序章一節:始まりは突然で不可解に
「」発声による会話
{}仲間内のみでの念話(テレパシー)
〔〕周囲全体に行われている念話(テレパシー)
『』魔力を伴う発声
【】力そのものを行使している響き
で区別されています。
10月、冷たい風が吹いている。調子のはずれた歌を歌いながら公園を竹箒で掃いている娘が一人。巫女服を着て公園を掃除しているような姿は場違いこの上ない。彼女は「平井徳子」(ひらいのりこ)。外語短大を卒業して就職するも、爬虫類人の動向情勢により倒産、失職。ニートではない。
比較的静かな空間で突如起こる振動、地震。
「あら・・・地震ね。ゆ~れ~る~・・・ちょっとな~が~い~・・・」
徳子は掃除の手をとめて空を見上げる。視線を下げると、先ほどまでは近くにいなかったはずの少年が地面にしりもちをついている。現代では使われていないであろう赤い水干を身に着けている。美少年というような整った顔立ちと黒髪のおかっぱ姿が妙なミスマッチをかもし出している。
「君・・・大丈夫?」
徳子は目を輝かせながら少年に手を伸ばす。
「トクコか。大事ない。クソ入道め。もう少しやり方があったろうにっ」
少年は手をとって立ち上がりながら毒づく。
「残念。『とくこ』ではなくて『のりこ』なんですよ。間違えられては困りますっ。」
徳子は頬をふくらませてぷりぷりしながら、かつ目を輝かせながら少年を引きあげて立たせる。
「ん?・・・すまぬ。顔見知りと似ていてな。というかここはどこだ。」
少年は軽く謝って、周囲をきょろきょろしながら話す。
「どこ?ていうとどこからいえばええか分からんけど・・・宮島よ。住所のほうがよかった?迷子なの?」
「む。・・まて。【】そうか・・・千年近くか。あい、わかった。」
少年はなにやらつぶやいた後、合点が言ったように徳子に告げた。
「我が名は『凪』(なぎ)。徳子よ、世話になったな。あと、迷子ではない」
「そっか~。私は平井徳子よ。こんにちは。」
なにか残念そうに自己紹介をする徳子。凪も特に気にするようでもなく、周囲を見回している。
「この波長は・・・駄竜と枯れ木か。隠匿世界にわざわざ侵入とは手間なことをしてくれる。」
え?、不思議そうな顔をした徳子をよそに凪は聴いたこともないような音を口ずさむ。音が止まった一拍後には3つ人影のようなものが目の前に現れた。そして頭の中に声が響く。
{崑崙より、道士、露。参りました。}
薄黄色の道服を着た女性。狐のような白い耳があり、大きな尻尾が6本背中でゆらゆらしている。
{至高天よーり、力天使ヴァズエル。まぁいりました。}
巻き舌なしゃべり方で筋肉質な黒人の男がビキニパンツをはいてサイド・チェストをきめている。禿げた頭の上に光る輪と背後に見える白い羽が違和感しかない。
「GA」
3m近い人ではない昆虫のような蝙蝠の羽をもつナニカ。それを見て徳子は気絶した。
{ご苦労。要請条件の割りに大層な選出だが・・・しかも数が1足りんな。高天原当たりから一つは来ると思ったが}
{主。僭越ながら・・・まず、そこに倒れておられる女性が主の眷属であられるようで、現地枠に勘定されております。その分要請条件に空きが出ていると考えられます。最もビヤーキー殿で半分弱を占めておりますが・・・}
{眷属?よもや入道の一族の系譜か。気がつかなかったとはいえしかたがない。能力で差別しないのが条件だからの。ここまで能力差がでることは想定外ではあるが。}
「GuA」
{しかし、能力もなく現地民となるとビヤーキー殿に耐えられないのでは?最悪ショック死もありえますが}
{そうだな。いささかもったいないがベスには斥候と我らの周辺警戒をお願いしよう。後、徳子には抵抗を付与しておけばなんとかなろう。露としては不満であろうが。}
ベスというビヤーキーの固体名であろう言葉を聞いたあたりから露は少し不機嫌そうな顔をしていた。彼女としてはベスが自分らと意思をやりとりしないのが不満なのだろう。ベスは一鳴きした後、上空へ飛んでいった。
{ベス殿はしかたないでしょう。五界の方ですから。彼女・・徳子についても本来は自己で行わねばならないのですから。主の残り少ない力を消費してしまうのも勿体のうございます。}
{状況も良くないのは分かるので気遣ってくれるのはありがたい。ただ徳子が入道からの献上品というのなら最低限使い倒してやろうという意図もある。今は納得せよ。バズエルも問題ないな?}
{わぁたしは、主の命に従ってあなたを守るだけであーります。それが目的に近づくのなら異論はぁ・・ございません。}
{含むものはありそうだが、理解してもらってなにより。徳子には念話を受信できても発信は無理であろうから、必要がなければ発声でやり取りするとしよう。現地語に合わせて頼む}
