六節:見えぬ絶望
竜馬は飛行しながら言われた場所へ全力で飛んだ。それこそ何も考えず無我夢中で。1分弱で目標周辺にたどり着き周辺に向けて魔力探査を行う。程なく所定の家の地下方向に楓のいびつな魔力を検知し家の前に降りる。落ち着いて呼び鈴を鳴らし深呼吸をする。扉の向こうに気配が近づきよれた服を着たいかつい男が現れた。
「なんだ?宗教と子供会ならいらねーぞ。」
男がドスの聞いた声で喋る。
「楓さんがいるはずだな。出せ。」
竜馬はイラっとしながら強気に答える。男はぴくっとしながら体をぼりぼり掻く。
「うちは春日部なんすけど、なんかの間違いじゃないっすかね。そんな娘はいませんぜ。」
「わかって知ってるから出せつってんだよ。」
竜馬がイライラを積み重ねながら吠える。
「うっせーなこん餓鬼ゃぁ。」
男は拳に魔力を乗せて殴りかかる。
「うっせーのはお前だよっ!」
竜馬は男の拳が辿り着く前に、自分の拳に電気ショックを乗せて男の脇腹に突き刺す。男はびくっと震えて玄関口に倒れる。さすがにそのまま放置しておくと住民が怪しみそうなので、重力制御して男を脇の部屋に投げ込む。竜馬は部屋の壁に魔力を伝わせて入り口を探る。探す途中で焦りからかめんどくさくなり楓の魔力を目標の短距離転移を仕掛ける。重厚そうな壁に覆われた部屋に飛び込む目の前には服を脱いでいる途中の楓がいた。
「あ。」
「ふぇ?」
驚きの声が重なった後、楓は叫び声を上げ竜馬はごめんなさいと後ろを向いて座り込む。叫び声が止まり無音の時間が数十秒ほどして竜馬の耳に柔らかな衣擦れの音が聞こえ始める。
「も、もういいですよ。」
「すみませんでしたー。」
恥ずかしげな楓の声を聞いて竜馬は振り返って土下座する。ふふっと楓の楽しそうな声が聞こえ竜馬は恐る恐る顔を上げる。楓は楽しそうな顔をしているが、その顔を見て竜馬は悲しい顔をする。
「どうやってここまで?というよりどうしてこの場所を?」
楓の疑問をよそに、竜馬は膝立ちになり楓の青あざになっている左頬に右手を伸ばす。
「あ、これですか。昨日ちょっとお父さんと喧嘩になって・・・」
少し悲しそうな顔になり喋る楓に、竜馬はそのまま頬に手を触れる。
「わかってます。知ってますから。」
竜馬は悲しい顔をしながら魔力を込めて楓の細胞を活性化させ治癒を促進する。ある程度したところで手を離し青痣が無いことを確認してほっと心を落ち着ける。
「ありがとう竜馬くん。痛くなくなったよ。」
楓は少し涙目で答える。楓は後ろを向いてこっちへどうぞと扉を開けて奥の部屋に移動する。竜馬はそれについて行き居間に通される。ソファーとテーブルしかない簡単すぎる作りの空間は飾りもなにもなく寂しい場所になっている。楓はコップを2つつまみ、冷蔵庫からオレンジジュースを取り出してテーブルに駆け寄る。
「どうぞ座ってくださいな。」
楓に促されて竜馬はソファーに座る。楓はコップを竜馬の前に置いてオレンジジュースを注ぎ、もう一つのコップにも注いでから竜馬の向かいのソファーに座る。二人共少しうつむき加減で沈黙の時間が流れる。竜馬はふと顔を上げると、楓は恐る恐る顔を上げて目が合うとまたうつむき加減になる。そんな動作が3度と繰り返され、竜馬はなんとなくおかしくなって吹き出した。楓はふくれっ面で向き直りオレンジジュースを煽る。竜馬は笑いを抑えて静かに喋る。
「君の足を直したせいで親父さんに一方的に殴られてここに隔離されたって聞いてね。思わず飛んできたんだ。」
「そうなんだ。ありがとう。」
楓が静かに答え、また沈黙が訪れる。
「昨晩の事とここの事はどうやって?」
楓が少し興味をもって尋ねる。
「君のお兄さんがいちゃもんつけてきたから脅して吐かせた。昨晩の事は彼も疑問だったのか勝手に話してくれたけど。」
