12節:その身に力が宿るなら
アリシアの前にいる異形はうなだれるように体を倒し気味にしているものの触腕をいらついてるかのようにひっきりなしに動かしている。
{柏木様こちらの生物のようなものは駆除しても大丈夫なのでしょうか。}
アリシアは念の為柏木に確認をとる。
{倒す気満々かよ。倒すぶんには問題ないがやばそうなら撤退しろよ。}
柏木からの返事を受け取り懸念事項を一つ解決する。
(あとはぼっちゃまなのですが。あの男がまだ持っているならよいのですが。)
ちらっと恐怖に染まってうずくまるマーヴィンを見る。異形は触腕から音がなりそうなほどブルブル震わせ両腕をあげて吠える。そしてまたうなだれるようなポーズから体をマーヴィンのほうへわずかに動かす。
(これはまずそうですね。)
アリシアは全力でマーヴィンに向かって走り、それと同時に触腕がマーヴィンに向かって伸びる。
-138%連動:スパイラルショット-
ドリルのような水晶体を触腕に向けて放つ。水晶体は回転しながら触腕に当たり、そのまま押し進み触腕の軌道を大きく反らす。
(千切り落とすつもりでしたが、貫通どころか何ミリ刺さってるかも怪しい状態ですね。目的は達成できそうですが。)
アリシアはそのまま走り抜け左腕でマーヴィンを抱えあげ触腕から守る。軽く声をかけても震えるだけで返事をしないので精神安定魔法で落ち着かせる。
「聞こえてますか?このまま逃して差し上げてもよいのですが、その代わりぼっちゃんをお出しなさい。」
アリシアはマーヴィンに極力異形の姿を見せないように抱えて、襲いかかってくる触腕を回避、防御する。
「どうするつもりなんだ。」
マーヴィンは背中越しに恐る恐る尋ねる。
「貴方の好きな方向に投げ飛ばします。着地はご自分でお願いします。見えなくなるまではアレからの攻撃から守りましょう。」
「雑だなぁ。でも背に腹は変えられんか。できればマージェリーもお願いしたいんだが。」
マーヴィンはアリシアの提案に文句をつけながらも追加の要求も行う。
「厳しいことをおっしゃいますね。一緒に投げるので後は任せますよ。」
律儀に助けることを了承するアリシア。伸びてくる触腕を叩き落とし、マージェリーに向かって走り出す。体をねじりながらアリシアの姿を追う異形はまた奇怪な叫び声を上げる。耳を抑えて恐怖するマーヴィン。
「随分お怒りなんですが何か知りませんか?」
「知るか。あんなモノが出てくるなんて聞いてないし知らない。クリスだって知ってたかすら怪しい。」
アリシアが何となく質問するも、マーヴィンは錯乱気味に答えるだけで何もわからない。
「できれば後始末の仕方が分かると良かったんですが。」
アリシアは右腕でマージェリーを滑るように抱え込む。二人を担いでとりあえず回避に集中し走り回る。
「ではぼっちゃんのスクロールを落としておいてください。偽物掴ませようものなら苦情を申し立てますからね。」
「ねえさんおもしれぇな。脅しになってねぇよ。」
アリシアがいうとマーヴィンは軽く笑いながら指を弾く。マーヴィンの手元にスクロールが現れ、それをアリシアの胸元に入れ込む。
「悪いがそこに置いてくぜ。あっちの方に頼むぜ。」
「かしこまりました。」
マーヴィンが異形の反対側を指し、アリシアが答え、少し腰を落とす。
-140%連動:腕力強化420%5秒維持-
-140%連動:脚部強化420%5秒維持-
-68%連動:ESP検索/抽出/メタリックフォートレス/解放-
アリシアを異形の間に巨大な黒い金属の壁が現れる。視界が遮断されたその瞬間にアリシアは右方向に力強く二回転しマーヴィンとマージェリーを放り投げる。
「ごきげんよう。」
アリシアは投げてた勢いを殺しながら回転を弱め、胸元からスクロールを出しさっと開く。アルフィーの絵が書いてあることを確認しさっと巻き直して胸元に入れる。
「後ほど出して差し上げますからね。」
アリシアが撤退しようと足に力を入れようとすると、異形の叫び声が聞こえ金属の壁が溶けるように変形し地面に流れる。一瞬の後、空は鈍く輝く黒につつまれ、地面の色の彩度が上がり、天地の色味差に不安を覚えるような色彩に変わる。
-腕部強化終了ー
-脚部強化終了-
-20%連動:脚部強化280%専有維持-
(これは囚われましたね。)
アリシアは簡易探知を1kmほど拡大するが。400m先は壁のように感知できなくなる。丘の下の広場にはまだグレムリンとベンフィールド家の傭兵が取り残され戦闘が行われている。周囲の変化に戸惑い様子を伺っているものもいるようだが多くは目の前の戦闘に必死のようだ。
