11節:決戦
空間移動を阻害する空間断裂、物理移動を阻害する過密な物理攻撃、手足の動きを損なわせる粘性の酸、言葉を封じる毒性の霧、魔法による逃げを過剰な魔法で阻害しつつ、それらを包み込むさらなる多重で様々な種の攻撃を効率的に被害と効果が大きくなるように僅かなタイムラグで一点に注がれる。一つ一つの魔法で国会議事堂を更地にできそうなほどの攻撃力が一個人に47種も打ち込まれている。その様子を竜馬は輝霊界側から眺めていた。
(そんなに恨まれる覚えもないんだけどなぁ・・・そこまで評価されてると見るべきか。さすがに知らない所までは攻撃できないようだね。自分も受けた洗礼とはいえ、これはひどい魔法だ。)
竜馬は唐松からの攻撃を受ける瞬間に条件発動で待機していたイセリアルシフトにより現実より退避していた。当時自分達が古のものと如何にレベルが違う戦いをしていたかしみじみと思い出す。攻撃の余波が概ね無くなり視界がクリアになる前に遷移して現実に戻る。恐らくこちらを観察しているはずと思い、遷移したと同時に牽制として唐松の手前に爆裂を発生させて機先を制しておく。
「よもやあの斉射を無傷でしのぎきるとは化け物か。」
唐松は爆発を氷壁で防御しつつ叫ぶ。
(見えてないけど無傷ってわかっちゃうのか。生命感知を高いランクで使ってるか視界を遮らなくて見る方法があるのか。)
竜馬は唐松の様子を見ながら自分中心に魔力波を出し視界を妨げるものを吹き飛ばす。
「さすがこの大都市を守る当主の攻撃でしたよ。ただそういう攻撃があると理解ってれば防ぐ方法はいくらかあるというものです。」
竜馬は軽く挑発しながら疑問に思っていることを確認するための魔法を繰り出す。正面から氷の槍、重ねるように直上から稲妻を落とす。氷の槍は土の壁に阻まれ、稲妻は金属の壁に散らされる。
(やっぱ対応属性の自動防御かぁ。魔力が潤沢だからって贅沢な防御ですこと。)
唐松は魔法を受け流したことで余裕の顔になり、手持ちのデバイスを別の本型デバイスに持ち替える。
『死を告げる鳥』
唐松の言葉に本が反応し30匹の黒い鷹のような鳥が生まれ竜馬に向けて殺到する。竜馬は魔法の解析を始め防御の為の氷壁を正面の離れた位置に作り出す。鳥は氷壁を無かったかのようにすり抜け竜馬に殺到する。初動解析で非実体の呪いの類と判断し高速で下降し鳥から逃げながら術式を構築する。唐松はその動きで目で追いながら次の魔法を打ち込む。
『掴みかかる大地の巨人』
下降する竜馬の足元から巨大な岩の手が現れ掴みかかってくる。竜馬はとっさに飛ぶ方向を右に変え岩の手から逃れる。岩の手は飛ぶ速度ほど早くはなく、少し突き放すとぼろぼろと崩れる。その間に黒い鷹は竜馬に追いつき一部は回り込みさえしている。
『白き聖女は一切の不浄を許さず』
竜馬の手から輝く光が溢れ黒い鷹を霧散していく。唐松はうなずくようにして魔法を放つ。
『風は重石空気は壁』
空間全体がずっしりと重くなり身動きがしづらくなるのを感じる。
『空は虚ろに曲がり断絶する』
視界がずれて歪み空間の連続性が曖昧になる。
(移動能力を徹底的に封じるつもりか。)
最初の魔法で物理移動を遅くし、次の魔法で空間転移を防ぎ、視認直進性を失わせる。竜馬は魔力感知と生命感知を薄く広く展開し唐松と自分の位置を確定させる。物理移動阻害の魔法について解析を始め唐松に向けてレーザー熱線を放つ。見た目はくねくね曲がっているが魔法観測上では直進している。速度も減少していない。唐松の目の前でレーザーは氷壁に捉えられ拡散する。
『見目麗しき光の矢』
お返しとばかりに唐松から12本の光線が放たれる。相当な速度で迫ってきて飛行回避は困難である。竜馬は仕方なく手前に氷壁更に水晶の壁を構築する。光線は氷壁を軽々と貫くが水晶の壁で拡散分解される。唐松は結果を確認することもなく次々と魔法を繰り出す。
『醜き異形の蔦』
『加速する腐敗の霧』
『鋭き黒曜の林』
ミミズののたくったような触手の塊が正面から飛来し、腐食性の霧が周囲に立ち込め、地面から黒い槍が無数に伸びてくる。
(あー、これ様子見してたら詰むやつだ。)
よくよく考えてみれば相手は無制限に魔力を使える身分であり、通常訪れる魔力低下による攻撃の隙間がない。後手に回ればこのように動きを封じられて延々と防御せざるを得ず防御側が魔力枯渇で詰む。
(失敗したな。仕方ない仕切り直すか。)
