二節:使徒のおつかい
「いつ見ても胸糞悪くなる光景ね。」
山の中腹の木の上から市内をみつめる徳子。
「お主の世界樹嫌いも相当だニャー。ノースの連中が泣くぞ?」
肩に座っているニャルはどうでもよさそうに返す。
「彼はどうするかしらね。」
「毎度毎度投げ込んでるヤツの言うセリフじゃニャいのう。そんなに大事ニャら確定してしまえば良いものを。」
徳子はそうねと呟きながら市内に遠い目を向ける。三日前に使徒たる如月竜馬に沼田市の調査依頼をしたところである。この先起こる事を予想しながら。それが喜劇になるか悲劇になるかは彼の行動次第。徳子はどちらにせよ愛する少年から罵られる未来があると思うと複雑な思いではあるが、自分と彼のにもと心を鬼にして舞台を整える。
三日前8月2日、神託というには趣も無くメールで新宿のスタバに呼び出される竜馬。早めに行ったつもりでも彼女はすでに指定の席で吐き気をしそうなほど甘そうな飲み物を飲みながら待っていた。竜馬の姿を見つけて軽く手を振っている姿になんとも言えない気持ちでその前の席に座る。飲食店のせいかニャルはお留守番のようだ。
「唐突で申し訳ないけど群馬県沼田市に残っている樹海圏の痕跡について調べて欲しい。世界樹の性質上私が直接手を出すのはちょっとめんどくさいことになるのでね。」
「一応僕も仕事があるのでほいほい休めるわけではないんですけどね。」
徳子の要請になぜそんな事をと竜馬は答える。徳子は懐からさっと白い封筒を取り出し竜馬の前に差し出す。
「それを上司に渡せば事情は組んでくれるわ。そういうふうに話はつけてあるから。」
徳子はストローで飲み物を吸い上げてから何事もないように言う。竜馬は頭を抱えながらその封筒を受け取りウェストポーチに放り込む。
「手回しがいいようで・・・今度は何を企んでるんですか?」
竜馬はジト目で徳子を見る。契約から初めての依頼ではあったが、これまでのこともありいまいち信用ができていない。
「ひっどーい。私が今まで何をしたっていうのー?」
徳子は露骨なぶりっ子スタイルで否定してみせるが、どの口がそれを言うのかと竜馬は思いつつ了承の返事をする。
「まあ頂いた力には助けられてますし、そういう契約ですから。やらせてもらいますよ。」
ため息を突きながら竜馬は席を立つ。
「つれないなー。もうちょっと付き合ってよー。」
「恐れ多すぎてそんな気になれないんですけど・・・。」
徳子はぶーたれるが竜馬は恐怖感すら感じる。見た目はともかく相手は人外の目線にあることが竜馬にとっては未だにトラウマであった。
「樹海圏の痕跡があった場合はどうすれば?」
「君の判断にまかせる。状況報告だけでもいいし、処理できそうならあなたがやってもらってもいいわ。」
了解っと竜馬はつぶやきながらその場を離れる。徳子が後ろから声をかけているが聞き止めることもなく店をでた。竜馬はそのまま基地に戻り受け取った封筒を上官に渡して調査への許可を求める。上官は後ほど返答するとされ、2時間後に神埼大隊長に呼び出される。
「沼田市の調査については許可を出す。如月二尉、封書の中身は見たか?」
神埼は竜馬に確認をする。竜馬はいいえと答える。
「封書には沼田市の調査に如月二尉を送りたい旨と、調査期間が1週間から4週間となっている。もし4週間以内に調査が完了しなかった場合は調査を打ち切って帰還しても良い。ただ延長に関しては本人の意思に任せるとのことだ。こちらで事前調査してもよいしすぐに向かっても構わない。あと近藤三尉をつける。定時報告は13時と22時だ。質問はあるか?」
「質問は有りません。引き継ぎと調査準備をしてすぐに出発します。」
竜馬は返答して部屋をでる。神埼は見送ってから疲れたようにつぶやく。
「あの女神は我々に一体なにをさせたいやら。手助けも監視も不可というのが厳しいが・・・念の為沼田の周辺調査だけはしておくか。」
部屋を出た竜馬は近藤に連絡をとり指示を出す。小隊の福原曹長を呼び出して小隊の仕事の指示と指揮を引き継ぐ。自室に戻り調査の準備をする。服装をどうするかとも思ったが、許可はもらったものの調査自体が徳子の依頼で私用であることを思い出して私服をいくつか準備する。準備が終わる頃に部屋の扉がノックされ近藤が来る。
「如月くん準備はどうですか?」
近藤は入室の返事にかぶせるように入ってくる。
「お前ももう少し配慮をだなぁ」
「やだなあ、私と如月くんの仲じゃないですかぁ。それとも何か見られて困るようなことでもしてましたか?」
竜馬が苦言を呈している所に、近藤はニヤニヤしながら応答する。竜馬はため息をついてから発言についてスルーする。
「手荷物の準備は終わってる。あとはデバイスの持出申請と飛行移動申請だな。」
「そっちのほうは二人分申請しときましたよ。あれの依頼じゃどうせ碌なことにゃならんでしょう。」
竜馬はそういう手際はいいよなと思いつつ、違いないと半笑いで答えた。
ニャルの言うノースは北欧神話圏のことを言っています。
近藤さんは訓練が無ければだいたいどこでも喜んで行きます。




