15節:新人の集い
日本に戻ってきて三日後、長谷川が加瀬の工場にやってくる。
「いらっしゃいませ。長谷川様。あちらでお待ち下さい。加瀬様を呼んできますね。」
アリシアは長谷川の顔を見るなり要件も聞かずに居間に通す。
「いや、それほど手間な用事じゃないんだ・・が。」
と、断るまもなく居間で待たされることになる。出されたお茶を飲みながら一息どころか二息も三息も待たされることになった。
(加瀬も忙しくなったのかね。)
長谷川はぼーっとしながら柏木達が帰ってきた時の話を思い出す。
「すまん、ハセ。だいぶかかった。面倒な問い合わせがほんと増えてよ。」
奥から加瀬がめんどくさそうにつぶやきながら出てくる。アリシアも遅れてやってきて追加のお茶をいれる。
「で、なんの用だって?アリシアは知ってるみたいなんだが。」
「あ?ああ。うちの社長が一度アリシアに会いたいって言っててな。時間を作って欲しいって。」
長谷川は加瀬とアリシアをちらちら見ながら及び腰に言う。
「そんな遠慮することはないだろうに。まあ、少しはどんな話か気になるけど。アリシアはどうなんだ?」
加瀬は長谷川に声をかけながらアリシアに聞く。アリシアは問題ありませんとうなずく。
「え?そんなんでいいの?いや、いいんですか?」
長谷川が何か慌てて言い直しているところにアリシアがそっと手のひらを出す。
「大丈夫ですよ、長谷川様。私がどうなっても貴方が私のマスターの一人であることには変わりありません。」
アリシアの言いように加瀬は少し首をかしげて見る。長谷川は少し落ち着いたように震えた手で銀のカードを取り出してアリシアの手に乗せる。
「承りました。問題ありませんと先方にお伝え下さい。」
アリシアはカードをしまってそう伝える。長谷川はホッとしたように息を吐いて、カタカタとぎこちなく身を整えて帰ろうとした。
「ハセ、どうしたんだ一体。」
加瀬はどうも挙動不審な友人をみて問う。
「わからないほうが幸せなこともある。俺たちはとんでもないことをしてしまったんだ。」
長谷川はそうつぶやいて足早に出ていった。加瀬は首をかしげてそれを見送った。アリシアは少し残念そうな顔をしながら工場に戻っていった。
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次の日の昼間にアリシアは加瀬にカードを見せながら、行ってきますと微笑んだ。加瀬はその顔にどきっとしながら思わず行ってらっしゃいと返す。アリシアはそのまま外へ歩いていった。加瀬はふと我に返って追いかけたがアリシアの姿を見つけることはできなかった。
「というか本気で走られたら見つかるわけもないか。」
加瀬はしょうがないかと頭を掻きながら工場へ戻っていった。
アリシアは指定された場所へ転移していた。カードに魔力を通すだけでそうなるようにキューブのような仕組みが組み込まれていた。なんの変哲もないただの部屋には二人の男が立っていた。
「此度は昇神おめでとうございます。」
小柄な男が礼を取り、隣の男も一緒に礼を取る。
「貴方が協力してくれた社長さんなのですね。色々助かりました。うまくいったのは貴方のおかげと言っても過言ではないでしょう。よもや今代の使徒様とは思いませんでしたが。」
アリシアは何かを察したように小柄な男に礼を言う。
「今のところは協力者という感じで使徒という程ではないのですが。一応今代の使徒を拝命しております、警備会社BlackCat社長の如月です。こっちは副社長の近藤です。」
如月は軽く自己紹介をすませる。そしていつのまにやら出てきたセーラー服の少女が如月の横でぷりぷりしている。
「一応ってどういうことよー。色々情報とか技術協力とかしてあげてるでしょー。」
如月はめんどくさそうな顔をしながら、それは徳子さんの都合でしょう、と手で払う。突然徳子はアリシアに顔を向ける。
「こっちでははじめましてかな。平井徳子よ。新人同士がんばりましょ。」
徳子は手を腰に当てて偉そうに言う。アリシアはそれに対して慇懃に礼をとる。
「支配者殿。戯曲神の従属たる第四位階アリシアでございます。今代よろしくお願いいたします。」
近藤がそれをみて笑いをこらえながら、負けてる負けてる、とつぶやいているのを如月が肘で脚をつついて制しようとしている。
「ま、まぁ今日は顔見せみたいなもんだから。」
徳子は顔を赤くしてそっぽを向きながら答える。
「挨拶はそれぐらいニしておいて本題に入るニャ。吾輩はニャル。ここではただのマスコットニャ。」
足元から出てきた黒猫はさっと飛び上がりながら徳子の肩に乗る。如月が少し咳払いをして話を進める。
「契約がなされてないからどうしようかとも思ったんだけど、第三キューブの話にからんで例の無名のモノについて聞きたくてね。退治してくれたからさほど問題はなくなったんだけど、今回どんな状態だったかを改めて聞いておきたい。」