「「御意」」
凪は頷いて徳子に手をかざし、なにごとかつぶやく。
【】
数分したあと徳子が軽いうめき声とともに目覚める。
「はっ。何かすごいものを見た気がしますっ。あっ、現在進行系でしたっ」
徳子はあたふたと立ち上がって周囲を見回す。
「徳子や、勝手に巻き込んでおいてすまないが我の手伝いをしてもらう。徳子の知らない頃に結ばれた条件ゆえ納得はし辛いであろうが拒否権はない。」
凪はそう徳子に告げて他の者に目配せをする。
「露です。短い間でしょうが宜しくお願いするわ。」
「HAHAHA。ヴァズエルだ。宜ぉしく頼ぉむよ。」
「あー・・・は、はい。平井徳子ですっ。宜しくおねがいしますっ」
徳子は勢いよくお辞儀する。それをみて周りは苦笑して見守るのだった。
「では状況を把握してさせてもらおう。こちらではっきり把握してもよいのだが、なにせ権限数があまりない。節約できるものはしておきたいでな。一応、魔力波長の解析から三界に竜牙圏と樹海圏が現界しているのは把握している。各界の状況などわかれば頼む。」
「では四界方面から・・・42ターム前より竜王から少数の侵攻を受け始めていました。四界側としては基本防衛のみで対応。大きな動きはありませんでした。が13ターム前頃に秘匿されていた三界への侵食が確認され、その対応に追われたところに四界ケルト領に侵攻、侵食され奪取されています。その後は五界ヒアデスの支援もあり、各界の防衛には成功していますが、奪回までには至っておりません。」
「ヴァズエルさん・・・ターム・・とか四界ってなんですか?」
徳子がぼそっとバズエルに尋ねる。
「ふぅーむ。タームは時間単位だぁね。本来はもぉっと上の界の単位らぁしいけど・・・は、おーぃておいて、こぉこだと35日くーらいのぉ長さになぁる。四界は・・・こぉこだとどう言えばいいかね。上方次元界?こぉこが三界でぇ、進化した世界だとおもぉっておけばたぁぶん問題なーい。わぁたしは主が住まう至高天、彼女、るぅーは崑崙に所属してぃーる。」
「神々の世界?なんですか?」
「きぃみらからしたらそぉうなる所もあぁるかな。」
徳子が眉をひそめながらバズエルとぼそぼそ話しているのも、凪は苦笑しながら聞いている。
「凪君はどの界なんですか?」
「あぁれは、もぉっと上のかん・・・」
「さて当面心配のない四界は後でもいいな。三界の状況としてはだいぶ侵食されてるようだが、どうなっているか徳子はしっておるか?」
凪が遮るように質問を投げかける。
「え?竜牙圏と樹海圏でしたっけ??えー・・と」
徳子は腰の内ポケットからスマホを取り出して検索を始める。周りはそれを興味深そうに眺めている。
「えーと2年前くらいかな?ロシアの方・・・あ~ここから北西のだいぶ遠いところからトカゲさんがやってきとるみたいで、一年と半年前にエルフさんが種子島っていうもう少し南側のほうから来とります。一年くらい前から鳥取とか京都あたりでトカゲさんとエルフさんが喧嘩してます。」
「んー、始まりはよくわからんが現状はなんとか理解できなくない。」
「地図だとこんな感じですぅ。」
徳子はスマホの画面に個人ブログの勢力圏図を見せる。
「ほうほう。こちらのほうが分かりやすいな。それにしても予想より少し技術進歩が早いようだな。」
凪は満足したようにうなずく。それを聞いて徳子は首を傾げて凪を見ている。
「んー、出雲は無理、阿蘇も無理。で、京都も戦場らしいので無理か。剣も恐らくは無理か。奈良で回収して、富士だな。」
「どういうことなんです?」
徳子は凪の言っている意味がわからず問う。
「出雲が使えれば手間も減ったが、奈良の分室で制鍵して富士の分室で執行することにしよう。」
「まったくわからないです。」
「三界にいる侵入者を排除するのに、三界へせき止めている魔力を戻す。」
「おー・・・。」
徳子はやっぱりわからなかったが、なんとなく答えておく。
「でも、取りあえずはその場に行けばええってことですよね?」
徳子は手を打ってうなずく。
「そうだな。で、どうする?」
凪は微笑みながら徳子に尋ねる。
「車で行きましょう。うもう行けば6時間ぐらいで着きます!」
びしっと東の方を指差す徳子。
「ふむ・・・手段はよくわからんが一日もかからないのならそれでよかろう。節約に越したことはない。他のものはどうか?」
「異存はありません。」
「もぉーんだいないかと。」
「では、準備します。一度家に戻ってきます。」
徳子はそう言って走り出していった。
{あの者・・・連れて行くのですか?死亡する可能性のほうが高いと思いますが。}
