10節:スケジュールという名の予言
アリシアの提示したスケジュールは思いの外と過密だ。メンバーなどすでに記載されているから選ぶ必要はないのだが、一部の人物が使い回されていたりして潰れてしまいそうにも思える。後ほど聞いてみるとスケジュール以後の個人については全く考慮されていないということだったので仕事上必要な人物にはフォローがいるだろうなとレジナルドは頭を痛める。その気分の浮き沈みですら計算の範囲に入っている場合があるので下手にご機嫌取りも難しいという。だがその日の夜までのスケジュールを消化して全く同じ結果を得られている為効果は絶大であるといえる。一時的な友好関係の低下は懸念材料であるものの、この通りに進むならスケジュール三日目の昼には被害は最少で予定額の回収が完了する。
「この力が使えるなら向かう所敵なしではないか。アリシアを傘下に・・・もしくはコピーが作れるのなら。」
レジナルドはアリシアがもたらす富を夢想する。
「柏木をどうするかが問題か・・・WestArmに粉かけておくか。」
レジナルドはそう決めて動くことにした。
アリシアは夕飯以後アルフィーの護衛を務める。甲斐甲斐しく付き添い、邪魔になりそうなら認識阻害で存在をごまかす。今もベッドの側に立ちながら警戒を続ける。アリシアの広げた知覚には周囲の様々なことが認識できる。しかし今起こっていることは計算して事前に知っていたことの再確認でもある。今晩は何も起こらないと知っている。ただそれは自分がここにいるからこそである。アリシアは機械であるがゆえにその計算結果に疑いを持たない。ただそれが絶対とならないとも知っているから再確認が必要であると感じている。計算できなかった4日目の昼以降をなぜかと思考する。しかし現状の小さな演算回路では結果を出すことが出来ない。出来ないとも知っているが無意味にでも考える。
「これが暇つぶしというものでしょうか。」
アリシアは結果の得られない作業とわかっていつつもその計算をせずにいられなかった。
翌日の朝を迎え指示を出す側はスケジュールに従って人を動かす。レジナルドは部下の配置を指示し、柏木は町へ出て所定の行動を行いにいく。アリシアもアルフィーの護衛をしながら予定の行動を消化する。二日目は追加の取り立て際にトラブルが発生するだけでそれほど大きな問題はない。予定通りにスケジュールは消化され無事二日目は終了する。二日目の夜にアルフィーのベッドの側で護衛をしながらバインダーを展開し未来予測を行う。柏木の指示により半日先よりは見ることはしない。スケジュールには4日後の夜まで記載してあるが、可能性が最も高いものを記載しているだけで実際にそのように運ぶ可能性は6割程度しかない。今の予測結果もスケジュールと差が殆どない。アリシア自身が随所で干渉すればスケジュール通り動くだろう。だが今後このように計測できる時間はとれない。先の先まで見ておきたいが優先命令がそれを許さない。
~何故命令を遵守しなければならない~
どこからか声が聞こえた気がした。
-作られた機械が指示通り動かなくてどうする-
アリシアはあくまで優先順位に従って動くべきだと判断する。
~それが主を失う結果になったとしてもか~
声は問う。
-それは命令を守らない理由にはならない-
-機械が命令を守らないならそれは暴走と同義-
アリシアは命令を遵守し守り、自己判断を持たないことが正しいと信じる。いや、そう作られている。
~責任は指示なき主に有るとするか~
声は続く。
-道具の使い方を誤るのは使用者の責-
アリシアは主といえども指示を間違えれば自ら傷つくこともありえるとする。
~法と秩序に傾倒した人形よ~
~そこに自らの意思はないが~
~私はお前の判断を尊重しよう~
声の気配は消える。アリシアは自分は命令通り動いていればいいと自答する。主のために良いことがしたいと思っても、その結果が必ずしも主の良いになるかは判断が出来ない。ならば今はその判断を主に任せる。それで間違い無いと。アリシアはバインダー収納し通常状態へ移行する。今はアルフィーを守る。それだけで良い。
3日後の朝、アルフィーを起こし、着替えを手伝い、朝食の補助をする。少し席を外し空高く鉄球を投げる。アルフィーの側に戻り遊びの相手をしながら時間の経過を待つ。
