五節:反省とお願い
現実に戻ってから加瀬家の居間でまったり。アリシアは全員分のほうじ茶を準備している。
「にしてもあんな規模の魔法をさらっとつかえるもんだな。」
長谷川が煎餅をつまみながら柳に聞く。
「少し術式をカスタマイズして必要魔力を減らしてるのもあるけど。2割ぐらい維持時間がすくないかな。それでも拡張バインダー95%くらいとバッテリーの7割くらい使うよ。」
柳は楽しそうに仕様を説明する。
「おかげさまで六文銭持たずに船着き場に行くところだったぜ。マスター相手にも容赦がねぇ。」
柏木がお茶をちびちび飲みながら愚痴る。
「泉様が遠慮はいらないと申しておりましたので。」
アリシアが加瀬の脇に控えていたところにさっと答える。全員の目がアリシアに集まる。
「つまり遠慮はいらないと言われたから致死性の最大攻撃を行ったと。」
「はい。ご命令でしたので。」
加瀬の質問にアリシアは淡々と答える。
「これって・・・まずくない?」
泉がぼそっと誰にいうでもなくつぶやく。こうして全員が思いつく限りの質問を行いアリシアが認識している彼らなりの常識を確認していく。先の模擬戦においては、模擬戦が実戦のように行うルールのある戦いであること、基本的にマスターを害する設定ではないが同等権限のマスターの命令によって一時的に抑止できることが確認された。模擬戦のルール設定に「殺害してはならない」となっておらず、泉の「遠慮はいらない」が相手の死を考えない攻撃を発生させてしまったようだ。
「そうか。単語の意味だけを認識していて、人間の慣習的なものとかが含まれてないんだな、これは。」
加瀬が質問と答えを確認した後そう結論づける。
「まあ確かに常識とか慣習とか地方でだいぶ変わってくるだろうしねぇ。この子がまっさらな試作機ってこともあったんだろうけど。」
柳がアリシアを見ながら言う。アリシアは特に反応せず立ち尽くしている。周囲のことは伺っているが、命令や優先作業がなければピクリとも動かない。
「戦闘力も性格もある意味申し分ないが、この常識感はどうしようもないな。」
柏木はテーブルに突っ伏してぼやく。
「でも知らないことは教えればいいじゃない。そりゃ全部を細部までってのは難しいけど、最小限やってはいけないことだけ条件付しておけばそこまでひどいことにならないんじゃない。ほら、ロボット三原則みたいなやつ。」
泉は古い有名な小説の一節を引き合いに出して言う。その場の全員はいろいろ顔を見合わせてからうなずくようにアリシアへの最低限のガイドラインを決めるための相談を始めた。アリシアの安全を優先するか人々の安全を優先するかなど時には叫びながらも議論はヒートアップしたが、それは徐々にアリシアに傾き始め概ねアリシア、自己を守るための条項へ定まった。
-自己のAIコアの保全、保護を最優先とする-メインマスター権限
-自己の外装四肢の保全、保護を優先すること以外で、他の生命活動を停止させない-サブマスター権限
-他の生命活動を意図的に停止させる場合は、周囲の許可をとること-サブマスター権限
5人はこうした基礎命令を前提にそれとなく必要そうな慣習や常識の基準を思いつく限りアリシアに仕込んでいった。
「それで柏木の仕事の話はどうするの?」
泉は夕方の分けれ際に尋ねる。柏木は少し申し訳無さそうな顔をして答える。
「俺が言ったら本決まりにはなるだろうけど、一応先にうちの方で話を決めてくる。詳しい事はその後にさせてくれ。イギリスで仕事をさせたいと思ってるってことだけ知っといてくれ。」
柏木は片手を上げて走り去る。
「イギリスってまた遠いわねぇ。それまでに心きめとけっとことかしら。」
泉は悩みながら周りを見る。
「柏木も加瀬と泉がご執心だから多少は気が引けてるんじゃないの?ただ、それを押しのけてでもアリシアに依頼したいほどの案件なんだろうけど。」
柳が泉の視線に答えて言う。
「柏木もあれはあれで俺たちには気ぃかけてるからな。うざそうにしてたって委員長相手はかなり慎重だぜ。」
長谷川は笑いながら答える。
「また来週集まった時に決めることになるだろうから、みんなも考えておいてほしい。ただ、俺は柏木を助けたいと思ってる。アリシアのことは心配だけどな。」
加瀬は答えてからアリシアを見る。アリシアは無表情で後ろに控えている。