{ある程度目はかけるけど、能力で差別するつもりはないよ。そこで死んでしまうなら仕方がない。我は世界に対して義務はあるが、個人に対しては考慮しない。君は道士だから人間よりなのだろうけど}
{主がそうおっしゃるならこれ以上は何も・・・}
{HAHAHA。そぉこまで気ぃにするなら守ぉってやればいいじゃなぁーい。わぁたしも主の命に反さないかぁぎりはなぁんとかしまぁすよ。}
{彼女が理解してるかは別として要請内容に従ってくれる限りは問題ないよ。・・と、遠話要請か?}
{不可解な所属で送って来ていますが。いかがしますか?}
{十中八九アレだろう。・・・・・。準備でき次第こちらから行くと伝えておいた。徳子が戻り次第一旦そちらにいくとしよう。}
{近いのですか?}
{かなり。位置は送り返しがあった。400ビ内だな。そちらにも回しておく。ベスには先行警戒を頼んだが、おそらく問題はないであろう。}
その後は特に何もなく20分もしたところで徳子が戻ってくる。
「お待たせいたしまし~。いろいろ仕込んでたら時間がかかってしまいました。」
「問題ない。少し予定に変更があってな、これからそちらに寄っていく。」
「はいな。」
凪はうなずいた後、先頭に立って皆を誘導する。5分ほど歩いた所には屋台の饅頭屋があった。
「いらっしゃい。ぼっちゃん、じょうちゃん。お一つどうだい。」
秋も深まったところであるが火のそばで暑いのかタンクトップ姿で饅頭を焼いている人の良さそうなおじさんがいた。
「見た所外国からの観光の人かい?珍しいかっこして。」
「そうではないのだが・・・気をつけるとしよう。オススメは何かあるか?」
「流通がだいぶ悪くてねぇ。北の餡こは入りが悪いね。でも味はしっかりしてるよ。京都の方も止まっちゃって抹茶味はもう在庫限りかな。南の芋も外面ばっかで味が良くない。カスタードなんかはぼっちゃんにはオススメかな。」
「ふむ・・・そう来るか。では、カスタード3つ、抹茶を3つ、こしあんを3つもらおう。」
「あい、まいどあり。全部で780円な。」
「えん?取り敢えずこれで。」
凪は銅銭の束を屋台に置く。
「おや、随分懐かしいのが出てきたね。でもこれはもう使えないお金なんだ。」
店主は笑いながら銅銭を返す。
「なんと。」
凪は受け取ってどうするか悩む。
「すみません。これでお願いします。」
徳子が後ろから千円札を差し出す。
「まいど。220円お釣りな。ありがとよぅ。」
店主は札を受け取って、釣り銭を返す。
「すまんな、徳子。礼をいう。」
「はは、ちょっとびっくりしたかな。どこにもってたのそんな古銭。」
「古銭か。随分と時間が過ぎているのであったな。」
凪はしみじみとつぶやいて、饅頭を受け取る。
「では、徳子や。出発するとしよう。」
「え?用事ってもみじ買うことだったの?」
「概ねそうだな。」
「えー。」
凪があっけらかんと答えると、徳子は不満そうに頬を膨らませた。
「そういうな。こっちはお主らで食すがよかろう。」
そういって凪は抹茶とこしあんの袋を徳子達に差し出す。
「あ・・ありがとう。」
徳子はぽかんとして饅頭袋を受け取る。凪は残ったカスタード饅を食べ始めた。露とバズエルも、頂戴いたしますと一言告げて食べ始めた。
「ふむふむ。急ぐ必要もあるが三界の民に訝しがられるのも主義に合わん。服をなんとかしたいところだな。」
凪は紙袋をたたみながらぼそっと呟く。
「んー、市の方まで出てみますか?」
「そこまで行くのに多くの民の目に触れてしまうのも難儀であろう。」
「ほんじゃあ、うちにあるもんでなんとかしましょうか。」
「では世話になろう。他のものも頼むとしよう。さすがにベスはどうにもならんだろうからおいておくが。」
一同は平井家で各自で服装を整えるが、容姿、雰囲気と相まって結局は違和感しか残らないのであった。
「今からなら次のフェリーに間に合うし、それから走って行って・・・夕方頃には奈良につけるかな。」
「うー・・・よきにはからえ。」
凪はジーパンにジャケットにベレー帽。徳子と露に着せ替え人形にさせられていた凪は少しばかりぐったりしている。
「他勢力に見つからなければよいですが。本当に術は組まなくてよろしいので?」
露はカジュアルなパンツルックだ。しっぽは存在しないかのように消えている。
「危険が及ぶまでは最小でも魔力の放出は避けたい。おそらく感知網が敷かれている。我なら最低限そうする。駄竜はともかく、枯れ木がそんな落ち度をしているとは思えん。」
「ベスどぉのが感知しぃたら解禁ということでよぉろしいすかな?」
バズエルは黒のスーツにサングラス。あからさまにヤバイ人だ。
「では、頑張っていきましょう~。」
徳子は手をパンと叩いて高らかに宣言するのだった。