三節:梨本家の少女
翌日の早朝に朝食をとった後近藤と共に沼田市へ移動する。転移許可をとっても良かったが相手側にいらぬ警戒を与えかねないと飛行移動で現地へ飛ぶ。市の中心街につく頃に着地して徒歩で周囲を眺めながら移動する。安全が保証されていると思っているせいか不安もなく中心から少し外れているにも関わらず活気がある。
「土地の広さのせいもあるだろうけど人が多いね。」
「多少力のある市民もいるでしょうけど、やっぱ安全が保証されてるってのは大事ですなぁ。」
この先はわからんけどな、と竜馬は答える。自分たちも古のもの以前はそう思っていた。神の悪戯があったとはいえ脅威は突然訪れるのだ。今の自分なら祝福が無くても古のものが倒せるだろうかといつも自問自答している。
「調査といってもどうします?」
「例の魔力波長による個人特定だったかを使うのが良さそうだ。樹海圏の基本パターンは徳子さんに教えてもらっていることだし。ただ常時使うと怪しまれるだろうから、取り敢えずはそれらしいものを探すことになるんだろうな。後は市民にそれとなく聞いてみよう。市長と例の梨本家にも、かな。」
近藤の確認に竜馬は事前に考えていたことを話す。
「では手分けして探しましょうかね。私は東側のほうからぼちぼちやってみようとおもいますわ。」
「わかった。が、一応は仕事だから羽目は外しすぎるなよ。1時間置きに定期連絡を忘れるな。15時には予定のホテルで一旦集合だ。」
近藤はりょーかいっと軽く答えて雑踏の中に消えていった。一抹の不安は覚えるが一般人相手には近藤のほうが優れているので何か拾ってきてくれればと半ば期待もせずに竜馬も調査を始めた。
昼頃までに聴き込んだ話ではそれらしいものもなく、安全面については梨本家を絶賛する声しか聞けない。洗脳とか崇拝とかそういうレベルで信頼されている。やはり見てくれからして怪しいのは巨大樹かとモスバーガーを齧りながら遠目に見える木の頂点を見た。近藤もこれといって真新しい情報はない。まだ初日だし、数日で市全体を探さなければならないわけでそれほど慌てることでもないと一伸びして調査に戻る。商店街の歩道を歩いていると人を避けたはずみに金属製のなにかにぶつかる。
「おっと。すみません。」
倒れかかるように手の支えにしてしまったものはぶつかった車椅子のようだ。がちゃっと金属の擦れる音がする。そもそも何故こんな大きなものに気が付かなかったのかと思ってしまう。
「いえ、こちらこそすみません。認識阻害があるそうなので。普通は避けてもらえるのですが、こういうケースはどうしようもなくて。」
自分と同じくらいの年だろうか、か細い声で可憐な少女が答えた。竜馬はその姿をみてどきっとしながらその仕草を見る。病弱そうな姿が保護欲を誘う。それにしても魔法で殆どの傷病が治療ができるようになったご時世で車椅子は珍しい。
「すみません、ちょっと目立つのが苦手で。お家の都合で嫌でも注目されてしまうので。あ、私は梨本楓といいます。」
名前を聞いて竜馬は一瞬動揺して、思わずそのまま自己紹介してしまう。
「僕は如月竜馬です。陸自に所属しています。」
竜馬はしまったと思い相手の反応を伺う。
「まあ、富山襲撃戦の英雄様なのね。」
竜馬は少女の反応に少し驚く。梨本家は市外戦力を嫌っているという話だったが、少なくとも少女は気にしていないようだ。楓の提案でその場から離れる。竜馬は車椅子を押しながら当時の様子を公開していい範囲内で説明する。押している間も認識阻害が優秀なのか人々はこちらをチラ見することもなく、ぶつかりそうになるとそこになにか障害物があるかのように自然に避けていく。いくらか解析してみると車椅子にかけられている魔法のようで、人払いの結界に似た魔法のようだと判断する。さほど丁寧な術式ではないが大きな魔力で効果が高く発揮されている。魔力の供給元が本人でも周囲魔力でもなく特定の一点から引っ張ってきているようだ。はっきりそことはわからないがちらりと巨大樹を見る。そんなことを考えながら楓と事件の話や生活、交友など取り留めのない会話をする。
(そういえば外部の人間とこれほど話をすることもなかったな。)
竜馬はあまりに外の世界に出ていないことを再認識する。相手の事情もあるので失礼と思って気にかけないようにしていたが、心の中の興味が勝ってしまったのかふと車椅子のことを聞いてしまう。
「そういえば今どき車椅子も珍しいですね。大抵の怪我でしたら直してしまえる世の中なのに。」