「どちらにせよ。そういうことを前提にして対応できるように装備と情報を仕込んでやればいいかなとは思ってる。」
加瀬が改めて残った3人にむけて言う。
「変わった気もしてたけど、あんた達は今も変わんないのね。」
泉は呆れたように言う。
「そういう泉だって変わらず俺たちにつきあってんじゃん。あの飲み会の時に引き返すのが普通の一般人だぜ。」
長谷川が泉をからかって言う。
「あのときはこんなことになるとは思ってなかったんだけどなー。」
泉が加瀬を見ながら言う。
「みんなのおかげで俺の夢がかなってその先まで来れたんだ。アリシアもみんなの作品だし、柏木でなくてもアリシアが可能ならみんなの願いを叶えてやりたいさ。」
加瀬はそういうって拳を出す。
「もう・・・しょうがないなぁ。」
泉は自分の拳で加瀬の拳を軽く小突く。
「変な魔法も仕込んじゃったしね。システム開発者として、アリシアの未来の為にも。」
柳が加瀬に拳を合わせる。
「みんなでやってりゃ大抵のことはなんとかならーな。」
長谷川が加瀬に拳を合わせる。
「みんなで最善目指してやってこう。君もね。」
加瀬はアリシアの前に拳を出す。
「私も可能な限り善処致します。」
アリシアは静かに加瀬の拳に自分の拳を合わせる。
それから一週間の間、来れるものが来たり連絡をとりながらアリシアの改造や試験運転が行われた。そして1週間後の午前中に全員が集合し加瀬宅の居間に集まる。
「結局待たせて悪かったな。この件以外でもちょっと仕事が多かったんでな。」
アリシアが茶の準備をする傍ら柏木は席につく。
「ちょっと楽しみに待ってたわ。どんな無理難題なのかってね。」
泉が柏木を笑いながら指差して言う。
「まあ、俺達にはちょっとむずかしいというか先方の条件に合わなかったんでな。他言無用ってほどでもないんだが、知ってるやつは知ってるしな。ばれたって、知ってるやつからしたらああそうってくらいの話だ。ただ、細かい話までは言いふらさないでくれると助かる。」
柏木はそう言ってお茶を一口飲んでから話し始める。
「うちと取引のある資産家なんだが、がめつい守銭奴の高利貸しって感じかな。表面上は法律の範囲内なんだが・・・まあ裏ではぼちぼちやらかしてる。マフィアほどじゃないけどな。借りて返さないやつが悪いんだが、取り立ての方法も決していいやり方とも言えん方法もやったりするんであんまり評判は良くない。だけど貸す時の審査は緩めだし、きっちり返す分にはひどいことをしたり約束を違えたりしないし、そもそもカタにはめたりもする御仁じゃないんで需要はそこそこあんのさ。で、ちょっと敵が多いのもあって元々の偏屈さに磨きがかかってさ、信用する人間が極端に少ないのな。あれで結婚したっつーんだから金はこえぇと思うんだが、溺愛気味の息子がいてな。ちょっと強気の輩からキリトリしようとしてるんだけど息子が気になってしょうがないらしい。嫁さんも似たような抗争でやられたからしょうがねぇっちゃしょうがねんだけど。」
いろいろ考えながら解説する柏木。またお茶を含んで言葉をどうするか考えている。
「という前提があって息子の護衛を頼みたいという仕事の依頼をもらってきたわけだ。」
「あんたが受けた依頼なんだから、グループでやればいいんじゃないの?」
柏木の話に泉が尋ねる。
「それができりゃアリシアを行かせようなんて思わないさ。あのおっさんの人間不信も来るとこまで来てるんで、プロなんか関係なく金積めば誰でも転ぶと思ってる。俺だってだいぶ気に入られて頼まれてるけど、親父はともかく組の人間なんて全く信じられちゃいねぇ。俺が行くと向こうで別の意味で問題がでてくるんで代わりのやつがいないかちょっと悩んでたのさ。」
柏木は持ってきた豊助をつまみながら言う。
「つまり金になびかなくて、命令を聞いてくれて、腕が立つやつを探してるわけだ。」
加瀬が呆れながら言う。
「それを口で言っても聞いてくれねぇからな。俺が言ったって少々のことじゃ信用しねぇ。多少見どころのあるやつを送ったんだが、おっさんのお眼鏡には叶わなかったってこった。」
柏木がお茶を飲んで一息つく。
「それでアリシアみたいなAIならそれこそ命令最優先だから、後は戦闘力さえどうにかなればということだったわけね。」
泉が納得しながらも機嫌悪く言う。