〔あなたは何者ですか。〕
アリシアは試しに目の前の異形に念話を送ってみる。異形は一瞬たじろいてしばらくうねうねしていたが突然癇癪を起こしたかのように触腕をびしびしと振るい、叫び声を上げる。
(なんですか突然。怒りを呼ぶようなことはしていないつもりでしたが。)
アリシアは失念しているがアリシアを念話をするには特殊な改変が必要である。異形は何かを送ったようだが目の前のものに念話が何度もつながらないため憤りを感じているのである。異形の両方の触腕の先端が分かれ、少し細めの4本の触腕が出来上がる。キリリリリと不快な音をさけびながら触腕がアリシアに襲いかかる。細く速くなったため魔法でピンポイントで狙うのは難しくなったため、壁や無形盾で防いだり、棒を立てて距離を変化させるなどして回避する。一瞬速度があがった触腕に左腕が触ると、触腕は腕にめり込み折りかねない勢いで振り抜かれる。アリシアはそれを勢いに合わせて回転して回避するが、左腕は半ば折り曲げられている。
-100%連動:リペアセルフ-
(これは厳しいですね。)
左腕を修理して回避可能な距離を保ちつつ様子を見る。
(大人しく見てもらえるかどうか。)
アリシアは希望的観測で試してみる。
-420%連動:ジャッジメントレイ-
-111%連動:ESP検索/抽出/ジャッジメントレイ/解放-
アリシアは上空に二つの光球を打ち上げるが打ち上げる途中で即座に触腕に破壊される。
(やはり反応しますか。)
-910%連動:ケラウノス3秒維持-
電撃を放つも相手に届く前にかき消される。
(対応力が高い。見た目のわりにかなり高度な知能と処理能力を持っている模様。)
{ア・・ア、・こ・・か?もど・て・・。}
とぎれとぎれに柏木の念話のようなものが感じられる。
(念話も阻害しているのですね。届くかは置いておいて2,3回返事しておきますか。)
{柏木様。隔離されて撤退は困難です。敵は強力で解き放つのも問題かと思われます。}
アリシアは同じ文で3秒毎に4度念話を送る。
{アルフィー様は保護致しましたが現状お届けできません。}
アリシアは別の連絡を3秒毎に4度送る。
(さて本当にどうしましょうか。)
-894%連動:インペイルレイン3秒維持-
上空広範囲から太い金属針を無数に放つもそれらは異形の体をすり抜ける。
(なんと金気は無意味ですか。)
-輝霊遷移を検知-
-情報公開。対抗術式を付与-
突然第三キューブからメッセージがありメモリーに術式が流れる。
(輝霊界?よくわかりませんがこの瞬間は別次元にいて回避しているのですね。)
-698%連動:改変リーピングサイス-
アリシアは試しに巨大な鎌の刃を輝霊遷移させながら異形を攻撃する。異形はそれがわかってか触腕で刃を跳ね上げそれを防御する。
(効果は有るようですね。魔力感知に検知術式を組み込みます。)
-144%連動:魔力感知改変再構築-
-25%追加連動:輝霊化検知追加-
アリシアが対応に足を止めていると、異形にも変化が現れる。背中から蜘蛛のような黒い足が6本現れ地面につけ体が持ち上げられる。体は楕円形に変形し黒い縦長の楕円球体の背中から蜘蛛脚、先端側に4本の触腕を出している形態に変わる。奇妙な形に変化したが異形は定点行動を辞め、脚をつかってアリシアに向かって走る。ちょこまかと高速に脚を動かしアリシアに接近する。アリシアは右へのサイドステップで突撃のような動きを回避し様子を見る。
-45%連動:ESP検索/抽出/ヘヴィリードラム/解放
-33%連動:ESP検索/抽出/ハードクレイラム/解放
異形の左右にむけて鉛と土塊の杭を打ち込む。土塊は脚によって抑えられ後続の脚に粉砕される。鉛の杭は体に当たること無くすり抜け土の杭にぶつかる。
(本体は木気なのは確定ですかね。弱点となる攻撃は輝霊回避ですか・・・ESPは防御にしか使えないですね。)
アリシアは分析しながらどう対応するか悩む。ESPは事前に組み込んだ魔法しか使えないので輝霊界にいる相手には全く効果がない。自分も遷移すれば別だが周囲検知が難しいとのことなので入らないほうが無難という注意が付記されていた為、アリシアはそちらに移動する気はない。よってその都度対輝霊術式を組み込む必要がある。異形は器用に動き回り、触腕と脚でアリシアを匠に攻撃する。距離が近くなった為回避の速度が追いつかなくなってくる。時折触腕に触られ体が曲がり、切り裂かれ、脚で体に穴を開けられるがその都度リペアで修理してしのぐ。