楓は驚いたように振り返って竜馬を見る。
「ええ、そうですね。でもこの体は生まれつきのものらしいので、普通には直せないそうです。」
楓は少し恥ずかしそうに長いスカートの裾をあげるとその足先には足首から先が無かった。
「これは申し訳ない。無粋なことを聞いてしまったようだ。」
竜馬は罰が悪そうな顔をして楓に謝る。
「いえ、ほとんどの市民の方は知っていることですし。気にされなくても大丈夫ですよ。」
と楓はクスクス笑いながら答えた。
「身体的な障害者も本当に少なくなりましたし、そういう方もご自分の魔法でなんとかする場合が多いので、こういった車椅子が動いているのを見るのは始めてで。なんとも申し訳ない。」
竜馬は素直に自分の感想を漏らす。
「私の場合、生まれつき魔力の流れが乱れていてうまく魔法が使えないのです。」
なんとも稀有な確率の組み合わせだと竜馬は思ってなにげに楓の体を精査する。確かに胸部の中央に不自然な魔力溜まりがありそれが楓の魔力を外に出すのを阻害しているようだ。魔力溜まりをなんとかすれば正常に戻りそうではある。ただ足首の欠損については生来のものではなさそうだ。生まれてすぐのことだったのか彼女が知らされていいないだけなのか、彼女の雰囲気からするとそう教えられているのだろう。生まれた後の欠損なら梨本家の権力と財力で直せそうなものだが、作為的なものを感じる。普段ならそんな気も起こさない竜馬だが少し浮かれているのか楓に聞いてしまう。
「魔法の方はすぐにはわからないですが、足の方はなんとかなりそうですよ。医師免許はないので自己責任になりますけど。」
楓はきょとんとした顔で竜馬を見上げた後驚いたような顔になる。
「本当ですか?避難の時とか皆さんに迷惑をかけているようで自分で歩ければとは思っていたのですが。お願いできますか?」
楓はおどおどしながら竜馬を見上げる。竜馬は身分を明かしてしまったといえずいぶん無警戒な子だなと思ってしまう。ただできると言った手前施術することにする。
「わかりました。ただ非公式なことになるので大ぴらにはできませんので・・・申し訳ないのですが、宿泊予定のホテルまでご足労願っても宜しいですか?」
竜馬はひと目のないところと思って提案する。楓は見上げたままえ?っと口に出し、少しうつむいてじっとした後下細い声でお願いしますと言った。では、と竜馬はポーチから中距離転移キューブを取り出して魔力を通す。ひと目があれば路地裏からと思ったが認識阻害がかかったままなのでそのまま転移することにした。ビジネスホテルの影に転移して表に回ってロビーに入る。楓は転移に驚いたのか身を乗り出すようにきょろきょろしていた。竜馬はそんな姿をみて笑いを堪えながら、楓をロビーに残してチェックインする。そのままそしらぬ顔で車椅子を押して部屋に入る。
「さて早速施術させてもらおうかな。」
「は、はい!」
妙に緊張している楓に首を傾げる竜馬。竜馬は楓の足先に触りつつポーチから部位再生のキューブを取り出す。
「生後のものだしたぶんこれでなんとかなるはずだけど。」
魔法を実行すると楓はむずがゆそうに膝をすり合わせる。ちょっと痒いかな?と尋ねながら竜馬は経過観察する。楓は顔を赤くしながら大丈夫ですと答える。再生の始まりが遅い為、竜馬は魔力探知を発動して様子をみる。脛の辺りで別の魔法が稼働しており再生を阻害していることに気がつく。竜馬は一瞬悩んだ。これを梨本家が仕込んだとすると完全な敵対行為、もし他勢力がしていたとしてもこれほど梨本家が放置していたとすると治療行為自体を推奨していない節が見て取れる。調査にあの巨大樹が絡む以上梨本家の何らかの支援は必須になるだろう。その状況で敵対してもなんの得にもならない。悩んでいる所で楓が顔を真っ赤にして悩ましい声を抑えているのを見て、少し気恥ずかしくなって現実に戻る。楓の意思を尊重して出たとこ勝負にする意思を固めて、再生阻害魔法に対する解呪をを行う。隠蔽が強固なだけで見つけてしまえばさほど複雑な魔法でもなかったのであっさりと解呪は成立。せき止めていた力がなくなり一気に再生が始まる。楓が下唇を噛んでいる間に足首元から肉が盛り上がりそのまま小さな足が整形される。竜馬はその足を軽くもみながら問題がないか確かめる。楓はその行為がこそばゆいのか車椅子の上で声を押し殺して手すりにしがみついている。時折手すりを叩きながら。
「足自体は問題ないと思うけどたぶん筋力が足りないだろうから、もう少し我慢してね。」
