四節:恐怖の軍団
11月の冷え込んだ明け方日が昇ろうとすること非常招集がかけられる。午前四時頃富山湾沖で漁船が謎の人外種に襲撃を受ける事件が発生。襲撃を受けた時の緊急通信で発覚したが切迫した事態を感じさせるが説明は要領を得ず、そのまま襲撃者の餌食になり通信は途絶。海上警備隊を現地に派遣し調査することになったが、現地に赴くまでに警備隊が襲撃をうけパニックに陥っている間に全滅。異常事態として追加調査隊を編成している間に富山港に大小様々な黒い粘液状の生命体が上陸。複数の目をもつその粘体は、何も警告するでもなく人々に襲いかかり港はパニックに陥った。粘体生物は食料、魚、動物、昆虫、人など問わず片っ端から捕食し周辺を蹂躙していった。町、市は直ちに避難警報を出しさしあたっては山側方面に避難するように指示した。民間警備会社が出動し制圧を試みたが失敗、6割の人員を捕食される事態になる。その時の情報から粘体生物が強力な精神汚染波を出しており、相手の大きさにもよるが100m程度近づくと抑えられない恐怖を覚え立ちすくんだり錯乱すると結論付けられた。少々の戦力では太刀打ち不能と判断され、自衛隊に出動が要請され現在に至る。
「敵性人外種、仮称[ウーズ]。現在富山基地の部隊が岩瀬町にて防壁による侵攻遅延戦術をとっている。数は10m級のものが1、5m級のものが20、1m級のものが70,それ以下は補足不可能な部分もあるが50~100程度であると推定されている。強力な精神汚染能力を有しており、主な根源は恐怖。有効射程は100mと推定されているが、それ以上の距離からでも視認し続けていると障害を受けることが報告されている。以上のことから文様術のたぐいが疑われているが確定はしていない。10~100程度の目があることが確認されているが現在の能力は不明。こちらを視認しているかもわからんとのことだ。人類に恨みがあるタイプの人外種かも不明だが、今の所意思の疎通は不可能でテレパシーにも無反応。無差別な破壊を行っていることから交渉の余地はないとされ完全殲滅すべしと判断された。招集した第三魔法大隊と現地の富山第二魔法大隊の総勢約750名による上空からの飽和攻撃を行う。対象は海中のほうが機動性が高く水の属と推定されることから指定風雷術による飽和攻撃となる。これより15分後0627より基地間長距離転送により富山基地に移動。10分で現地仮設司令部へ集合。隊列を整えて飛行。0640に300m上空に集合、0641より「シュレッダー」もしくは「ライトニングヴォルテックス」のいずれかで飽和攻撃を行う。目標が広域に渡っている場合は第2斉射を行う場合がある。以上、作戦行動開始だ。」
招集された隊長は各隊員に連絡し準備を始める。15分前までに転送施設前に整列。時間になって順次転送移動を行う。富山基地で軽く顔合わせして現地へ飛行移動。仮設司令部で隊長で状況確認。ウーズは中隊の誘導防壁により移動を阻害されつつあるものの対応力は高く予定よりだいぶ南側へ押し込まれているようだ。予定範囲内の分布に収まっているので予定通り空中からの範囲内飽和攻撃を一斉射行う。もし生き残りがいるようならもう一斉射まで行うとのこと。即座に作戦実行が支持され、2大隊総勢762名が整列して上空ポイントに移動する。規定時刻前に上空に到達。
{全体構え!10カウント後に斉射出来るように各自チャージポイントを調整。カウント開始10,9,・・・}
カウントが始まり6カウントでチャージするものが出始め、4カウントでほとんどのものがチャージを始める。そしてカウントが0になったとき、数々魔力の塊が予定地点に発射され2秒後に到達。地表は風の刃と電撃の渦に包まれた。どちらの魔法も指定範囲内を4秒間滞留し風で切り刻むか電気で焼き焦がす目標地点制圧型の魔法である。4秒後指定範囲内は焼き焦げた更地となる。
(地域住民には申し訳ないな。迅速に対応できたものの批判も少なくなかろうな。)
竜馬は結果を確認しながら今後のことを考える。地面を望遠視覚と魔力探知で対象を探すが特に反応も見られず、さすがに全滅したかと判断した。竜馬がそう考えた少し後に観測班から目標の全滅確認の報が入ってきて部隊全体に安堵の空気が満たされる。あとは出てきた原因を探るにの調査隊が組まれるだろうと考えた矢先、海上方向から魔力反応。反応に気がついて探査を意識してそちらをみると、せまりくる5つの光線。直径4mにおよぶその光線群は無情に整列していた大隊を貫いた。落下していく体の一部。中途半端に体をえぐられ運悪く少しの間生きながらえてしまったもの、手足の一部を失い絶叫するもの。体の一部すら残らなかったもの。落下していく仲間たちの体がゆっくりに感じられる。多くのもの何が起こったかわからないままその残骸を見つめてしまう。