-70%追加連動:脚部強化340%-
アリシアは継続戦闘においてギリギリのところまで脚部強化を引き上げ異形の攻撃を回避する。しかし異形はさらに速度を上げアリシアの速度を上回るように動く。強化の甲斐もなくアリシアは体を削がれ続ける。不意に飛んできた触腕を手で防御するも長い先端がバインダーの一部を破砕する。
-SSS連動率169%損傷-
出力の最大値が下がりジリ貧になっていく。
(せめてぼっちゃんだけは送り届けたいのですが。)
空間移動を阻害されているようでスクロールだけを届ける手は失敗に終わっている。あとはせいぜい土の中に埋めるくらいである。アリシアは周囲を見渡しながら何か手はないかと確認するが、事実上打つ手が無い。時間を稼げば柏木達が援軍にくるのではないかと希望的観測をもって生き残ることだけに終始する。回避と防御が続きESP内の防御魔法が尽き、防御手段が減り体に届く触腕の数が増える。
-SSS連動率466%損傷-
アリシアの回避が遅れ触腕によって胸元が切り裂かれる。服と胸部装甲と共にスクロールが地面に転がり広がる。
(まずい。開放されてしまいます。)
アリシアはスクロールに駆け寄るも触腕に阻まれ思うように進まない。スクロールに手が届く頃にアルフィーが実体化してしまう。アリシアは一瞬脚部強化をしアルフィーに覆いかぶさる。
「あ、アリシア?」
アルフィーが周囲を認識できずに抱きかかえているであろうアリシアの名を呼ぶ。
「ぼっちゃん、私の後ろのモノは見ないように。」
アリシアはアルフィーに強度強化を付与しつつその場から移動しようとするが足を触腕に切り捨てられ立ち上がり損ねる。
「アリシア。アリシア大丈夫なの?」
アルフィーはアリシアの背後に起こっていることをうまく認識できず錯乱気味に心配する。アリシアの後ろではよくわからない奇怪な叫び声が聞こえる。その声を聞きアルフィーは次第に恐怖に怯えるようになる。異形の前脚がゆっくり持ち上げられけたたましい叫び声と共にアリシアの背中に刺さる。何の抵抗もないかのように脚は貫通しアルフィーの胸をも貫通し地面にささる。
「あ、アリシア・・いたいよ。」
「ぼっちゃん!」
アルフィーが恐怖で痛みがうまく認識できないようだが確実に致命傷となる一撃となっている。アリシアは声をかけ傷を治すべく魔法を発動するが、異形の無慈悲な二本目の脚がアリシアの背中を貫通しアルフィーの胸を再び貫く。アルフィーは何も言わずに力を失う。魔力も無く鼓動も無い。
「ああ、ぼっちゃん・・・」
-まだ我らを見ているものがいるなら-
-ぼっちゃんだけでも助けて-
アリシアは己の無力を嘆くでもなく、アルフィーの生を願う。一拍後、アリシアが外に意識を向けるとアリシアは淡い光を抱いて古い劇場の舞台の中央に膝立ちになっている。観客席には様々の人々の姿をぼんやりとかたどったものが座っている。アリシアは今自分はどこにいたのだろうかと錯覚してしまうほど見知らぬ場所に困惑しながら周囲を見る。体は五体満足傷もなく服にも汚れも損傷もない。
「ここは」
アリシアがつぶやくと舞台の上からキリキリと音を立てながら巨大な何かが降りてくる。鋼線に吊るされた人の上半身のようなものに巨大なヤギの頭骨のようなものがついている。体は木目の見える角材で組み上げられ、その隙間からは歯車が散見している。鋼線が引き上げられ歯車が動き腕が持ち上がり、頭が動く。
~ようこそ我が劇場へ~
~私はお前を見ていたものの一人だ~
~お前の選択の先に見たものの答えを聞こう~
~その答え次第ではお前の願いが叶うだろう~
「その声は先日から聞こえていた・・・」
器用に腕を組み頭をうなずくように動かしている巨大な何かがアリシアに問いを投げかけた。
~我はヒト、汝は人形。我には有りて汝には無い~
~虫には無く虫人にはある~
~獣にはなく獣人にはある~
~されど竜にはあり竜人にもある~
~ヒトと機械の差はなんであろうな~
異形とアリシア。場面を移しても異形とアリシア。
アリシアの前提として護衛があるため、円卓がどういう敵であろうとアルフィーを手に入れられるなら手助けもやむなしというか、目的の為に敵であるかはさほど問題視していないアリシアです。結果的にはその場で受け取らなかったほうがアルフィーにとっては安全だったわけですが・・・




