10節:足止めと雪辱戦
竜馬は無音で走り抜け大きな部屋の前にたどり着く。周囲を確認しても人の動きはなく部屋の中には楓の反応と見知らぬ使用人であろう反応が感じられる。反応を確認して扉の鍵を魔法で解錠し、そのまま念動を用いて開ける。ある程度空いた所で素早く飛び込む。部屋の隅の椅子に座っている楓とそれを世話している使用人を確認する。何かに気がついて振り返る使用人に向けて容赦なく無形捕縛を打ち込み猿ぐつわにように噛ませて動きと声を封じ、魔力流出の魔法を使って使用人の保有魔力を霧散させる。楓は意識を奪われているのかぼーっとしていて無反応だった。竜馬は使用人を無力化した後楓に近づき手を取る。
「楓さん。迎えに来たと言うよりさらいに来ました。」
竜馬は静かに告げた。楓は始め無反応だったが程なくしてぎこちなく顔を竜馬に向けて目を見開いた。
「貴様が自衛隊のクソガキかぁ。」
怒りに震えた可憐な声を聞き竜馬はぎょっとする。楓は掴まれていた手を裏返し、竜馬の手を掴み返す。
『異空結界』
楓から放たれた力ある言葉により屋敷の風景が溶けるように岩場と樹木が点在する空間に変わる。
「隔離結界?まさか唐松かっ。」
竜馬はとっさに手を振りほどき左手の盾を前面に向け無形盾を展開する。楓から大きな爆発が起こり、竜馬はそれを防ぎながら勢いに乗って少し後退する。魔力探査を展開し、簡易に確認できる1kmを越える広さであることを確認する。30m先には背が高めのフォーマルスーツを着た男が立っている。右手に本型デバイスを持ち、左手で眼鏡の位置を直しつつ竜馬を睨む。
「私が梨本家当主唐松である。楓の奪還に来るであろうと罠を張っていたというところだ。富山襲撃の英雄かなんだかしらんが、この街の治安を担うものとして貴様は少々かき回しすぎた。私の裁量権に従って排除させてもらう。」
唐松は竜馬を指差し唱える。
『斉射』
47に及ぶ大規模魔法が竜馬に向けて一斉に放たれる。
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一方杉夫の反応方向に向かう近藤。長杖デバイスを構えて老人の前に降り立つ。
「じいさん、先日の借りを返済にしにきたぜ。」
近藤は杖を老人に向けて宣言する。
「なんじゃ、侵入者かとおもったらお主かよ。てっきり坊主が来るかと思っておったが。」
杉夫は傍らの使用人を下がらせて虚空から刀を取り出して構える。
「如月くんは別件でお忙しいので私が足止めと八つ当たり担当です。」
近藤はそのままににこやかに笑いながらに告げる。
「楓の事か。少し遅かったが・・・まあよかろうて。先日の不手際がどこまで直っておるか手ほどきしてやろう。」
老人は腰を落とし気味にして構え前傾になる。
「そりゃどういうこった・・・」
近藤が問いただそうとすると杉夫が猛突進してくる。近藤はそれをみて目を細め慌てず無形盾を小さく30枚展開する。杉夫の刀が無形盾の一つに衝突しそれを皮切りに無数の斬撃が近藤を襲う。近藤は無形盾を素早く動かし斬撃の軌道上に再配置する。無形盾は瞬く間に切り裂かれ7割ほどを相殺消滅させたが、残りは近藤に襲いかかる。近藤はそれを避けるまでもなく体で受け止め弾く。杉夫はむっと唸って2mほど飛び退る。近藤は得意げに杖を肩にのせ構える。
「近接魔法を27発同時発動とはいえど種が割れてりゃこんなもんですよ。前回も戦う気でいたらあそこまでひどい目には合いませんでしたけどね。」
近藤は挑発するかのように言い放つ。
「ふむ。少し侮っていたようだ。だがこんな攻撃など大樹様の力を利用した手抜きに過ぎん。貴様、失望させるなよ?」
杉夫は刀を虚空に落とし、代わりに右手に長めの短刀を構え、左手に小さめの石版を浮かべる。
「おっと・・・人外殺しの本領発揮ですか。」
近藤は引きつった笑いを浮かべて長杖を両手に構える。
「ほう、よく調べておるな。そんな肩書を聞いたのは久しぶりだよ。」
杉夫はそう言うとふらっと姿を揺らす。残像が姿を消したときには近藤の左斜後ろに現れて首筋に短刀で斬りつける。近藤は慌てて軌道上に無形盾を展開しつつ身を捻り長杖で杉夫を一突きするがすり抜ける。再び右斜後ろから杉夫が現れ近藤の心臓に短刀を突きつける。近藤はそれを読んでいたかのように後方に指向性爆発を起こして杉夫に対抗する。爆発が杉夫に当たるとその姿はかき消えて近藤の3m正面に姿を表す。
「のっけからヤる気満々じゃないっすかー。こわいなー。」
近藤はにやにやしながら杉夫を見る。
「よく調べておるとは思ったが、初見で二連を凌がれたのはひさしぶりだな。」
杉夫は短刀を構え直して近藤を称賛する。近藤がいざ動こうとすると奥の方で結界の展開を感じる。