{全体、小隊単位で散開。防御壁を展開しながら100m降下!後、本部に被害状況を報告。}
叫ぶかのような指示が飛び混んできて、意識を戻し指示に全員が従う。半球陣のように全体が散開し海上からの様子を伺う。海上から再度同様の光線が5本飛んでくる。竜馬は正面から飛んでくる光線を無形盾で防御しようとするも小隊全体に緊急回避を指示して短距離転移。無形盾で防ごうとしたものは1秒耐えてそのまま光線に飲み込まれた。盾に当たった瞬間に転移したものもいたが多くは防御できないまま死傷した。
{光線は盾では防ぎきれない。斜線からの回避で対応しろ。}
竜馬は小隊に指示。本部側からも同じような指示がなされた。
{索敵班より、長距離探査では沿岸から500m内に敵影なし。攻撃元は3km以上と推定されます。指定方向探査に切り替えます。}
三撃目の光線が放たれるも全員回避。
{魔法発生元特定。大隊位置から4230m。目標は3m程度の模様。}
{富山第六小隊と目黒第11小隊で敵対人外種の偵察。大隊全体で富山港沿岸まで前進。}
相手は一体であるという油断だったのか、せめて敵の存在だけは確認すべきという判断だったのか当時の指揮官の心境はだれにも理解らなかったが大隊はそれが作戦ということで命令に従った。不意打ちでなければ魔法自体は威力は高いもののなんとかできるという隊員の自負もあったのかもしれない。後日作戦に問題がなかったかと問われても状況的に問題なかったと言わざるを得ないほどに。偵察隊は目標地点手前1km当たりまで移動。途中光線攻撃を受けるも問題なく回避して事なきを得ている。ウーズに強度の恐怖効果もあったことから、偵察隊14名は8名が魔法探知、6名が望遠視覚で確認となった。情報通り3mであったそれはそこにあるには異質なものであった。3m程度の球状の肉塊とも思えるナニカは、脈動する血管のようなものを浮き立たせながら、水面で呼吸する金魚のようにぱくぱくする口のようなものを五つ備えた名状しがたきものであった。しばらくすると口を震わせながら大きく開けて光線を吐き出す。その異様な姿を本部に報告する途中に受信される報告官の意味不明な奇声。その場で起こっている惨状をいくらかつたえるような恐怖に染まった声。そして助けを乞う言葉を最後に念話は途切れた。明らかに異常事態が起こっていた。しばし呆然としたあと周囲の仲間に声をかけられて我に返り、沿岸の大隊長にその惨状の報告を行う。幾人かが本部に連絡をとろうとするも誰にも繋がらずしばし判断に迷う。おそらく本部が襲撃を受けたのだろうが、こちらに連絡することもなく一瞬で仮設本部174名が全滅したということになる。仕方なく富山基地に状況を報告し指示を乞う。
{適性人外種の確認を求む。}
基地が下した判断はこうだった。撤退して対策をねるにしても敵がどんなものか理解らなければ対応しようがない。確認できなければ隣りにいる何かが敵である可能性がでるのだから仕方がない。大隊は部隊をABCDの4つに分けて4方向から同時に偵察を行うこととした。少なくとも敵を確認して撤退する。各個撃破の危険は増すものの相手は残存大隊すら全滅しうる能力を持っているかもしれないという危惧からだった。生存者692名のうち負傷者64名を基地に帰還させ、所属基地の中隊単位でざっくり4部隊に再編する。7分後に仮設本部周囲700mに移動。本部を確認して敵性人外種の確認。確認できれば撤退。見つからなければ100mずつ本部周囲を右旋回しながら索敵ということになった。異常事態過ぎて恐怖が薄くなり異様な緊張感が辺りを支配していた。規定時刻700m地点本部の異様な状態を目の当たりにする。血の海。埋め尽くす赤黒い血。近寄らずともむせ返りそうな光景であった。死体は少なく本部のいくつかにウーズが点在していた。あれらが処理しているのだろう。あの程度の数のウーズでは不意打ちでも一瞬で全滅したりはしない。他にもなにかいるはずだ。全員がそう感じ原因たる敵を探すために移動を開始する。最初にナニカに遭遇したのは富山のAグループであった。121名の内85名が発狂し錯乱した。32名が恐怖に体を凍らせた。5名が恐怖に震えながらなんとか体を動かし各隊に状況をつたえる。対象の映像も送る。ナニカがピクリと動いた時、錯乱した隊員の魔法の暴発、誤射により40名が即死した。次の瞬間にはナニカに近かった31名が首と四肢を断絶され、残り全員が周辺から飛んできた光線により消し炭になった。2.5m程の体長。細めの樽のような体に5枚のコウモリのような翼。翼の間間にある長い触腕。4本の水かきがついている足。頭部がイソギンチャクのようになっており先端にいくつかの目。地球のいかなら生物に置き換えても説明しきれないような異様な体をもつナニカ。