竜馬はイセリアルシフトを起動し現実から身を隠して攻撃を回避。それをみて唐松は訝しげにその空間を見つめ、突如上空に現れた反応に気がついて上を向き自動防御に任せて氷塊を防ぐ。
「それが最初の斉射を防いだ魔法か。仕掛けはよくわからんがどこかに移動する魔法のようだな。」
唐松はイセリアルシフトの初動解析を見て納得する。竜馬は舌打ちして氷の嵐で唐松を包み込む。やはり目の前で同じ魔法を多用すればいずれ術式のすべてが相手にばれる。流出すると問題のある魔法のなのでもう使うべきではないと判断する。相手が余裕ぶってる間にかたをつけたいがあの防御を如何に破り、相手を無力化するかが問題である。力押しで破ると相手が死にかねないのが悩ましいところである。
(これが敵対人外種相手ならどれだけ楽なことか。)
竜馬は心のなかでため息をつきながら解析が終わった移動阻害魔法の空間を破壊する。続けてもう一度氷の嵐を打ち込み相手の防御魔法を解析する。唐松からの魔力反応が大きくなり氷の嵐の中から回転する手裏剣のようなものが無数に飛んでくる。竜馬は誘導性は無いものと見て移動して回避するが思いの外曲がったり反転したりして追いかけてくる。仕方なく蔦の壁をつくり手裏剣を捉える。氷の嵐は止まり唐松の姿があらわになりニヤリと笑いながら竜馬を見る。
『おぞましい闇の帳』
唐松から異常な速度で闇が沸き起こり何も見えなくなり魔力感知のたぐいも反応しなくなる。竜馬は全周囲に無形盾を張り唐松がいたと思っている場所に爆発を打ち込む。反応を期待していたわけではないが環境に変化はない。位置状態を把握するために取り敢えず高速で地面に向けて下降しつつ超音波エコーを打ってみる。地面の反応は帰ってきて、後方から人型らしい反応が帰ってくる。地面に着地して少し動きを止めると何か冷たいものに肩を掴まれる。とっさに動こうとするも足を掴まれ、腕を掴まれ、瞬く間の間に数十本の手のようなものに拘束される。竜馬が危機を覚えて脱出を図ろうとすると上の方から唐松の声がする。
『眠りを誘う乙女の囁き』
周囲が冷気に包まれ氷結を始める。竜馬はひどい眠気に誘われて意識を失うが、条件発動の状態回復が発動し即座に目を覚ます。しかし、闇の手に掴まれていることと氷結を始めている事実は変わらない。イセリアルシフトを使えば簡単だが確実に監視されている環境で使うわけもいかず別の切り札を切る。
『強制魔力断絶』
竜馬の言葉に答えて盾から魔力の波が広がりすべての魔法を等しく解体する。闇の手も冷気も闇の帳も歪んだ視界も竜馬にかかっていた数々の魔法も一切合切破壊しながら魔力の波紋は広がる。
「なんだこのおかしな力は。」
唐松は動揺しながらも魔法の凶悪な力を感じ取り地面に転移する。地面はすでに魔力の波紋に囚われており唐松の魔法もすべて破壊され久しく慣れない重みにバランスを崩して膝をつく。魔法を使おうにも即座に分解され術式の構築すらままならない。
「自爆同然の魔法破壊魔法か。このまま物理で殴り合うつもりか?」
唐松が疑問に思っている内に魔力の波紋が収まる気配を感じる。よくよく考えれば原理的にその魔法自体を維持するすべが無いことに気が付き投入した魔力が尽きれば終わるものだと認知する。竜馬も唐松も最低限の強化と防御魔法を自分に掛け直しながら相手の様子を見る。技術的には竜馬のほうが高く竜馬が必要な魔法をかけ終わると、唐松の準備を妨害すべく魔力の矢を飛ばしてくる。唐松は仕方なく追加の魔法を諦め応戦する。
(自動防御まではかけ直せなかったか。さすがに高度そうな魔法だし無理もないか。)
一か八かなところもあるくせのある魔法だったが結果的には効果が高かったようだ。しかし依然として魔力量の差は絶対的であり竜馬が守勢に回れば勝ち目はない。節約もしづらいが相手の防御パターンを見切ってなんとかして無力化するしかないと竜馬は畳み掛けるように様々魔法を組み立てながら打ち込む。唐松も防ぎながら応戦するもこういった戦いの経験が少ないせいかうまく攻勢に出られずにいる。絶対的な防御魔法に守られ一方的な戦い方が多かった故であろう。ただ過剰な魔力を注ぎながらも防御だけは確実に行っている。そんな戦いが20分も続く頃、竜馬は唐松が不自然なほど防御的であることに気がつく。始めは竜馬の魔力切れを狙っていると思ったが、比較的大きめのチャンスがあったにも関わらず攻勢に出ないケースが多く見られ始めたからである。竜馬が訝しんで悩みながら攻撃していると突然内から無尽蔵の魔力が湧き出してくることを感じる。
(祝福が発動した!?)
