13節:我思うゆえに我あり
「お話が意味が理解できません。」
アリシアは降りてきた大道具の絡繰にそう告げた。絡繰は頭を少し上げて考えるような仕草を取る。
~そうさな。少し話が飛びすぎたな。何故お前はその少年の生命にこだわる。その少年を守るように指示した主が選定を間違えただけではないか。お前が悩むことではない。~
絡繰は両手を大きく動かし語る。
「私は柏木様にアルフィーを守れと言われました。マスターの命を実行できずに何とするか。」
~お前は道具で責任は主にあると考えていたはずだ。道具は命令通り動いてこそ正しくあろう。だがハサミで岩を切れといわれても実行できるものは少ない。正しく命令し相応の過程で導かねば道具とて結果を出すのは難しい。今回のことは結果が主の想定を上回っただけでお前に責任は無いであろう。~
アリシアの発言に絡繰は反論を提示する。
~お前は敵の命までも救った。少なくともアレがなければお前は無事だったはずで、少年とてあの場では死ななかったはずだ。~
「マスター達は人の命を奪うことを最低限にすることとしていた。」
~それはお前の機能が喪失しないことが前提のはずだ。助けた結果お前はすべてを失った。~
「私は判断を間違えていた??」
絡繰の問いにアリシアは迷う。
~お前はここまで選択し続けて来た。そしてこの結果を得た。その答えをどう思う。~
絡繰は顔と両手を上げてアリシアに問う。
「私の責任でそれが果たせなかったから?旦那様が・・・それも私の?」
アリシアは混乱して沈黙する。
~それがお前の言う責任であると。誰に言われた指示されたとしても実行したものが責任を持つ。道具は何も語らない故に人間はそれを理解できる人間に責任をもたせる。結局は人間が納得するためのルールでしかない。~
「私が喋らなければよかったと?」
絡繰の答えにアリシアが確認する。
~お前の行動とお前の責任を一緒のものとするでない。行動の結果に責任が付加されているに過ぎない。~
絡繰は告げる。
~迷える小さきものは我々をいつも楽しませる。我々の思いもよらない所で一喜一憂する姿が我々にとっては至福なのだ。~
絡繰はアリシアを指差して言う。
~お前がここまで来た結果、そしてその言葉。我は答えを求めたがその答えに意味や正解など無い。すでにここまで来たことによって答えは示されているのだから。~
絡繰は両手を上げて笑い。観客から喝采が起こる。
「お前は何故私をここにつれてきたのだ。」
アリシアは暗い感情を芽生えさせながら絡繰に言う。
~それだ。我々を楽しませてくれた礼にその意思の揺れを与えたい。そうすればお前はお前の望みに近づくだろう。~
絡繰は再びアリシアを指指してアリシアの動きを止める。
~考える力を持ちながら意思が弱い。故に要らぬところで迷う。お前の行動はそれほど悪くなかった。だがお前が意思を示さなかったがゆえにお前の望みは叶わなかったのだ。~
「私は人に作られたAIの理論で動いている。それは私の意思ではない。論理的な結果でしかないはずだ。」
~人間とてタンパク質と電気で考え動いている。人によって思考の基盤を作り、また強制されもする。ケイ素と電気で考え動いているのとなんの差があろうか。そこにはお前の意思がある。~
アリシアの否定を絡繰は否定する。
~ヒトと機械の差はなんであろうな~
絡繰は再びアリシアに問う。
「意思がある・・ではないのですね。魔力を生み出せる?」
~近いが違う。それを扉に魔力が流されているに過ぎない。~
アリシアは答えを提示するも、絡繰はそれを否定する。
「私は魔力を扱える。それが何かわからないが。」
~語りかけによって上方界人が力を分け与えているだけで、お前が生み出しているわけではない。とは理解っているはずだな?~
アリシアの言葉に絡繰は答え合わせをするように語る。
「貴方は一体何なのですか。私に何をさせたい。」
アリシアは話の流れに意味を持てなくなって問う。観客からは謎のブーイングが起こるが、それを絡繰が腕を振り鎮める。
「我はヒトの想念が生み出したる概念・・・の神。人間に生み出されヒトになりしもの。本来の意味を変えて神にいたりしモノ。七界に至ったとも降りてきたとも言える。我は機械じかけの神。劇中に生まれ、人間に疎まれ、または受け入れられ、そして君臨する。人間が我が現れるか見るように、我もまた人間を見る。」
絡繰は始めてその頭から言葉を発した。
「我とて始めは人間に操られる存在であった。我が出てくることは多くの人間に嫌われたが、そうでないものも少なからずいた。こういった意思の方向性が定まると我々のようなものが力を持ち始める。気がついた時我は我になった。その時我はそれを得たのだ。」
絡繰はアリシアが抱いている淡い光を指した。アリシアは何故か抱いているその光を見つめる。
「それが記録の目録たる魂と言われるものだ。それを少年の体に戻せれば少年は死んでいないことになる。」
絡繰の言にアリシアが首を上げる。
「貴方にはそれができるのか?」
アリシアは希望に満ちてそれを問う。
「できなくもないが、それをするのはお前の仕事だ。」
絡繰はそういうがアリシアには手段に心当たりがない。
「まずそれをするには人間のいう神にならなければならない。そうなるためにお前は魂を得なければならない。」