「エ、エルダーシン・・?」
竜馬はその異様な姿の記憶を見つけてしまう。ミスカトニック大学の文献でちらりとみた記憶のある異形の生命体。あまりに馬鹿馬鹿しい存在で虚構の存在だろうとたかを括っていたもの。現代を越える超科学をもつ古代の存在。それが目前にいるのだと認識した。他にもいくつか気がついたものが数名いるようだ。あのウーズはショゴスということになるのかと自問自答する。直ちにその見込を本部に連絡する。敵は確定した。少しでも放置していい存在ではないが、今この状態で戦える相手ではない。撤退を促そうとしたその時、竜馬のCグループの正面で恐怖の声があがる。部隊の前に見えないが古のものらしい魔力を感じる。前列では恐怖が蔓延しひどい叫び声が聞こえる。竜馬は魔法で感情をOFFにする。氷結魔法を準備しながら仲間を巻き込むまいと上空へ移動し、魔法を放とうとする。古のものを見た瞬間、感情をなくしたにも関わらず沸き起こる恐怖。それに全身を支配しそうになるがなんとか抑える。感情を殺したことはそれほど無駄ではなかったと感じるが、集中を乱してしまった為に準備していた魔法は霧散してしまう。効果があるかは不明だがやらないよりましと、部隊全体に精神安定の魔法をかける。効果が見られないものもいたが、持ち直したものもいる。都合5秒を許してくれるかわからないが全体で干渉しづらい魔法が先程使用した魔法しかないので、それを一斉掃射するように部隊全体に要請する。竜馬自身も担当のシュレッダーの展開準備に入る。最短チャージで3秒。相手が動き出すまでになんとか間に合った魔法は古のものを中心に吹き荒れる。その後1秒2秒後に次々に打ち込まれる魔法。範囲は絞ってかつ古のもの後方に流すように打ち出している。さすがに仲間を巻き込むようなことはしない。荒れ狂う魔法が6秒続いた後、古のものは何を気にする風でもなくその場に浮いていた。よくよくみれば多少の傷や火傷を負っているようにみえるが、それも急速に治癒されている。部隊に絶望が走った。古のものはその姿をみて意味も理解できない高い声で泣き、おそらく笑っているのであろうそれは部隊を再び恐怖に陥れた。竜馬のように恐怖に防御を施していなかったものは恐怖のあまり叫び逃げ出した。古のものはそうやって動きだしたものから丁寧に光線を撃ち消滅させていった。中には巻き込まれるように四肢を失い死んでいくものもいた。甲高い声を上げながら隊員を撃ち殺していく姿はさらなるパニックを呼び死を誘発させる。竜馬はその殺戮劇を見て思考停止から立ち直り古のものの前に氷壁を置く。光線は氷壁に阻まれじわじわ侵食していくが一瞬では破壊されない。竜馬は熱線のたぐいで火の属であると当たりをつけて使ってみたが正解であったようだ。古のものの目がちらりと竜馬の方に向き上がり、それと同時に光線が放たれる。効果のあった氷壁を再度展開し防御する。魔力を多めに使って強度を上げ完全に遮断する。氷壁を再編し氷塊弾に変え古のものにぶつける。弾は古のものに届く前に壁に当たったかのように停止し砕け散る。砕け散った氷塊に再び魔法をかけ古のものにできるだけ近づけて凍結させる。古のものを中心にいびつな球状の氷の塊ができあがる。相手の防壁範囲を擬似的に確認しながら、追加で氷の槍を打ち込んで見るも防壁を貫通することはできなかった。古のものの甲高い声とともに氷玉はバラバラに切り刻まれる。そうした戦いを続けるうちに気を持ち直した隊員達が攻撃に参加し始める。それでも戦えるまでに持ち直させなかったものも動けないものを抱えて戦場を邪魔にならないように離脱する。攻撃は続いていったが有効打を与えられぬまま、反撃されて負傷したものが出始め随時撤退していった。定点から動かない古のものを動かすことすらできないことに歯噛みながら攻撃を続けるが、最初の攻撃以外で傷らしい傷をつけることもできていない。
(このままではやられるのを待つだけか・・・後は防壁の内側から攻撃するくらいしかと思うが、そもそも体が防壁を通り抜けられる保証もない。攻撃と同時に防壁が解けている気配もない。ただ、まったく移動しないことだけが気になるけど。)