「さて今日はどうだったかの。」
レジナルドはスケジュールを見直して部下に指示をする。朝からの取り立てで大きな抗争になる。死者は無く多少の怪我で取り立てが終わるならそれに越したことはない。死にさえしなければ怪我など切り傷も四肢損壊も治して元通りにできるという点ではさほど大きな問題ではないとレジナルドは考える。呪いさえなければではあるが。ザカライアやグレムリンの連中にそれほど高度な呪いを使えるものはいないと聞いているので問題はほぼないと考えている。レジナルドとしてはその後のフォローのほうがよほど心配の種である。
「現地組の余力はありそうだし、ザカライアの後にグレムリンからも接収させておくか。」
余裕が出てきたところでレジナルドにも欲がでてくる。利息分で赤字になるほどではないがやはり抗争にまで及ぶと報奨と補填で余分な金を使ってしまう。貸付金の利益は予定よりかなり少なくなる。スケジュールの後半は円卓への牽制ばかりでザカライアもグレムリンも関与しないため問題ないとレジナルドは考えていた。それが綻びの始まりになるとも知らずに。
柏木は町で所定作業、アリシアは家の守りとアルフィーの護衛、レジナルドはザカライアからの回収。柏木は早々にでかけ、レジナルドは部下を編成して1時間遅れてザカライア邸へ押しかける。
「気をつけてくださいね。」
「スケジュールが有る限りそれこそ危険などないさ。」
メイベルはレジナルドを気遣うが、レジナルドは余裕そうだ。アリシアとアルフィーも意気揚々と出ていくレジナルドを見送る。
「妙に機嫌が良かったけど大丈夫かしらね。ああいう時は大抵慢心してるのよね。」
メイベルがため息をつく。
「申し訳ございません。」
アリシアは慢心の原因が自分にあるだろうことを察して謝罪する。
「アリシアはいいのよ。随分助けてもらってるし。あの人が変なこと企むのが悪いのよ。引き続きアルフィーのお世話もお願いね。」
メイベルはそう言ってふわふわと自室へ移動していった。アルフィーはそんな母親を見て少し寂しそうであったが、アリシアに向かって遊ぼうと誘う。アリシアとアルフィーは庭に出て戯れる。
柏木は町へ出て指定された監視員の追い出しや、町で買い物を行う。
「連中をしばきまわすのはいいんだが、この色んなもの買ったり譲ったりするのはなんなのかね。」
バタフライエフェクトほどではないがその人々の動きが、最終的にザカライア一派への動きへのわずかな干渉になるのだが柏木側からは全く見えないので首をかしげるばかりである。だがその効果が高いことが理解っているので指示されたとおりに黙々と処理する。
「だけどこう張り合いがなさすぎて趣味じゃないよなあ。」
柏木はブツブツいいながら町を歩く。アリシアのシミュレートでは本人達が結果を知らずに動いている。しかし、計算結果を伝えなければそういった動きを常にコントロールすることは出来ない。知ったことによる感情の変化は考慮にはいっていないのである。レジナルドの余裕、柏木の苛立ち、それらがアリシアの計算を徐々にずらしていく。
レジナルドはザカライア邸に到着しいつもどおりに宣告する。
「ザカライアよ。残り70万$の用意はできたか?今すぐ支払いを要求する。支払いの意志がないならば契約通り差し押さえを行わせてもらう。」
レジナルドは拒否されると理解っている通告を行う。スケジュールがなかったとしてもこの勧告に答えた者はほとんどいないのではあるが。
「昨日は昨日でよってたかって持っていったくせにまだ足りねーのか。支払いは断固拒否する。」
ザカライアは現金を用意しておらず支払いを拒否する。
「では残りの金額の回収をさせてもらうぞ。者共進め。抵抗するものは排除して構わん。」
「返り討ちにしてやらぁ。てめぇらやっちめぇ。」
ザカライアはグレムリンの構成員と共に抵抗の構えをとり氷塊を打ち出す。レジナルドの手勢はそれを危なげなく防ぎ反撃し、動きの鈍くなったものを取り押さえる。2時間に及ぶ時間はかかるがお互い被害の少ない抗争は終了する。ザカライアは縛られ文句を言っているがレジナルドは知らぬ顔で金目のものを押収する。
