序章十節:決着
女エルフは残り少ない魔力を隠密に傾けつつ、最終手段たる侵食の種を放った。竜皇と正面からぶつかりつつ凪を倒すのは不可能と判断し、竜皇ごと凪を屠るつもりで実行した。当たったところで竜皇が倒せたかは甚だ疑問ではあったが、世界の長たる凪は確実に倒したと判断した。竜皇の手札からしても凪を助ける手段はない。あの状態からは絶対に助からない。もうこの世界に干渉するものは自分しかいない。勝利は確実だと小踊りする気分であった。そんな中弟の男エルフとの連結が突然途絶えた。なんの連絡もなく突然に。まだ自分たちを害せる戦力がいたのかと考えたが、失ったものは姿見だけであるし、復讐に燃えて迎撃するよりも制御室を抑えるべきだと言い聞かせてそれらしき場所を探査する。5分ほどしてそれらしき魔力痕跡をみつけ近づく。入り方はわからないが魔力探査を行い仕組みを軽く調べて強引にこじ開ける。入った先は長い通路。木製の通路にはいくつか分岐があり定期的に扉が配置されている。それをみて不敵に笑い、探査、身体強化を組み換え奥に向かって走り始めた。壁から蔦を生やして扉を開けさせ、通り際に中を確認。分岐に別の蔦を這わせて先をさぐり、走りまわって迷路のような通路を踏破していく。通路をはしり、時には扉をくぐり部屋を抜け最奥を目指して走り続ける。似た地形を走らされ仕掛けを解析し、すべての部屋と道を通った時最後に開ける扉が最奥の扉であることに気が付き、記憶をたどり作業を終えその最後の扉を前に彼女は勝利を確信し扉を開け放った。
徳子は男エルフを倒した後、疲れ気味の体でだるそうに分室へ向けてランニングしていた。途中強風に煽られた落ち葉に襲われながらもさほど問題なく分室の前にたどり着いた。自分には何も見えないが与えられた記憶がここだと言っている。身体強化の魔力を開放し鍵を通して分室侵入手順へと変える。周囲が切り替わり分室へ侵入を果たす。後は鍵がと思っていると目の前に一枚のふすまが現れていることに気がつく。無いのものが出たのならたぶんこれであろうとふすまをスライドさせる。
白一色の部屋。壁も床も見えないが壁も床もあると何故か認識できる。部屋の中央寄りには中年とも初老ともつかないシルクハット、モノクル、杖、黒のスーツを着た男が目を伏せて立っていた。不思議と人の目を惹きつけるその男は二人の侵入者に気が付き、まず徳子をみて微笑み次に女エルフをみて微笑んだ。徳子はその顔をみて棒立ちになるが、女エルフは一歩踏み込んだ。
〔鍵をもって部屋に来たぞ。さぁ私をこの世界の神の座へと導け!〕
女エルフは露の持っていた黄褐色の鍵を掲げて男に叫ぶように念話する。男はその姿を見て少し驚き、そして笑いながら答える。
「そう、確かに鍵をもってここに来たなら神になる資格がある。そうかこの世界の神になりたいのだな。ならば我が導こう。銀の鍵に導かれしものよ。ワガ試練ヲ受ケテ神トナレ。」
男は流暢なエルフの母国語で語りかけた。エルフはその言葉を聞いてはっと鍵を見る。拾った時は黄褐色だと思っていた鍵が確かに銀色に見える気がする。
「その鍵を銀の秘鍵と思いましたね?誤認であろうと認識しましたね?ここに来たあなたは別世界の姿見ですかねぇ。まぁ構いませんよ?今、その鍵を通してあなたの魂を捉えました。理解られますか?では試練を与えましょう。」
エルフが戸惑いながら男を見たその時、周辺はごつごつした岩場へと変わった。男は背中から大きな麻袋を取り出し、ニコニコしながらエルフに差し出し渡した。それなりの大きさと重さのある袋を何故か素直に受け取ってしまったエルフは戸惑いながらも男を睨みつける。男は気にすることもなく杖の手持ちで袋を指しつつ告げる。
「試練自体は複雑なものではありません。安心してください。その中には9786個の二十面ダイスが入っています。それらすべてを袋から出し終えた時、すべての面が20であればあなたは晴れて神の座へ上り詰めるでしょう!」
仰々しいパフォーマンスを交えながら男はエルフに説明する。エルフはなんだそれはと疑り深い顔で男を見る。
「大丈夫ですよ。どんなに時間をかけても!その条件が達成できれば!私がアナタを神の座へと導きましょう。」
やはりオーバーリアクションをいれながらニヤニヤ話す姿がエルフには胡散臭くみえる。今、突っかかっていった所でどうにもならないのでエルフはとりあえず袋の中のダイスを見ることにした。様々な色と大きさ、材質の二十面ダイスが見受けられる。試しに一つ取り出して地面に落とす。7の目がでる。エルフは男を見上げて問う。
〔どんな方法でもよいのだな?〕
〔ええ、どんな方法でも構いませんよ。〕
