童話「意地悪な姉と魔法の鏡」
※童話を意識しているため特徴的な地の文になっています。
とある小国にエラという少女がいました。少女は真面目で大人しく、努力を欠かさない子どもでした。
そして、少女には意地悪な義姉がいました。義姉の名はエルルといい、毎日のようにエラにいやがらせをしていました。
例えば、エラがトイレを使っている時に電気を消したり、夕飯に具だくさんのスープを用意してエラのお皿に野菜が多くなるよう注いだり、エラが普段使いしている靴の底をずらしたりといったことをしていました。
エルルは非常に器用かつ聡明な人間で、さらに国の中でも一番美しい少女でした。将来は王子様と結婚するのではないかと噂される人物です。
今は亡き父親の連れ子としてやってきたエラには、エルルに逆らう力がありませんでした。
その日もエラは財布から紙幣を抜き取られ、同額の銅貨が詰め込まれるといういやがらせを受けました。これでもかというほど重くなった財布を手にしたエラは小さくため息を吐きます。
「ああ、魔法の鏡さん。私はお義姉様と仲良くなれないのでしょうか」
エラは自宅に置かれた「なんでも答えてくれる不思議な鏡」に向かって語りかけます。この家にはエラと意地悪な義姉しかおらず、エラの義母は魔法使いとしてお城で働いているため、めったに帰ってきません。
エラが気安く話しかけられるものは鏡しかなかったのです。
しかし、エラの言葉に鏡は反応しません。鏡はとても気まぐれな存在でした。
結局エラはどうすることもできず、重たくなった財布を持って買い物に出かけるのでした。
◆
「鏡よ鏡よ鏡さん。この世で最も美しい人は誰?」
エラが買い物に出かけたあと、義姉のエルルは鏡に問います。
『この世で最も美しい人はエルル様でございます』
エルルの問いに、魔法の鏡は日課となった決まり文句を返します。
エルルは金糸のように美しい髪をなびかせて深く頷きます。
「ええ、そうでしょう。やはり私こそがこの世で最も美しい」
『そして、エルル様は才智に富んでおられます。これ以上の人はいないでしょう』
鏡の言葉にエルルは高笑いをしました。
ご機嫌になったエルルは鏡に向かってたずねます。
「鏡よ鏡よ鏡さん。この貴なる私にふさわしい伴侶は誰かしら?」
エルルは想像します。世界一のお金持ちや、賢者と呼ばれる高名な魔法使い、そしてこの国の王子様を。
エルルにピッタリな人は一体誰なのか────魔法の鏡は答えます。
『エルル様にふさわしい伴侶は義妹君のエラ様でございます』
「なんですって!?」
エルルは驚きに目を見張ります。彼女は意地悪をしてしまうほどにエラのことが嫌いなはずです。
だというのに、魔法の鏡はエラの名前を挙げました。
エルルは怒って鏡に向かって叫びます。
「私は賢者様や王子様と結ばれるはずよ!」
『いいえ、エラ様しかありえません』
「そんなわけっ……」
エルルは言葉を抑えました。
魔法の鏡は嘘をついた試しがありません。鏡が言うのならば、それは本当のことなのでしょう。
「いいわ、私にふさわしいか試してくる」
エルルは踵を返すと、その場から立ち去っていきました。
◆
「エラ、ちょっといいかしら」
「なんでしょうか、お義姉様」
その日の夜、エラはエルルの部屋に呼び出されました。
エラの頭にはかつての情景が過ります。気に食わないからと手足を縛られ、延々と足の裏をくすぐられたあの日のことが。
「エラ、あのね……」
エルルはエラの姿をじっくり眺めた後、顔を赤くしました。いつもなら小言の一つでも飛んできそうなところですが、エルルは口をもごもごとさせています。
「と、とにかく私の隣に座りなさい」
エルルはポンポンとソファをたたいてエラを招きます。失礼しますと言葉を発したエラはエルルの隣に座りました。
しばらく沈黙が続いたころ、エルルは意を決したように口を開きました。