「ちょっと過剰の気もするがその辺は搭載するもの変えてきゃなんとかなるだろ。で、ここまでが依頼の内容の話であとは俺達の間での相談、俺からのお願いだ。この依頼の為に1,2ヶ月アリシアを借り受けたい。」
柏木はテーブルに突っ伏して頼み込む。
「私としてはあまりそういう事はしてほしくないんだけど。あんまりいいおじさんでも無さそうだし。」
泉は呆れてどうでも良さそうに言う。
「話だけ聞くとぱっと賛成できる内容ではないよね。」
柳も否定気味に言う。
「柏木。お前がこうやって頼みこむってのは相当珍しいことだから協力してやりたいのはやまやまだけど。」
加瀬はお茶を飲んでから一息ついて語りかける。
「なんかもうひとつ、ふたつか。伏せてることがあるよな。」
加瀬が左手の拳をそっと上に上げると、後ろのアリシアが右拳をそっと合わせる。柏木はそれをみて大きくため息をつく。
「アリシアか。」
柏木は絞り出すような声でアリシアを見上げる。
「はい。あの後ネットワーク上の情報も含めてすべて調べさせてもらいました。マスター加瀬の指示でしたので。」
アリシアは淡々と答える。
「悪いとは思ったが、お前にしちゃちょっと傾倒しすぎに見えたんでな。それさえ話せばみんな納得するさ。」
加瀬は少し疲れたように言って豊助をかじる。他の三人はどういうこと?とアリシアを見るがアリシアは首を振る。そして皆は柏木を見る。
「わかったわかったもう降参だ。醜聞のたぐいの話だから他人に話すんじゃねぇぞ。護衛対象のアルフィー・ベンフィールドは俺の息子だ。」
三人の息を飲む声が聞こえる。
「向こうで仕事した時の若気のいたりってやつだよ。道すがらで絡まれてたメイベルを気まぐれで助けたんだ。おっさんの嫁だってことはそんときゃ知らなかったしそもそも仕事上の交流もなかった。その後メイベルと気が合ってというか俺が一方的にちょっかい出したのもあるんだけど、ちょいちょい交流があってその時にな。」
柏木は顔を赤くして他所をみながら机につっぷす。
「シチュエーションとしては憧れるけど、その裏に不倫が入ってくるのが毒々しいわ。」
泉は複雑な顔をして言う。
「柏木かっけーな。なかなかそんなことできねーぞ。」
長谷川は少し興奮気味だ。
「その後おっさんとはひと悶着あったんだけどメイベルの仲裁もあったし和解したんだ。アルフィーはおっさんの息子として育てられ、俺は親であることを主張しない。顔も見せるなってほどのこっちゃない、そもそも俺は日本に帰るしそうそうあっちに顔出せるわけじゃないしな。で、その繋がりを保つためにおっさんがたびたび俺に仕事回してくれてるんだよ。」
柏木がそっぽむいたままなんとも言えない声で説明を続ける。
「間男を許して共存するとかすごい人だね。それでずいぶん偏屈そうなおじさんが柏木を信用してるわけだ。」
柳が納得する。
「同じ女を愛してその息子を持つ間柄さ。メイベルが弾かれた時は二人でヤツのヤサを更地にしてやったもんさ。」
柏木は少し声を弾ませて言う。三人が少ししんみりとした空気を漂わせる。
「息子が危険な以上アリシアも危険とはいえねぇ。が、そこを改めて伏して頼みたい。アリシアを貸してくれ。」
柏木は改めて拝み込んで頼む。
「息子じゃあしかたないわよね。何をしても守りたいとは思うわ。」
「そだね。そうできるように調整しよう。」
「ええ話や。」
三人とも肯定的に了承した。柏木は、すまねぇと改めて皆を拝んだ。
「すぐにでも行けりゃいいいんだろうけど、いつ出発するんだ?」
加瀬が尋ねる。
「どうすっかな。移動手続きの問題もあるし速くても明後日くらいかな。」
柏木が、あとで詰めると言って答える。そうすると柳があっと声を上げる。
「手続きだ。アリシアどうするんだよ。」
「どうするって?アリシアは護衛なんでしょ?」
柳の言葉に泉は何が問題なのかわからない。
「アリシアの法律上の扱いだよ。魔法使うのに免許がいるのにアリシアに戸籍なんて認められないよ。イギリスにだっているでしょ。そもそも見た目はこうでも武器や戦車が勝手に歩いてるようなもんなんだよ。」
柳は悲痛に説明する。
「そういえばなんも考えてなかったな。趣味の延長の弊害ってやつか。魔法使う予定もなかったしなあ。」
加瀬が悩む。柳の話に全員が悩む。アリシアは微動だにせずに待機している。長谷川が、ちょっと連絡来たと席をはずす。