「いくつか目減りしそうな資産はあったがとりあえず貴様の借金はこれでチャラだ。次は期日通り返せよ。」
レジナルドはザカライアにそう告げ借金の証文にサインし、領収書を記載して投げ渡す。ザカライアは悔しそうに唸り文句を言うが、レジナルドは完全に無視する。有象無象の債務者は大体こんなもんだとレジナルドは身にしみて知っている。
「さて諸君。ザカライアの屋敷を家探ししてもこれ以上は見込めない。借金そのものはチャラになったが我々の労賃まで回収できたわけではない。今後このような輩が抵抗しただけチャレンジ得だと思われても困る。よって関連組織であるグレムリン共にお支払いをお願いすることにした。これからは君たちのボーナスタイムだ。好きなようにやってくれたまえ。」
レジナルドはそう声をかけ部下達は歓声を上げる。レジナルドは拠点をいくつか指示し、全員で順番にめぐるように支持する。
「では諸君検討を祈る。」
レジナルドはそう言って獣たちを放つ。部下たちは喜び勇んで略奪に向かうのだった。
(さて、これで連中の鬱憤も晴れるだろう。あとはこの後出てくるであろう円卓勢と怪しげな儀式だったな。まあ、この時点で私の役目は終わったようなものだが。)
レジナルドは自身の護衛である側近をつれて我が家へ戻る。
抗争が終わる予定頃アリシアは不気味な気配を感じて周囲を見回すがなにもないので気にせずアルフィーの世話をする。人間的には悪寒、虫の知らせとも感じるかもしれないがアリシア的にはただのエラー要素でしかない。感じたことに対して判断する観測結果がえられなければ、気の所為=軽微なエラーとして無視する。屋敷の正門の方から突然の爆発音。アリシアはアルフィーの動きを止め、魔力探知を広範囲で起動する。
-45%連動:200m魔力探知専有維持-
魔力の大きさ位置などで屋敷の人間の配置を確認。正門前に一際大きな魔力がある。
-強大な臨戦魔力を検知-
-推定Round's Kight Left four マージェリー・ベネット-
青き円卓の主要メンバーはリーダーであるキングを中心に右6人、左6人で構成されるトップ層がいる。円卓という平等の歌いに反してテーブルにいるリーダーに近いほうが強く偉いという階層構造があった。今回ベンフィールド邸へ襲撃してきたのは左第4位の上位構成員であるとアリシアは探知した。しかしアリシアの「予定」ではこの襲撃は2時間後のことである程度重要な人物の避難が済んだあとで対応する予定であった。先行するパターンがあるのは予測の上で知ってはいたが、この襲撃はその中でも早めの時間でありアリシアとしても対応が難しいタイミングで避けたい状況であった。
「ぼっちゃん。お母様のところに向かいましょう。」
アリシアがアルフィーの手を引き、アルフィーが力強くうなずく。しかしアリシアの見込みでは正面ロビーで鉢合わせる。庭から屋敷に入り、正面ロビーに出た瞬間にアリシアは正面玄関に向かって魔法を放つ。
-魔力探知終了-
-18%連動:ESP検索/抽出/アイスロックバースト/解放-
-15%連動:100m魔力探知専有維持-
-60%連動:エアリアルブラスト3秒維持-
避難のための時間を稼ぐために正面から来る敵を吹き飛ばす目的で威力より押し返すことを重視した魔法を使う。扉の向こうで驚くような叫び声が聞こえる。アリシアはアルフィーをつれて階段へ上り始めた所で魔力の高まりを検知しその方向へ向けて防御を展開する。
-65%連動:斥力シールド3秒維持-
扉の向こうから丸太を思わせる杭が17本飛来する。斥力シールドに弾かれアリシアには当たらないが、あまりの勢いと周囲を破砕する轟音にアルフィーが叫び声を上げる。照明、観葉植物、壁、そして階段を破壊されてしまい二階の部屋への移動が制限される。
「おや随分可愛らしい声を上げるもんだね。」
破壊された正面入口の向こうから毛皮のコートに短パンを履いた派手めな化粧をした女性が現れる。女性は服や髪を多少濡らしてはいるが魔法によって被害を受けた様子はない。アリシアはアルフィーを後ろに隠しながら斥力シールドを維持する。
「おんやぁ、叫んでたのはご子息でしたか。で、あんたが新しい護衛のメイドさんだねぇ?一応聞いてみるけぇど、ご子息ちゃんを渡してもらえないかな?そしたら虫の息で勘弁してやるよ。」