如月がそういうとアリシアはその場の状況を映像を交えながら説明する。如月と徳子は真面目な顔でそれを見聞きして確認する。一通り説明と質問が終わってから如月はアリシアに向き直る。
「ありがとう。映像まであってわかりやすかった。報酬に関しては別途徳子さんから提案があるので後で聞いておいてほしい。利用の機会は殆どなくなったかもしれないけどESPのチャンネルはそのまま残しておくので使ってくれてもかまわないよ。」
「彼は助けてあげられないのですか?」
アリシアは如月と徳子を見ながら言う。両者は驚いたような顔をして、すこし残念そうに徳子が答える。
「彼の魂自体が大きく損なわれているので難しいとは思う。第八位階に至ろうとしたモノには稀にあることだしね。それに私は彼を元に戻すことが救いだとは思っていない。あれも彼の進化の道筋の一つかもしれないしね。」
徳子の答えにアリシアは、そうですか、とつぶやいてその話を止めた。
「向こうでも言ったかもしれないけど、貴方はこの世界で何をしても構わないわ。ただ著しく世界を歪めるようならそれは止めさせてもらうけど。」
徳子は如月の頭は掴みながらそう言う。アリシアは微笑みながら、そんなつもりはない、と返す。
「報酬に関してはあっちに話しておくわ。私の用事はそれで終わり。」
徳子は周りの面々をすっと見回す。他のものも特にないと首を振る。
「んじゃ、あとは送り返して終了ね。なんか疑問の有る顔をしてるね。なんでこんなことをしたかって、お互い顔見せをしたかっただけよ。本当に。通信でもいいけど三界だと見ないとわからないことが多いでしょ?」
徳子は意味ありげにアリシアに言って聞かせる。
「そうですね。確かに会うまでそうだとは思わなかったわけですし。」
アリシアはくすっと笑ってそれに答える。
「では良い終末を~。」
徳子はアリシアを手を振りながら転移させる。
「で、後はどう処理するんで?」
近藤が少しだるそうに確認する。
「少し強すぎる感じはするけど、常時というわけではないからいざとなればなんとでもなるんじゃないかな。すぐに処理する必要はないでしょ。」
如月が答えて、徳子がうなずく。
「現実はともかくネットは結構ひどいもんですよ?裏取りが手間で手間で・・・」
近藤は頭をかきむしりながらぼやく。
「そこは君の問題だろう。超技術なのは確かだけど侵入される方が悪い。」
如月はそういい捨てて、近藤はへいへいとうなずく。
「現状は様子見で。対応想定はB+くらいでいいかな。」
了解っと近藤は軽く返事をして転移する。如月も徳子に一礼してから転移する。
「おミャーさん的にはどうニャ?」
ニャルは徳子の顔を突きながら確認をする。
「貴方的には面白いだろうけど、戯曲神ってのが少しだけひっかかるかな。あのめんどくさがり屋があんなに手厚く保護したのかがちょっとね。」
「アレは追い詰められた時が一番強いきゃらニャ。」
ニャルは笑いながら地面に降りる。部屋だったものに亀裂が入り無に戻る。辺りに有るのは存在の認識できない黒のみ。
「私の見えない未来の邪魔にならなければ問題ないのだけど。」
徳子がつぶやきながらニャルを拾い上げて歩いていく。
「吾輩としてはどこで歪むかが楽しみであるニャ。」
徳子はイラッとしながら虚空にむかってニャルを投げる。ウニャーと微妙な悲鳴を上げながら黒に重なってみえなくなるニャル。徳子は歩いて黒に溶け込み次の手を探しに行く。
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アリシアは工場の前に戻ってきてそのまま工場に入る。従業員たちに挨拶されながらいつも通り工場の整理や掃除をはじめる。加瀬がアリシアの姿をみつけて念話を渡す。
{なんかあったのか?}
{いえ、先日の事件の確認と第三キューブの依頼がかぶったようなのでその報酬のお話でした。}
アリシアの答えに安心したように加瀬は作業に戻る。
(あちらにも何か思惑があったのでしょうが。私はマスターが守れるならそれで問題ありませんよ、なにもね。)
アリシアは掃除をしながらそっと加瀬を見る。ネットワークを通じて4人のマスターたちも見る。
~ああ、私のマスターたち。いつまでも無事でいてくださいませね。~
長谷川はアリシアがこの世から外れたものになってしまったことを如月から聞いてしまったためアリシアに恐怖を持ってしまっています。アリシアからすると庇護対象なので害することはないのですが、長谷川としては存在自体が怖いというところです。
徳子側としては大規模な未来干渉が行われたのでアリシアがどういうモノなのか再確認するために呼び出したのですが、お互いジャブで終わったというところです。
アリシアは護衛対象を守りたい、失いたくないという事象から感情を持ってしまったため少し過保護に病んでる感じに心を持ってしまっていますが、庇護者たちはどう思うやら。