「如月くん?」
同時に竜馬につけていたマーカーが消失し、近藤はそちらに一瞬目をやる。ふと気配を感じて上空2mの緊急転移を行って杉男の攻撃を回避する。
「よそ見とは余裕だな。」
ギラついた目をした杉男が近藤を見上げる。近藤はまいったねと頬を掻きながら杉男を見る。杉男の姿がぶれて上空から襲いかかってくる。近藤は斜め下に降りながらそれを回避してウェブを投射する。当たるとも期待はしていなかったが、網は杉男をすり抜けて屋敷にぶつかり、背後からくる杉男の攻撃を近藤は無形盾で受け止め後方に爆発を起こして杉男を遠ざける。
(さて攻撃が単調なのはなにかの布石なんでしょうけど待つのもかったるいかなぁ。それを防いで勝つのも一興ですけど足止めがメインだからだらだらしててもいいんですよねぇ。)
近藤はどちらが自分にふさわしいか悩む。竜馬のことも気になるが祝福の事を考えれば人類に竜馬が倒せるとは塵の欠片ほども思っていない。気になるのは本来の目的が達成できるかだけだ。杉男の最初の言葉からするとこのままでは達成できない可能性が高いと近藤は考えている。やはり倒してしまって話を聞くのがいいだろうかと考えて口を開く。
「話は戻るんですけど、私があなたを倒したらあの大樹様と楓ちゃんの事を洗いざらい吐いてもらうってのはアリですか?」
近藤は言葉に魔力を隠し乗せながら杉男に尋ねる。
「なんじゃ、もう勝つ気でおるのか。構わん私を倒せるなら知っている範囲で話してやろう。」
「ほい、言質いただきました。行きますよ。」
二人の体が淡い光で包まれ杉男がそれに少し気を取られた所で近藤は火炎弾を3発打ち込む。杉男は素早くそれに反応し自分の手前にくるまでに切り裂いて破壊する。近藤はそれを見て左手を返し上に跳ね上げる動作を行う。それと同時に杉男の足元から金属質な棘が杉男の周囲から出現し襲いかかる。杉男は短刀で右側の棘を素早く切り裂き、迫りくる棘を短刀で受け止めながら右ステップして回避する。近藤はステップして着地寸前の杉男に向かって長杖を振り下ろし風の刃を打ち込む。杉男はその見えづらい風を短刀で受け止め霧散させる。近藤はその動作を見てふむとうなずきながらデバイスを構え直す。一息ついた所で杉男の姿がぶれて、左後方から切りかかってくるのを無形盾で受け止め即座に爆発を生じさせて杉男を突き放す。
「ご老人。それしか手が無いなら詰めさせていただきますが、後悔はありませんか?」
近藤は微妙につまらなさそうな顔をして杉男に告げる。
「ぬかせ、小僧。まだ勝負は決まっておらんわ。」
杉男は少したじろきながら言い返す。近藤が長杖を動かそうとした瞬間に杉男の姿がぶれる。近藤は右後方に気配を感じ取りその攻撃を同様に無形盾で防ぐ。防ごうとした攻撃は無形盾をすり抜け、短刀は近藤の左脇腹に刺さる。
「手加減はできん、許せ。」
杉男がそのまま魔力を込めると脇腹の短刀から3つの斬撃が発生し近藤を分割する。近藤の胴体が3つに別れてばらばらになって前のめりに倒れる。杉男は後方にステップして倒れた体と距離をとりばらばらになった近藤を見つめる。魔力探知、生命感知にもかからず死体になったと確信して構えを解く。
「底しれぬ奴であったが・・・」
「それはどうも。」
杉男のつぶやきに合わせて後ろから近藤が杉男の首を掴む。同時に何かの魔法をかけられて杉男の体が硬直する。
「これで王手詰みですな。」
近藤は楽しそうに杉男に語りかける。
「いつのまに入れ替わった。」
「いつと言われると言質をとった直後ですね。人形で契約するとこういうことができませんからね。種は言ってもわからないと思うので言いません。」
杉男は絞り出すような声な問いに近藤は悪戯が成功した子供のように答える。近藤は予め待機させておいたキューブをつかって輝霊界に置いておいたドッペルと自分を入れ替え輝霊界側から操作していた。輝霊界については悪用がすぎる判断から一般公開されていなかったため説明に手間がかかりすぎるので近藤は種明かししないとしたのだ。
「わかった。さすがにもう手が打てまい。降参しよう。」
杉男はうなだれるようにつぶやいた。
「いやーこれで降参しなかったらどうしようかと思いましたがなによりでございます。これより『敵対』と『逃走』を禁じます。」
近藤は笑いながら宣言し、光り輝く魔力の短剣を杉男に刺す。そして杉男を硬直から解放する。杉男は胸からでている光の刃を見つめた後、冷や汗をかいて近藤を見つめる。
「さーて何から話してもらいましょうかねぇ。」
そんな杉男をよそに近藤はいい笑顔で悩み始める。
竜馬には激甘、敵には厳しく容赦せず。