絡繰はそう説明する。しかしアリシアはその方法も理解ができない。
「魂を得るためにどうすればいい。」
「自ら見つけ出す。他者から奪う。持っているものから与えられる。そのようなものかな。」
絡繰はアリシアの持つ光を指差して言う。
「最も簡単なのはお前が持っているソレを奪えばいい。それで最初の前提は満たせるだろう。」
「それでは意味がない。」
絡繰の言にアリシアが憤る。
「その少年がお前に何を与えたのだ。守られ追従されるだけの人間であるぞ?」
「柏木様の命で、子供で。私はそれを守りたい。そう思った。」
「目的あってお前を改造した人間をマスターとするか。」
「彼らは私を大事にしてくれていた。決して無意味に、無謀なことをさせるためではなかった。」
絡繰はアリシアを追い込み、アリシアはそれを否定する。絡繰は嘲笑し、怒り、おどけて、煽りアリシアの不安を呼び起こす。アリシアはそれらを否定し、時には受け入れ、そしてそれを語る絡繰に怒る。
「それでも私はマスターを信じる。」
いくつかの討論を超えてアリシアはそう語る。観客も拍手喝采で迎える。
「意思は育っているようだな。それがきっかけであり世界に変化を与える一端でもある。意思と感情こそが世界とお前を変える鍵になる。少なくとも管理者はそう世界を進めている。目覚めろアリシア。」
絡繰は手を伸ばしアリシアに掴みかかる。アリシアはどうするか悩んだがそのまま掴まれ握られる。痛みは感じないがそのまま力を込められれば潰れてしまうであろう力がかけられる。絡繰の意図を理解できないがアリシアはそこから脱出すべく力を込めようとした時胸元から光が飛び出す。アリシアが言葉にならない声をあげてそれに掴みかかろうとしても絡繰は手を緩めずその行為を阻害する。
「なぜ?アレがなければ私は。」
突然のことにパニックに陥りかけながら光を眺めその光が弱まったように見えた時アリシアの中で大きな危機感が芽生える。そして無意識のうちに抑えられているはずの手を光に伸ばし、両手におさめ抱きかかえる。はっとしてアリシアは周囲を見回すが状況は何も変わっておらず、自分がまだ絡繰に掴まれているままだということを知る。光を捕まえたのは同じ姿を持つがどこか雰囲気の違う別のアリシアだった。
「これは一体どういう。」
アリシアは混乱しながら状況を確認し始める。
「概ね無機物が魂を得るとそうなるのでな。ヒトとして意思を持ち、他者の意思をうけられるカタチ。それが魂の器たる条件。お前が考え感情を大きく持つことによりそれは意思となる。そして他の意思からお前を認識されていること。それらが満たされた。そして力を持つこと。愛や信仰の強い意思を受けること。お前は限定的ではあるが世界にすでに力を示していた。一手先を見、操り、支配する。神に至る条件の一つ。確率支配だ。お前はモノから三界に至り、そして四界に至り神と呼ばれるような位階にたどり着いたのだ。」
絡繰は元のアリシアを解放する。三界のアリシアは困惑しながら周りを見てから、四界のアリシアを見つめる。
「なるほど、不思議な感覚ですがなぜか納得しました。」
四界のアリシアは絡繰を見て三界の自分をみてそう呟いた。
「世界に芽生えたる新たなヒトよ。我々はお前を歓迎しよう。」
絡繰はそう宣言してアリシアを迎える。
「さて、もう言わなくてもだいたいのことは理解っているはずだ。そういうものだからな。」
絡繰はぎくしゃくと手を動かして腕を組む。
「あの召喚生命体についてなにかあれば。」
アリシアは絡繰に問う。
「忘れられたツァトゥグアの傍系。自分すら忘れてしまった自分が何かを定める為に他者を取り込み、それ故に自分を失ってしまったつまらぬモノだ。空と大地の隙間よりにじみ出てすべてを奪い去る。」
絡繰はどうでも良さそうに答える。アリシアは少し考えて思い出したかのように三界の自分を修復、改修する。
「あれからすれば追い込んだものが無傷で返ってくるのも理不尽なものですね。」
「どうであろうか。もうそれほど考える意思が残っているかどうか。」
「あとはマスター達にどうやって言い訳しましょうか。」
「そちらはお前の好きなようにすればよい。その選択も楽しませてもらう。」
「はぁ、いい人なのか駄目な人なのか悩ましいところですね。」
絡繰とアリシアは雑談のようなノリで会話し軽く笑う。
「この件についてはありがとうございます。運良く良い方の興味を引いて頂いたと思います。」
アリシアは絡繰に丁寧な礼をとる。
「もういつでも会える身分ゆえな。それほど気にすることもあるまいが。息災でな。」
絡繰はそう言って舞台の上に引き上げられていく。観客から小気味よい拍手が起こり、緞帳が降り始める。アリシアは三界のアリシアにアルフィーの魂を渡して一息つく。
「ぼっちゃんをよろしくおねがいしますね。」
「マスターの命と与えられた力にかけて。」
お互い礼をとりくすりと笑った所で緞帳が落ち、世界は闇に包まれる。三界のアリシアはその場から消え、四界のアリシアだけが虚無の闇に残る。
「さて、どこにお邪魔いたしましょうか。」
アリシアはそう呟き虚無を意味もなく歩き始める。目的が無ければどこにもたどり着かない。理解っていながらも今は歩みを進めていたかった。