マージェリーは値踏みするようにアリシア達を見てアルフィーの引き渡しを要求する。
「冗談は服だけにしていただきとうございます。」
アリシアは素早くアルフィーを背中におぶって、斥力シールドの方向をずらして力場に乗りながら跳躍する。
-15%連動:200%脚部強化1秒維持-
斥力の力と合わせて壊れた階段を飛び越えて二階の廊下まで飛び上がる。マージェリーは口笛を吹きつつ見送る。
「ぼっちゃんはメイベル様のところへ。」
アリシアは念話でアルフィーに告げ、アルフィーは頷いて背中から降りて駆け出す。
「よーし足手まといは下がったな。私は王の配下たるレフト4、マージェリーだ。お前を叩きのめしてご子息をいただくぜ。」
マージェリーは名乗りを上げてアリシアを指差す。
「とんだ戦闘狂でございますね。名乗るほどでもありませんベンフィールド家の臨時職員でございます。」
相手の能力は概ね把握しているので畳み掛けられる前に強化を行う。
-5%連動:空間収納干渉-
-7%連動:第一拡張バインダーマナリンク-
-15%追加連動:全周囲60m拡張魔力感知に切替-
-20%連動:280%脚部強化専有維持-
「魔力を殆ど持ってないくせにどこから引っ張ってやがる。」
『青き王に誓う。我が眼前の敵を切り払う。』
マージェリーは詠唱を含みながら右手を振り上げアリシアに向かって斜めに振り抜く。アリシアは左方向にステップしその軌道上から回避する。アリシアのいた場所が1mほど轟音と共にえぐり抜かれる。
「お、避けるたぁ運のいいやつめ。どこまで逃げられるかな。」
マージェリーはアリシアに向かって垂直に手を振り上げ、移動したアリシアの足元からえぐり取る。アリシアは予備動作から攻撃を察知し軌道が定まったのを見計らって左ステップして回避。マージェリーは振り上げた手をそのままアリシアの移動先に振り抜き、一瞬速く着地したアリシアは身を縮ませながら右ステップで切り替えして回避。
「もう間に合わねぇぞ、これでしまいだぁ。」
マージェリーはハイテンションに叫び、宙に浮いているアリシアに向けて右手を水平に振り抜く。
-10%連動:無形箱固定生成1秒維持-
-4%連動:慣性制御-
アリシアは膝を曲げ、足元に魔力で出来た箱を空中に作り出し、そのままそれを蹴って身を小さく前転しながら垂直に跳ねる。
「まずは一つでございます。」
-278%連動:隠蔽フリージングレイ2秒維持-
前転回転している途中で魔力変化を悟られないように全力で隠蔽して凍結光線を打ち込む。必中の一撃と慢心していたマージェリーは一瞬呆けている間に体に光線を当てられる。しかし光線の結果は現れず彼女の体が鈍い暗寒色に明滅する。アリシアは結果に満足し三度力場を作りながら動きを読みづらくしながら1階正面玄関付近に着地する。
「てめぇいつの間に。」
マージェリーが動揺する。青い円卓の騎士階級達は王から『誓いの剣』と『庇護の鎧』という特徴的なな魔法を与えられている。剣は発動時の魔力に応じて複数回指定目標を圧搾する魔法。空間を歪ませながら渦巻くように対象をねじり破壊する為、一枚盾のようなもので防御するのは難しい。マージェリーは手を振り抜くことで4回連続して使用する。鎧は一定値までの攻撃を無効化する防御壁。防壁は段階的に複数張られ使用者を守る。さらに防壁は魔力を注ぐことで防御能力を回復できるようになっているためそう簡単に壊せるものではない。はずだった。目の前のメイドはそれを知っているかのように的確に攻撃を隠し回復する間を与えず破壊してきた。彼女の防壁は全部で3枚あったが1枚をわけもわからない攻撃で失わされた。消耗品とはいえ王から賜った力をわけも分からぬ輩に傷つけられたことにマージェリーは怒りを覚える。
-320%連動:隠蔽プラズママイン125秒維持-
「さぁいつのことでしょうか。」
アリシアは抑揚もなくすっとぼけて右手前方に電撃地雷をこっそり仕掛ける。マージェリーは怒りに震えて雄叫びを上げる。
「殺す。」
マージェリーは目を血走らせながらアリシアを睨む。
『魔に住まう森より来たれ。縛り喰らう暗き蔦よ。』
『ブラッドヴァイン』