エルフはニヤリと笑って、袋を軽く宙に浮かせて袋を細剣で切り裂く。ついでに男も斬るつもりで振り抜く。麻袋は切り裂かれダイスが宙を舞う。男はおどけた顔をして細剣をオーバーリアクションで避ける。ダイスがゴロゴロと地面に落ちて止まった後、7割ほどのダイスが20になっていた。エルフはにやにやしながら男を見る。男は驚いたように軽く拍手をするが、目の動きが小馬鹿にしているような感じであった。そんな姿にエルフはイラッとしながらも20になっていないダイスを細剣で小突いて20に変えていく。地味な作業を続けて、このままでいいのか?と挑発するように男を見るが、男はニヤニヤしているだけで杖をくるくるさせながらその様子を見ている。作業も大詰めになったころ、土煙と共に突風が吹いて作業が瞬間的に止まる。目を開けると多くのダイスの位置と目が変わってしまっている。エルフは男を睨むが、男は違う違うと首と手を振る。エルフは周囲に魔力があることを確認し、集中して周辺魔力を吸い上げる。そのまま細剣を振り上げ周囲に雑草を生やしてダイスを操る。またたくまにダイスは20に変わっていくが、ふと上空から黒いガーゴイルのようなものが三匹飛んできてダイスを持ち去って飛んでしまう。またエルフは男を睨むが、男は違う違うと首と手を振る。
〔『不測の事態』で無くなったダイスはどうすればいい?〕
エルフはイライラしながら男に問う。
「ダイスをリセットしたいと強く思えば、すべてのダイスは消えあなたの足元にはじめに渡した袋入りのダイスセットがでてきますよ。」
男は笑いをこらえるように答える。エルフはその姿にいらっとしながらもそう願うと確かにダイスは消え、足元に麻袋が現れる。エルフは袋を切り裂きダイスをばらまく。6割ほどが20になる。結果に苛立ち、ダイスをリセットしてまた切り裂く。しばらく繰り返して9割近くが20になった時、残りのダイスを雑草で操作しようとすると強度の地震が起こりダイスの目がばらばらになる。エルフが睨む前から男が手と首を振っている。そんな様子を見ながらエルフはどうすればダイスを整頓できるか考えていた。自分の能力ではすべてのダイスをいきなり20にすることは不可能であろうと。並び替えるにも妨害がはいる。と考えながら様々な手を試し、数々の妨害が発生し、男は笑いをこらえるように立っている。どれだけ時間がたったろうか、エルフはなぜこんなことをしているのだろうとダイスをころがし、整頓し、ばらばらにされる作業を繰り返し続けていた。もう彼女はなんの為にダイスを転がしていたかも、どんな方法でダイスを転がしていたか覚えていなかった。時折起こる地震のなか、彼女は黙々と20でないダイスを見つけては20に変更する手順を繰り返していた。
男は制御室で枯れた木に変化してしまっている女エルフをみて、狂ったような笑いをしていた。
「その辺にしておきなさいな、ナイア。」
入り口に立っていた徳子は男に向かってそう呼びかけた。ナイアと呼ばれた男はピタッと笑い声をやめ、くるりと振り返って帽子を取り深々と礼をした。
「管理者殿の帰還をお待ちしておりました。」
男は流暢な日本語で答えた。
「やめてよ。気持ち悪い。あなたそういうタイプじゃないでしょう?」
徳子は鳥肌を収めるかのような動作で二の腕を手でさする。男は杖を片手に両手でおどけたようなポーズをとる。
「待っていたのは本当ですけどねぇ。それにしても随分時間がかかったようで。」
「周辺世界の挨拶回りと根回しまで行ってきましたからね。」
徳子は軽く答えて、制御室に足を踏み入れる。かつて凪がやったように制御室内であらぬ所に手を動かし、ある程度作業をしてから満足そうに手を腰に当てる。
「さてどがいな手にしましょうかね。」
ナイアと呼ばれた男はその姿を見ながら正面でじっと佇んでいた。
1分前のこと・・・徳子は制御室に入ろうとした瞬間に別の真っ白な空間に移動していることにきがついた。境目もみえない空間であるがそれほど大きな部屋でないことだけはわかる。目の前には少し前に分かれた凪がいた。
「凪くん大丈夫でしたか。」
徳子は駆け寄って抱きとめる。凪はそれをそっと外して一歩さがる。徳子は不思議そうにその姿を見る。
「ここにいる我は徳子が会っていた我ではなくて、少し別の存在だと思っておいて欲しい。逆にここでこうして会ってしまったということはお主が会っていた凪はもういないということでもある。」
え?っと徳子は凪の顔を見る。凪は悲しそうな顔をして答える。
「今三界にいた我は少し特殊な存在でね。あれが滅ぶと我は存在意義の半分を失うことになる。細かい意味については徳子も直に理解できると思うので割愛させてもらうよ。」
徳子はなにか聞きたそうに口を動かそうとしたが、凪はそれを止めるように続ける。
「ここに最初に到着してしまった徳子には我らの後を継いでもらいたい。不本意であるとは思うけど、徳子の後に来ているのがアレなものでね。なるべく断らないでくれると助かる。」
凪は少し困ったような顔をして徳子に確認を取る。
「我ら・・なんですか?」
徳子は疑問をぶつける。凪はくすりと笑いながら答える。