竜馬は動揺しながらも攻撃の手を緩めず考える。死に瀕しているわけでもない、諦めているわけでもない、ならばこのままの戦いで目標が達成されない場合?竜馬が考えているとふと原点に気がつく。
「貴様!楓さんに何をしたぁぁぁ。」
竜馬が激昂して唐松に叫ぶ。
「今になって気がついたか愚か者目。もう楓は大樹様に捧げられて形になるのま待つばかりよ。私はお前を倒せればよかったが、そうでなければ楓が大樹様に根付くまで足止めしていれば問題なかったのだよ。」
「儀式は明日じゃなかったのか!」
唐松の笑いに攻撃の威力を跳ね上げながら竜馬が荒れる。
「親父の話を聞いて私が一日早めたのさ。10%ほど寿命は短くなるが仕方ない。何、次の替えはどこからでも捕まえてくればいい。我々はこの街の中では大抵のことは許されるからなぁ」
唐松は防御を強めながら攻撃を受け流す。杉男は自分しか生贄の条件を知らないと言っていたが、唐松はどこからか条件の解明にいたっていたようだ。もはや大樹を維持するのに身内を犠牲にする気はない。町を守るためか、名誉を守るためか杉男と唐松の目的はすれ違っているように感じる。
「き・さ・まわぁぁぁ。」
竜馬は怒り狂って魔力を放出し周囲を崩壊させる。
「ははは、無駄なことだ。お前に私を殺すほどの権限はあるまい。殺した所でお前は粛清され、町は我が息子が維持する。どう貴様があがいても我々の勝ちは揺るがんわ。」
唐松は余裕を持って飛び上がり防御し続ける。竜馬は荒れに荒れて周囲を破壊し続けるがふと我に返り虚ろな目で唐松を見る。唐松は攻撃が止んだことは幸いと思いつつも竜馬の姿にぞっとする。竜馬は正面に盾を構え唱える。
『我は審判を願う』
『この世界は真か偽か』
竜馬の声が二重に響き唐松はその異常さに絶句する。
「二重詠唱だと。どこからそんな技術を。」
唐松はうろたえて魔法を放つも同時に展開されている防壁に弾かれる。
『彼の者の罪は罪の羽根より軽いか否か』
『真なるなら我はどこに、偽なるなら真に』
唐松は乱雑に魔法を繰り出すが、同じく無制限に魔法が使えるなら技術が高い竜馬の防御を抜けるいわれはない。
『ラーの天秤に掲げ罪を図り生死を問う』
『定めし現世へ我を導け』
『アヌビスの審判』
『虚空分解』
黒い大犬の神の影が伸び唐松に伸びる。唐松はとっさに回避するもその実伸びる影に意味はない。審判は本人に当たることではなく術者のいる空間で行われる。唐松の努力も虚しく胸から半透明の心臓が抜かれ天秤にかけられる。そうしている内に周囲の空間がぼろぼろと砕け梨本家が姿を現す。竜馬は現実に戻ったことを確認し大樹に向けて急ぐ。ラーの天秤はそれほど心臓に傾かず審判は下される。
【悪しき心あれど罪なき者を守る功有り。死する罪にあらず。苦痛の罰を与え反省を。】
竜馬は後ろから聞こえる審判を聞き舌打ちする。
(やはり神から見ればそれほど罪ではないか。本気で殺すつもりもなかったけど余罪があればあわよくば・・・)
神の法と人の法では裁く基準が大きく異なる為、大局を見れば前向きに行動している唐松が死罪になるとは思っていなかった。裏で虐殺していれば話は別だったかもしれないが、唐松はまだそこまで踏み込んでいなかったようだ。竜馬は苦痛に呻く唐松を置いて巨大樹の元へ急ぐ。
イセリアルシフトが使える時点で実は竜馬に負け無し。両者とも知らない事実ですが、巨大樹の魔力供給は輝霊界に届かない為、唐松がイセリアルシフトを使ってしまうと逆に敗北してしまっていたでしょう。