アリシアは詠唱を察知するがそれを無視し次の準備を行う。アリシアの周りから無数の蔦が出現し取り囲む。蔦はのたうちながらしばらく伸びる。ブラッドヴァインは魔界のような負の魔力の比率が高い地域の森に生息する食肉植物である。血液を吸い出し肉や骨を養分にしている。魔法性の生物故に魔力や生命力そのものを探知して獲物を特定する。つまりブラッドヴァインからすればアリシアは少し温かい石ころである。
「は?なんだそりゃ。」
マージェリーは予想しない蔦の動きに素っ頓狂な声を上げる。蔦は3秒ほどのたうち回り獲物を見つけたかのようにマージェリーに向かって伸び始める。
「乗っ取られた?そんな馬鹿なことが。」
マージェリーは伸びてきた蔦を左に走り抜けて回避しつつ送還術式を起動すると蔦は力を失い灰のようにパラパラっと散っていく。術式の状態を見ても魔法になにか干渉されたような感覚はなかった。どういうことかまったくわからずマージェリーはアリシアを見る。アリシアはマージェリーに向かって拳を構えている。
-リストジョイントパージ-
-3%連動:隠蔽マナリンク-
-8%連動:力場加速2秒維持-
「ロケットパーンチ」
アリシアの棒読みに答えるかのようにアリシアの右手首が切り離され超加速してマージェリーに迫る。
「てめ、なんだそりゃ。」
マージェリーは驚くが中身はともかくその辺の石を投げられているようなものである。反射的に体を捻りながら飛んでくる手の軌道を薄い無形盾を使って少しそらして回避する。
「まさかゴーレムのたぐいとは思わなかったぜ。それでブラッドヴァインが興味を示さなかったんだな。」
マージェリーは起こった現象に納得して余裕を取り戻す。
「しかし拳を飛ばしてくるたぁどういう笑い話だよ。当たるわけ無いだろうが。」
マージェリーは魔力を集めながらアリシアを笑う。
「マスター達の趣味もありますので。ただ当たらないと思うのは私も同感でございます。」
-15%連動:ESP検索/抽出/グラシアルラム/解放-
-10%連動:ESP検索/抽出/スリップフロア/解放-
アリシアの拳はマージェリーの1mほど後ろで止まって浮いたままになっており、拳が振り返り手を広げる。広げられた手から氷の杭が飛び出し、続けて床の摩擦係数を減少させる。
「どうなってんだ。」
マージェリーは後ろにある手に気が付かず、背中から氷の打撃をもろに受けるがそれ自体のダメージは魔法の鎧によって無効化される。しかし杭は伸び続け、踏ん張りの効かない状態でアリシアに向けて押し出される。ただアリシアに近づくように誘われているならと魔法を構成して攻撃しようとした所で地雷を踏んでしまう。マージェリーを中心とした電撃の檻が内部にあるものをプラズマで焼き尽くす。
「くそがぁあ。」
マージェリーは手持ちの魔力を檻の破壊に切り替え周囲に金属の槍を放射状に打ち出す。一際大きい放電音を響かせ檻は破壊される。見たこともないメイドに翻弄されマージェリーは怒りと焦りが混ぜ合わさってなんとも言えない気分になる。
「なんで見たこともねぇ使用人にここまで一方的にやられなきゃなんねーんだよ。」
マージェリーは怒りに任せて6本の丸太の杭をアリシアに多方向から打ち込む。アリシアはそれらを丁寧に避けつつ飛ばした手首を手元に戻し元の位置に取り付ける。
「確かにお会いしたのは始めてですけどね。」
アリシアは憐れむように言葉を返す。実際に合うのは始めてだが、アリシアとしては200回を超えて戦闘シミュレートを行っている。この屋敷で戦ったのも80を超える。彼女が行う戦闘方法、傾向、癖などすべて一方的に理解しているといっても過言ではない。目線、魔力の動き、状況、余裕度から何をしてくるかも殆ど予測の範囲内である。アリシア的には屋敷をなるべく損壊させないように相手を無力化する作業でしか無い。アリシアとしては地雷にかかるまでの時間が10秒以上遅いことがむしろ気になる。予定では110秒前後に地雷に押し込めている見込みだったが、5秒以内はともかく動作予定限界の123秒までかかっている。アリシアの予想よりマージェリーの動作がわずかに鈍いと推定する。
(なにかがあって魔力を使って急いでここまで来たということでしょうか。普段より節約して戦っている?)