「いまのでちょっと気がついたけど、アリシア相手に念話って出来ないんだよね。あれって生物に対する意思疎通だから?」
加瀬が柳に聞く。
「そうだね。昔みたいに無線中継ならとおもうけど、そうすると僕らも端末持ち歩かないといけないしね。そのへんも考えとかないと連携が不便か。」
柳がぶつぶつ考える。
「悪い悪い。仕事の話でちょっと。」
しばらくして長谷川が戻ってくる。
「社長がちらっと言ってたんだけど、だれかのデバイスとして登録すれば良いんじゃないかって。」
全員が長谷川を見る。長谷川が少したじろく。
「魔力をつかってキューブなどにより魔法の発動を支援する道具って社長は言ってたかな。聞く限りではデバイスと言い張る最低限の条件は満たしてるから、だいぶ首かしげられると思うけど書類は通るだろうって。」
長谷川が気を取り直して続ける。
「あー、人型っていうことに囚われてたけどデバイスって言えなくもないのか。」
柳がなんとなく納得したように言う。
「勝手に喋って勝手に歩いて勝手に魔法も使えるけどデバイスと言い張れなくもないのか・・・ぁ?」
加瀬が混乱し気味につぶやく。
「確認した所法律上問題に抵触する要素は表向きにはありません。ですが所持者の指示以外で魔法を使える行為が暴発の可能性に対する条項で指摘される可能性があります。」
アリシアが淡々と報告する。
「自動で魔法発動できるのあるじゃない。」
泉が軽く確認する。
「あれは技術上では予め条件を設定した魔法を引き金に次の魔法が発動するようになってるんだ。デバイスの保有魔力だけで自動的に魔法が発動することは暴走や、不慮の条件一致の観念から禁止されてるんだよ。」
柳が残念そうに言う。
「そもそも新規デバイス種になるから登録時に基本スペックとそのへんの計測データも提出しないと。」
柳はデバイスにすることに対する問題点を指摘する。
「今回は短期間ですので本工場製造中の新デバイス試験運用ということにしておけば計測データは仮のものでも問題なくなるはずです。正式なデバイス申請はその後でも問題ないかと。」
アリシアが運用に対する裏道を指摘する。
「んー、じゃあその方向で調整しますか。アリシア、書類手続きの方法を教えてもらえるかな。」
加瀬の決定にアリシアが頷いて応じる。
「目処がついたら連絡頼む。チケットの手配とか先方への連絡もあるんでな。」
柏木はそう言って立ち上がる。
「俺の方でもなんか便利そうなの準備しとくよ。」
柳は吹っ切れたように言う。
「俺もなんか考えとくよ。無理そうなら社長に聞いてみるけど。」
長谷川は悪びれずに言う。
「あんたのところの社長も大概おかしな性能してるわよね。今回の件については私ができそうなこともないし、後ろで旗でも降ってるわ。」
泉はぶっきらぼうに言う。
「すまんな、みんな。恩に着る。」
柏木が改めて礼をする。周りは気にすんなと声をかける。
「んじゃ、みんな各自でまたよろしく頼む。」
加瀬がそう言ってその日は切り上げられた。その日の夜加瀬はアリシアの内部消耗等をチェックしながら聞いてみる。
「あの話の件はどう思う?」
「思うと言われても私としては調べた事実があるのみです。」
「んー、そう来るか。では、柏木への依頼の件の危険度的には?」
「標準的な魔法が使える人物であるなら死亡率は97%を超えるでしょう。レジナルド・ベンフィールド氏の120万ドルの借用相手であるザカライア・バチェラー氏は人外種排斥集団と繋がりがあります。人外種をたてに半ば暴力団のような組織になっているので殆どの場合において周辺が危機的状況に陥ると考えられます。外部に助けを求めるベンフィールド氏は懸命と言えるでしょう。」
加瀬は大きくため息をつく。
「柏木が悪いわけじゃないんだろうけど、なんともなあ。取り敢えず基礎機能だけでも強化しておこうかね。」
「よろしくお願い致します。」
加瀬はアリシアにたしなめられるまでアリシアの強化とその試験に没頭していた。
常識と一言にいっても地域、業態によって様々なものがあるのでガイドラインを設定されていないということは人間でも機械でも大変なことになります。AIの設定として予測、自己学習などを通じて周辺から学んでいくものですが、アリシアは設定が開始されたばかりか、10人程度の人間としかコミュニケーションを取っていないので常識や意図を汲み取ることができません。