竜馬は別の術式を組み立てながら楓に告知する。楓は刺激から開放されて気の抜けた顔で気のない返事をする。竜馬は魔法を発動し筋刺激を与えて高速再生を繰り返す。楓はむず痒さで体をねじる。我慢して車椅子にしがみついている。2分ほどして魔法が止まり楓は肩で息をしながら呼吸を落ち着けようとしている。竜馬は仕上げに疲労回復の魔法をかける。楓はその魔法をかけられて大きく深呼吸をして顔を真っ赤にして竜馬を見る。
「すみません、だいぶ取り乱しました。あんなことになるとは思いませんでしたので。」
「部位再生は一般治療用のものではなかったので刺激が強かったですかね。再生速度重視で癖のあるヤツでしたから。」
竜馬は笑いながら答える。
「たぶん歩いたことが無いと思うので少し練習しましょうか。」
竜馬は楓に手を伸ばし楓は顔を隠すようにうつむき加減でその手を取る。
「膝から先は動かせたと思うので足先を地面に押し付けるようなつもりで腰を持ち上げて・・・」
楓は車椅子に足をかけたままぐっと力をいれて立ち上がろうとしてしまい、車椅子が動きバランスを崩す。竜馬はしまったと思いつつ素早く腹に手を回して抱きとめる。そのまま両足を地面につけて右手を持ったまま立たせる。楓は恥ずかしいのかごめんなさいと言いながら平謝りである。
(あー、やっぱり僕より大きいよねぇ。165くらいかなぁ。)
平謝りの楓をよそに竜馬は自分の背の低さに悲しみを覚える。竜馬は気を取り直してリハビリのように徐々に歩いてもらいバランス感覚をつけてもらう。筋力は十分に発達したようで体を支えるには問題無いように見える。30分ほど訓練を続けて歩行は問題なくなった。ただそれだけでも汗をかいて相当披露している。竜馬はもう一度疲労回復の魔法をかけて、追加で清浄魔法をかけて汗などをリフレッシュさせる。
「あとは地道に訓練してくれればいいかな。筋力は大丈夫だけど体力的なものは今すぐってのは難しいので訓練しながら頑張って欲しいです。」
「何から何までありがとうございます。お家に帰って自慢します。」
楓はよたよたとくるっとまわってお礼を言う。自慢されると少し困るかもなと竜馬は思ったが、本人が嬉しそうなので釘を刺すのは止めておく。そもそも足が生えてる以上話さないことを止めようがない。
「お嬢様車椅子へどうぞ。家までお送りいたします。」
竜馬は冗談っぽく丁寧に礼をしながら言う。
「お嬢様は止めてください。梨本家が防衛に貢献しているのは確かですけど、私は何もしてないしそんな地位にもないですから。」
楓は残念そうな顔をして告げる。今までの喜びが嘘のように沈んでいるのを見るとどうもお嬢様扱いされるのが嫌いなようだと竜馬は判断する。
「冗談のつもりだったけど、そこまで嫌がられるとは思わなかった。ごめんなさい。」
竜馬は素直に頭を下げて謝る。
「いえ、そんなそこまでのことじゃないんですけど。」
楓は車椅子に座ってから慌てて答える。それから一息ついて落ち着いてから口を開く。
「私のことは楓って呼んでください。」
竜馬はどうしたものかと悩んだがこれ以上こじらせても今後困りそうなので折れることにした。
「わかりましたよ、楓さん。お家まで送りますね。」
楓はうつむき加減でお願いしますと言って車椅子で待機する。竜馬は車椅子を押してロビーに行き、フロントで手続きしてから車椅子を押してホテルの影へ移動する。転移を使用して梨本家付近に飛ぶ。そこから徒歩で移動するが案の定何かしらの結界が張ってあるのが確認できる。
「僕はここまでのようだ。ではまたの機会があれば。」
竜馬は結界の手前で楓に告げる。楓はしょんぼりしながら、そうですかと答え車椅子を動かして正門に向かっていった。正門の前で振り返ってまだ竜馬がいるのを確認すると元気に手をふっていた。竜馬は手を振り返して正門が開いて迎えがきて見えなくなるまで見送った。そのまま竜馬は巨大樹を見上げる。結界越しに梨本家から樹海圏の気配は感じられない。ただ簡単に結界を見る限りではよく使われている防護術式でもなく見たことがない型である。梨本家への疑惑を深めながらホテルへ転移した。
勝利でも敗北でも英雄は必要になります。前者はシンボルとして後者は不満を反らすために。竜馬は対外的には強敵を打倒して地方を守った英雄と祭り上げられています。
一般的に使われる再生は遺伝子情報から失われものを徐々に再現しますが、竜馬が使ったのは軍用ですぐに四肢を使えるようにすることを前提とした高速再生仕様です。必要魔力が多く制御が難しくなっています。