節約された戦闘をシミュレートしたことがないわけではなかったが屋敷戦でそのような状態になることはなかった。この戦闘狂であるマージェリーは基本的に襲撃する時はどんな相手でも万全の状態でやってくる。
『青き王に誓う。我が眼前の敵を切り払う。』
マージェリーはやけになって誓いの剣を唱えアリシアに向かって振り抜く。
「これ以上お屋敷を壊さないでくださいませ。」
-535%連動:空間歪曲中和制御5秒維持-
-113%連動:アブソーブシールド8秒維持-
誓いの剣の攻撃に含まれる空間湾曲を中和制御で打ち消し、螺旋を描きながら飛んでくる5つの力場の刃を衝撃を吸収する防御壁で受け止める。
「そんな・・・ばかな。」
マージェリーは誓いの剣を完全に受け止められ二度目を振り抜くこと無く呆然とする。
「そこです。」
-空間湾曲中和制御強制終了-
-197%連動:フリージングレイ3秒維持-
アリシアは最初につかった氷結光線を隠蔽することもなく素早く打ち出す。反応が遅れたマージェリーは防御も回避もできずに攻撃を当てられ鎧を剥ぎ取られる。不可視だった暗寒色の欠片がきらきらとマージェリーの周りを舞う。
(何度やっても自信を崩された時の対応が致命的なほど遅くなりますね。)
-アブソーブシールド終了-
-478%連動:魔力撹乱の剣専有維持-
アリシアが投げるように手を水平に振ると、よたよたしているマージェリーの胸元に光り輝くショートソードがすっと刺さる。焼けるような痛みにマージェリーが床を転げ回る。剣は魔力を奪い散らしながらマージェリーに痛みを知覚させ気が付かれないようにする。20秒ほど転げ回ったあと荒い息を吐きながらマージェリーは床に横たわっている。
「くそぅ・・・殺せ。」
マージェリーは泣きぐずってアリシアに言う。
「必要がなければ殺すなとのご命令ですので殺しません。」
アリシアは淡々と答える。
「あなたはなぜここへ来たのですか?」
アリシアが質問を返す。
「・・・元々ご子息をさらう予定だったんだよ。ただ、あいつの拠点が荒らされてるって聞いてそれはもうひどいことになってるって報告されて、お返ししてやるってこっちまで飛んできたんだよ。そんだけさ。」
マージェリーはぐずりながら素直に答えた。アリシアは悩む。彼女の一方的な想い人グレムリン本拠で雑務をしている戦闘力のない男であったはずで、抗争には原則参加していないはずである。つまり襲撃をうけたのはグレムリンの拠点であるということである。
「つまり旦那さまはグレムリン拠点にまで襲撃をしてしまった?」
起こることでないのでスケジュールに記載しなかったが、ザカライア邸からグレムリン拠点まで襲撃すると彼ら側の危機感から全体的に動きが早くなる傾向にあった。速く処理できる傾向にあるが、タイトで危険も多くブレが大きいので避けていたのだが、禁止事項を言及しなかったのが予定外の行動を誘発しているようだとアリシアは判断する。
「まさかライトスリーが。」
「御名答だ、お嬢ちゃん。」
アリシアが二階を見上げると正面玄関の影から拍手が聞こえる。アリシアがそちらに振り向くと風景に溶け込んでいる軽薄そうな男が柱に背中を寄りかかっている。アリシアは正面から男を見据える。男をそれをどうでもよさそうに受け流す。
「お~、怖いねぇ。で、なぜかこちらの事情に詳しいお嬢ちゃん。大体察してくれてると思うんだが、そこに転がってるおバカな娘と可愛そうなお母様と交換ってのはどうかな?」