古のものの攻撃にはある程度有効射程がある。瞬時に寸断される魔法は前方120度半球状の10m程度。光線の射程はかなり長そうだが30mも離れれば回避すら余裕であるし、20m程度でも防御が可能な範囲。能力的に他のこともできそうだがその二種以外の攻撃は見ていない。それ以外の攻撃も想定してしかるべきであるが、なにをされても距離を空けて回避するしか無いと対処が確定しているので二種以外の気配だけ注意していればいいという状態になっている。残りの8人で協力しつつ攻撃を絶やさないようにしながら、防壁の突破手段を考えていた。
(透明な壁だから光は透過しているんだろうけど、熱エネルギーまで通すかは怪しいな。音は聞こえているみたいだから振動は届くかもしれないくらいか。なにで音を聞いてるのか怪しい形状だけど。)
念話で近くの仲間に相談しつつ合成破壊音波を試みる。波の波長と強度を各人で調整しつつ、古のものの中心で最大合成されるように計算して配置する。4名が牽制しつつ5名が詠唱を行う。
『涼やかな音静かな波震える世界』
『その片鱗に触れるもの等しく自らを裂く』
指向性の波が古のものに向かう。一つ一つは体が痺れる程度だがそれが中央で合成されたなら体を引き裂くほどのエネルギーに変わる。魔法が到達すること古のものの体がびくんと大きく揺れる。体の端々から体液らしきものが流れている。
{効果がありそうだ、もう一回。}
古のものの触腕がピシっと鞭打つように動く。それも無視しただ効果のある攻撃をしようと再度詠唱を行おうとした時、古のものの姿が揺れるように消えた。どこだっと魔力探知を行いながら全員視野内に敵がいないか確認する。
「柳さん!」
正面向こう側にいた柳隊員の後ろに現れた古のものは、隊員の首を触腕で容赦なく切り落とした。柳の体が力なく地面に落ちていく。竜馬は軽く絶望を覚えたが振り払うように古のものに向けて氷塊を放つ。古のものは気にする風でもなく触腕で氷塊を叩き落とす。竜馬がその行動に驚いている間に古のものの姿が消える。魔力探査を使用し位置を特定しようとすると、右向いにいた隊員の上半身が吹き飛ぶ。全員の恐怖の限界を超えた。士気は崩壊し短距離転移したり高速飛行で一目散に逃げ始めた。古のものは飛んで逃げていくものに背後から攻撃をしかけるが、それを竜馬の氷壁が受け止める。古のものはカラカラと笑うのを止め竜馬のほうに目を向けた。お前は逃げないのかと一つの目を逃亡者に向ける。
「勝てないまでも・・・今見えている人たちを殺させはしない!」
『冷える世界凍る世界』
『世界におけるいかなるものもその動きを止め白に帰る』
『アブソリュートゼロ』
竜馬の手持ちの中でも最大級の攻撃力を持つ魔法。3m球状範囲内の動きを束縛しながら絶対零度にする。古のものの周囲が球状に区切られ中の空間が一瞬で白っぽくなる。竜馬は空になった魔力を補充するために集積を行いながら様子をみる。魔法が解けた後には真っ白になった古きものが佇んでいる。その少しぎこちなく動く姿は竜馬の期待したものではなかった。もう反撃する魔力もない。完全に詰んでしまった。
〔本当は矮小なものなどに声をかけるつもりなどなかったが、お主の場合は声をかけたほうがよりうまくなりそうだ。〕
竜馬は古のものから念話が飛んできて驚いた。超文明の生物なのだから言語体系が無いわけではないと思ったが、こちらからのアクションにはまったく反応を示さなかったからだ。
〔綿埃のような攻撃力、若葉のような防御力、4桁を見間違えるような観察力。波による攻撃のアイデアだけは悪くなかったが、あれとてあんな場所に引きこもっていなければ当りもしないもの。〕
竜馬はこちらが全力でやっていることをほとんど歯牙にもかけられていなかったことに驚愕する。
〔先程の魔法に関してもそうだ。あれは内部を凍結破壊するものだろう。あの温度で動きを止めない物についてはそれほど役にはたたん。欠陥魔法だ。〕
この化け物は絶対零度で分子運動が止まらない物質があると言っている。歩いている〈世界〉が違いすぎる。見えている、認識しているものが違いすぎる。竜馬はその力の差に折れた。
〔そうだ、それだ!深くおちたな。うまいぞ!たまには調理してみたかいがあったというものだ。〕
古のものは竜馬を煽りながらけたたましく笑う。ひとしきり笑ったとふと動きを止め。
〔ふむ、こんなものか。良い味であったぞ。他にもお前のようにうまいものがあれば良いな。では虚無に帰るがよい。〕
立ち尽くす竜馬に古のものは竜馬の頭部に触腕を向け熱線を放った。竜馬は迫りくる熱線をぼーっと眺めながらこの化け物をどうやったら倒せるのかとぼんやり考えていた。
テケリ・リ!テケリ・リ!