「そうなんだ。竜馬くん強いんだねー。兄さんもだいぶ強かったと思ってたのに。」
楓はコップの中のオレンジジュースを揺らしながら気のない答えを続ける。
「恩恵がなければそこらの魔法使いと大して変わらないよ。」
「そっかー、大樹様のおかげなんだね。」
楓はコップを置いて髪をすすぎあげる。
「あれはなんなんだい?」
竜馬は巨大樹について尋ねる。
「私達には優しい木かな。木なのにって言うかもしれないけどあの木の近くはすごく安らぐオーラがあるの。木製の腕輪があって梨本家の血を引いている人がつけると大樹様からたくさんの魔力がもらえるんだって。だからお母さんは使えないの。」
竜馬はそれを聞いて答え合わせができたことと腕輪に依存していることを知る。
「いつもは緑なんだけど最近は黄色くなってきて元気が無くなってきたみたい。ちょっとお父さんがイライラしてた。」
楓はオレンジジュースを飲み干し追加で注ぐ。そしてまた沈黙が続く。
「竜馬くんはこれからどうするの?」
楓は静かな顔つきで竜馬を見る。竜馬はドキッとしながら勢いで来てしまったため何も考えてなかったことを思い出す。
「いやホント。話を聞いて勢いで来ちゃったから。何も考えてなかったというか・・・」
竜馬はしどろもどろに答えて、楓はなにそれとくすくす笑う。
「世話役の春日部さんはどうしたの?」
「世話役だったの?玄関で喧嘩になって殴り倒してきた。」
当たり障りのない話で微妙に盛り上がる二人。しばらくすると上の方からごとごとと音がする。
「楓!大丈夫か!」
少ししわがれた声で叫びながら老人と春日部が降りてきた。
「お爺ちゃん?!」
楓は振り返って立ち上がる。
「お前が例の如月とやらか。楓、こっちに来なさい。」
老人、梨本杉夫が強く言う。楓は竜馬をちらっと見ながらおずおずと杉夫の元へ向かう。杉夫は楓を強く抱きしめてから春日部の方へ受け渡す。
「これが国民を守るべき自衛隊のやることかね。」
杉夫は竜馬へ投げかける。竜馬はさっと立ち上がりながら答える。
「今日は休暇中なんでね・・・と言えないのが僕らの厳しいところだけど。少し軽率だったとは反省しているよ。」
杉夫は春日部を見て顎をあげ上に行くように支持する。春日部は楓をつれて上に上がろうとする。
「竜馬くん!」
楓が叫び全員の視線がそこに集まる。
「ありがとう。私は救われたの。あの時足を直してくれて。自分で歩きたかったって夢がかなって。お父さんが怒ったのはよくわからないけど、治してくれたことに後悔はないからっ。」
少し沈黙が訪れ春日部は楓をつれて上がっていった。杉夫はそれを見送って竜馬に向き直る。
「罪深い事を・・・」
杉夫は首を振りながらつぶやく。
「開祖。どういうことだ。」
竜馬は杉夫に尋ねる。杉夫は静かに首を振る。
「孫の夢を叶えてくれたことについては礼をいう。だがそれについて恨みもする。今あの子に家族に疑念を抱かれては困るのだ。」
「どういうことだと聞いている。」
「言えば家族が滅ぶ。口が裂けても言えんよ。」
竜馬は激昂するが杉夫はどこ吹く風で受け流す。
「ならばその頭に直接聞いてやるわ。」
竜馬は怒りに任せて杉夫に向かって手を伸ばす。
杉夫が袈裟切るように右手を動かすと軌跡から刀が現れ杉夫の手に握られる。そのまま正眼にかまえて竜馬の動きを止める。
「その手のことは大樹様が守ってくださるで効果はないぞ。」
竜馬はくっと足を止め。杉夫と対峙する。竜馬は構えを解いて攻め気を収める。
「楓さんは安全なのか?」
竜馬は尋ねる。杉夫は無い鞘に収めるように刀をしまって自嘲気味に笑って言う。
「坊主・・・少しは察しろよ。」
竜馬と梨本家の対立が確定した。
こういう甘い雰囲気がちょっと好きです。
楓は自覚し、竜馬は芽生える。じいちゃん困る。