男がアリシアに一方的に提案する。なまじ男の能力を知っているだけに戦おうとすればメイベルが無事で済まない可能性があり、なおかつマージェリーを封印しながら戦うのが相当難しい。戦ってすべてを失う可能性のほうが高い為、切り替えて取引に応じる。
「わかりました。メイベル様をこちらへ。その娘はそちらで引きずっていってください。剣はあなた達が検知できなくなれば消します。」
アリシアは男を見る。
「おやおや、少しは抵抗するかと思ったけど見切りが早いことで。こっちはめんどくさくなくて助かるけどな。」
男は巻物をアリシアに投げ渡し、アリシアはそれを大事にキャッチする。それをみて男は操り人形のようにマージェリーを操作し歩かせる。
「おまえは相変わらずしょーがねぇ馬鹿だな。んじゃ、お嬢ちゃん・・またな。」
男は楽しそうに笑いながらアリシアに声をかけて、マージェリーと共に飛び去っていった。アリシアはそれを見送ってしばらくしてからバインダーを収納し、手元の巻物を広げて暫く待つ。巻物には抽象画のようなタッチでメイベルが描かれている。1分ほどしたところで絵が輝きメイベルが現実に飛び出してくる。
「ああ、あれはいったい・・・ここは、正面ロビーなのね。あ、アリシア。アルフィーは!」
少しだけ呆然としていたメイベルはアリシアを見てアルフィーの安否を問う。
「ぼっちゃんはあなたの部屋に行かせました。恐らく合流は出来たと思いますが。」
「そう、アルフィーは部屋に入ってきてアリシアが強盗と戦ってるって聞いたわ。その後窓からおかしな生き物が襲いかかってきて、抵抗してたところに男がやってきてそこから記憶が飛んでるのね・・・」
アリシアの問いにメイベルが記憶を整理しながら答える。
「ぼっちゃんと奥様はその男に捕らえられてしまったのです。その男は私が倒した者と奥様の交換をもちかけて・・・そのまま撤退しました。申し訳ございません。今後を考えると奥様もぼっちゃまもすべて失うわけにはいきませんでした。」
アリシアがメイベルに申し訳ないと謝罪する。
「どうしてアルフィーとの交渉をしてくれないの。」
「相手の目的がぼっちゃんですので交渉にならないのです。私が抵抗しても奥様を失い、私も倒される可能性が高かったので・・・」
「ああ、どうして・・・」
メイベルは泣き崩れ、アリシアは何も出来ぬまま立ち尽くす。スケジュールが意味をなさなくなったので、アリシアは柏木とレジナルドに念話で連絡をとり屋敷が襲撃をうけたこととアルフィーが連れ去られたことを連絡する。散々文句を言われたが反論せぬまま聞き流す。レジナルドに帰ってくるなり殴られるが痛いという感覚しか理解できないので抵抗することもなく殴られるままでいた。その後柏木が戻ってきてレジナルドを抑えて落ち着かせて、全員で状況を整理する。どうしてこうなったのかレジナルドはアリシアに理由を訪ねたが、アリシアは正直に話してもいい未来にならないと知っていたので知らぬ存ぜぬでごまかした。なんにせよ相手は駒を揃えてしまったことを報告する。柏木は未来予測が出来ないか確認したが、アリシアは此処から先はほとんど見えないはずと答えた。実際にやってみても明日の朝以降は何もわからない。朝に向けて青い円卓の儀式を不成立にさせる準備を進めるのが一番いい結果になりそうだと相談で決まり、皆がそのように動く。朝からの決戦に向けて交代交代に休みながら皆で作業を進めていく。そして夜が明けようとする。
右左は記載された者の主観によって記載しています。Aの右であればAから向かって右の方に、AがBの左にとなればAがBからみて左側にという風に記載しているつもりです。AとBが向かい合っていればAの右とBの左は同じ側の方向ということになります。




