そのまま人差し指をひらひら動かし火の玉をエルフに向かって飛ばす。エルフは答え合わせをするかのように首を振って地面から樹盾を展開し火の玉を受け止める。樹盾はメラメラと静かに燃える。気にせず露は左手を振り上げ、右手に土玉を持ち、左手をエルフに向かって勢いよく振り下ろす。エルフに向かって風の塊が飛び、エルフの後ろの樹木から木の槍が伸びる。エルフは細剣を一振りし風の塊を霧散させ、後ろを見もせずに樹盾を展開し木の槍を受け止める。


〔お前に観察する余裕があると思っているのか?〕


 エルフは念話でからかいながら細剣を二振りする。


『樹縛』   lierre ligoté

『一刃燕切』 Un lame chasse hirondelle


 音はなくとも確かに術が聞こえる。露にむかって無数の蔦が絡みつこうと伸びてくる。露は左手を振って蔦を燃やす。湾曲して足元から首元に向かってくる斬撃を右手の土玉を盾に変えて受け止める。エルフは続けて細剣を二振りし


『一刃燕切』 Un lame chasse hirondelle

『一刃三切』 Un lame trois coupé


 瞬間的に首、左手、右足を切られるも、首だけは盾で防ぐ。同じく足元の陰から飛んでくる斬撃を盾で受け止めるが盾は砕かれて必死で避ける。首の皮薄く切られて地面を転がり肩で息をする。エルフは露の姿を見てサディスティックな笑みを浮かべながら剣を振って致命傷にならないように様々な箇所を切り裂いて行く。


(完全に遊ばれていますね。少しは時間が稼げるので複雑ではありますが。)


〔こちらはどうでしょうかね。〕


 露は体をバネにして飛び起き、左手を振るい術を行使する。静寂とは逆に周囲の空間に虫の羽音のような微妙な振動を作り出す。


〔こちらの魔法を止めたいのはわかるが、肉体能力だけでなんとかなると思われているのは心外だな。〕


『一刃三切』 Un lame trois coupé


〔貴様ごときに止められるほどやわな発動式ではないよ。〕


 エルフはなんの障害もないかのように剣を振り露の体を斬りつける。露は切られた衝撃で少し飛ばされて片膝をつく。とっさに火球を四つ放つが、苦労することもなく細剣と樹盾であしらわれる。露はなんとかこうとか防御しながら弄ばれる時間を長くしようと画策する。軽く反撃して煽りつつ五分ほどした頃にふと攻撃が止む。


〔いかんな。転がる姿が可愛くてつい遊んでしまった。時間稼ぎとしてはお前も満足したろう。もう諦めるつもりはないか?〕


 エルフは最後通告として細剣を突きつける。転がっている露はつらそうに息をしながら爪の無い右手を向ける。


〔くどいですがその気はありませんよ。〕


 気だるそうに念話で答え、力なく手を地面に落とす。


〔湖から山岳からこの森。我らをはめた手管はなかなか素晴らしいものであった。惜しいことよ。〕


 エルフは残念そうに細剣を持ち上げる。露はそれが可笑しくて笑い出す。


〔まさかそんなところを気に入られていたとは。〕


 動きを止めてエルフは怪訝そうな顔で露を見る。


〔まことに残念なことに、私がまともに働いたのはこの地だけです。それ以前は別の者の仕事ですよ。〕


〔まだお前のようなやつが残っているのか。〕


〔あなたが期待している程の者ではありませんよ。ただ頑張りがうまくはまっただけの幸運な娘です。いやいや最後に面白いことが聞けて何よりです。〕


 驚いているエルフをよそに、露はよろよろと背筋を伸ばして胸の前で手を合わせる。


『五行相生陣』


 エルフと露をいびつに囲むように火柱が起こる。地面に刺さった爪が火を吹き出している。火は突然土壁となり周囲をつなげて囲む、土壁は鉄剣の壁に変わり、鉄剣は水壁に変わり激流をのように流れる。水壁は大樹となり上に覆いかぶさるように育つ。

エルフが露を睨む。大樹は燃え上がり、炎は石壁になり、石壁は鋼鉄の剣となり、剣は氷壁になり、氷壁は大樹となり炎に変わる。移り変わるたびに強固に強大に増大していく。


〔自爆技になってしまったのは不本意ですが、少しくらいあなたを消耗させられればと。〕


 変化サイクルは早くなり徐々に内部の空間が圧迫され始める。苛立ったエルフは細剣を振り露の腹部を一閃する。致命傷となる一撃に露は衝撃と痛みで若干呻く。


〔ふふふ・・・そうですね。あなたなら追い詰められたらそうすると信じていました。これが本当に最後の一手!〕


『以厭魅死返』


 相生陣が解かれ魔力として露に流れ込む。魔力は呪いの魔法に変わり、エルフによって減らされた命に等しい生命力をエルフから奪うために動き出す。青黒い禍々しい気配はエルフを包みあらゆる防御を無視して命を刈り取る。


〔騙し化かししかなかったとはいえ、結局あの頭の悪い天使と似たような事をしなきゃならないなんて弱いって悲しいものね。戦いが終わったらあの馬鹿と反省会でもしようかしら・・・ね。〕


 露はぶつぶつと思考し、直にすべての力が抜けた。破れた道服の中には大きな狐の死体だけが残っていた。

 エルフは呪いを受け膝をつく。直接的な傷はまったくないが呪いが急速に生命力を奪っていく。残った魔力で呪いを少しでも散らし、失った生命力を魔力で少しずつ補完する。五分の苦闘の後、残存魔力の七割を消費しどうにか致死を免れる。深呼吸をするように伸び上がり気怠さを解消し、僅かな魔力を使って体の調子を整える。狐の死体を見つめ手を向けるが、何かしらまだ仕込んでいるのではないかと警戒し手を収める。


〔油断していたとはいえこの世界に来てここまで私を追い詰めたのはおまえだけだ。本拠に戻ったら自慢してもいいぞ。〕


 改めて魔力探知をし、死体であることを確認し、感知で見つけていた道服の裏に落ちていた鍵を拾う。静かに笑いながら鍵を懐にしまい込み、残りの敵を追いかける為に走り出す。

話の構成上露が出来るけど残念な子の位置づけであった為、スポットライトが当たるも負け戦です。招請された三人の中では最もバランスが良く総合力が高く、尖った能力が無いのが難点なくらいです。宝貝「流転爪」は五行術を相生方向に変換増幅する術具です。爪による仕込みの描写を記載していないので非常に分かりづらいですが、弄ばれているときにやられながら爪を落としていってる感じです。

 相生陣は五行相生方向に術を増幅して、最終的にどこかの時点で撃ち込むか、純魔力に再変換して取り込むか他の術に利用するための術式になります。理論上無制限に増幅できますが、魔力が大きくなると扱いが難しくなっていくため技術的な限界値があります。

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