「さり気なくそういう所に気がついてくれるのも非常に好みだよ。継いでほしいのはこの鬼人圏の管理者としての立場と記憶。厳密には我々、他の世界も含めて管理者というものには死や滅びがない。自ら動くことを放棄するまで何らかの影響を世界に与えるんだ。最も活動を放棄するということは世界の滅びを意味するのであまりよろしいことではない。他の連中はともかく我々鬼人圏の主種族は本来の寿命が短すぎるせいか、長期間じわじわすることに向いていないようでね。飽きると言ってもいいかな。とにかく活動に無気力になりがちなんだ。様々な世界を預かる身としてはそれはよろしくないということで度々主人格の交代をしているんだ。」
凪は徳子を見上げながら語りかける。淡々とした口調で語らられる説明は相手の理解してもらおうと思っていないようにも受け取れる。徳子はつばを飲み込んでじっと凪を見つめる。
「凪くんはもう世界の管理には飽いてしまったと?」
凪は困ったように頬を書きながら申し訳無さそうに答える。
「始めにもちらっと触れたけど今回は非常事態でね。今まで徳子が見てきたあの体を失うと、我の目的からすると続けている意味が無くなるというか、目標の維持が困難になるんだ。長期間による無気力とかではなく、世界間のルールによるものだね。」
「その割には道中随分とお気楽というか危機感がなかったというか。」
「それはなんとも言えないところがあるね。そういう性格なんだ。たぶんなんとかなるって。」
凪の答えになんとも言えないため息をつく徳子。
「徳子には随分手間をしてもらったとは思う。招請に引っかかったのはほんとに偶然ではあるけど、与えた力で十分に仕事は他はしてくれたよ。アレを見てから、君でもいいかな、と思ったんだろうね。」
凪はなにか思い出しているのか笑い出しそうなのを堪えている。徳子はその様子をみて不思議そうに確認する。
「さっき別人みたいなことゆうてましたけど道中の記憶があるんですか?」
「いや、会った時は知らなかった。今、話をしながら世界から吸い上げていたんだよ。」
そうでしたかと徳子は気をとりなおして立ち上がる。何もない天井を少しだけ眺め、少しだけよしと気合をいれて。
「それで。どうすればええんですか?引き継ぎ。」
凪は少し驚いたように徳子をみて、少しだけ笑う。
「相変わらずというか。さっぱりとした決断だね。まだほとんど説明してないのに。」
「どう聞いても『最初に到着』という話からすると断れなくなりそうでしたし。だったら話を聞いて怖くなる前にもうやってもらったほうがええかなーと。」
徳子はおどけて答えるが覚悟は決めているように凪は感じていた。
「ならその意思が変わる前に継承してもらうかな。説明するより知ってもらったほうが早いのもあるしね。では、後をよろしく頼むよ。できれば竜皇には寛容にしてやってほしい。」
凪は徳子に手をのばす。徳子は不思議そうな顔で凪の手を取る。
「我らのすべてを汝に。我らは汝を歓迎する。」
凪の体が急激に薄くなり光の粒子が徳子の手に吸い込まれるように集まる。一拍して徳子に締め付けるような激痛が全身を襲う。突然過ぎて倒れ込みのたうち回る。気を失いそうな激痛であるが、体に流れ込んできた『管理者達』の自我がそれをさせない。突貫作業での体の作り変えと基本知識の叩き込み。徳子はなんでこんな状況で理不尽なことをさせられると思いながら、時間がなくて許されないのかとその理不尽に耐えた。ずいぶん長く感じた10分間を激痛のまま過ごし、収まった体をのそりと起こす。
「時間加速17万倍とか急がなくてもいいじゃないっ。継承方法は痛くしなくてもいいけど伝統形式だからとかアホかっ。痛いの我慢損かっ。」
おもむろに手に出した紙束を地面に思いっきり叩きつけながら大声でツッコミ愚痴る。紙束は散り散りに飛んでいき霧散していく。徳子はひとしきり大声を上げてスッキリしたところで、もはや意味もなくなった息を整えて手紙を送った先へ挨拶回りに移動することにした。
世界の管理者は肉体的に死ぬことはありませんし精神的に死ぬこともほぼありませんが、自主的に何もしない考えないということをして擬似的な自死をすることはできます。代々の鬼人圏管理者は手詰まりになったりやる気が無くなったら考えの違う人ややる気のある人に丸投げすることにより管理者をリフレッシュしています。記憶や人格などもすべて継承されますが、引き出そうとしなければ出てくることはありません。ただ世界の事実を知ってしまうことで性格が歪んでしまったり悟って自暴自棄になるケースもあります。継承式で激痛を与えているのは継承の際に起こる性格の歪みの為に気をそらすためだったり、避けられない痛みがこれが最後になってしまう為の思い出作りみたいな意味があります。が、基本継承時にはわからないため迷惑にしか思わないでしょう。ただ、そのうち理解してしまうため、伝統になってしまっています。