「何年も一緒に住んできて今更こういう事をきくのはおかしな話だけど……その、ご、ご趣味は……?」
エルルは緊張によってたどたどしくなってしまいます。
一方のエラはその質問に驚き、そして喜びました。
お義姉様が自分のことを知ろうとしてくださっているんだ、とエラは胸の前で手を合わせます。
しかし、そんなエラの様子に気が付いた意地悪な義姉は続けざまに言いました。
「別にエラと仲良くなろうと思ってるわけじゃないわよ! たまたま、偶然、気になっただけだから!」
「そんな……」
エルルの言葉にエラはショックを受けます。ショックを受けつつも、少女は答えます。
「私の趣味は読書です」
「そうなの? 私も本を読むことは好きよ。最近読んだものでは『三匹の白ヤギ』が特にオススメね」
「私もその本を読みました! 素敵なお話でしたよね!」
「エラ……!」
なんと、エルルとエラの趣味は共通していました。そして、好きな本の種類も同じだったのです。
エラとエルルは夜遅くまで趣味の話に熱中し、気が付けば肩を並べてソファで眠っていました。お互いの身体に頭を預けるその姿は傍から見れば仲のいい姉妹のそれです。
しかし翌朝、目覚めたエルルは「こんなはずじゃなかったのに!」と顔を赤くして叫んでいました。
◇
次の日、そしてその次の日もエラはエルルに呼び出しを受けていました。連日連夜、エルルはエラに質問をしました。
好きな食べ物の話をした次の日、エラの好物が夕食に出てきました。
着てみたい服の話をした次の日、エラのクローゼットにはその服がかけてありました。
エラはたいそう喜びました。エルルのもとへ飛んで行って、感謝の気持ちをあらわにします。
そんなエラを見たエルルは複雑そうな表情を浮かべました。
「この気持ちはそういうことなのね……」
エラにはその言葉の意味が分かりませんでしたが、悪いことではないのだろうと気にすることはありませんでした。
この時期を境に、エルルのいやがらせは無くなりました。
言葉数も少なかった姉妹の間には会話が生まれました。
そして、そんな生活が一月ほど続いたころ、彼女たちの母が久しぶりに帰宅するしらせが入りました。
すっかり打ち解けた姉妹は肩を並べて料理をしています。母の好物である特製スープのレシピを眺めるエルルは神妙な面持ちで頷きます。
「スープの具材にエラの苦手な野菜が入っているわ……あなたの取り皿には避けておきましょうか」
「お義姉様……」
「かわいい妹には美味しい料理を食べて欲しいもの」
以前のエルルならば絶対に言わないであろうことも平然と言ってのけます。
無事に料理を完成させた姉妹は帰ってきた母と共に食卓に着きます。料理の出来は素晴らしく、母は娘たちのことを手放しで褒めました。
食事を終えた母はエルルに向き合いました。
「エルルに結婚のお話があるの。お相手は王子様よ。返事は来月までにお願いね。お母さんも楽しみにしているわ」
母の言葉にエルルは何も言い返しませんでした。同席していたエラは驚くばかりで、あたふたとしてしまいます。
この日の夜、エラがエルルの部屋に招かれることはありませんでした。
◇
その日からエルルとエラの間には会話が少なくなりました。
エルルは日常的にため息を吐くようになり、エラが近づくと逃げるようにしてどこかへ行ってしまいます。
不安になったエラは魔法の鏡を頼りにしました。
「魔法の鏡さん、お義姉様はどうしてしまったのでしょう」
気まぐれな魔法の鏡はエラの質問に答えます。
『エルル様は悩んでおられます。果たして、王子様と結婚しても良いものかと』
「良いことではないのですか?」
『王子様と結婚することは良いことです。王子様はエルル様を幸せにしてくださるでしょう。しかし、エルル様には気がかりなことがあるのです』
エラは魔法の鏡の言葉に耳を傾けます。
『エルル様は、エラ様のことを愛していらっしゃるのです』
「お姉義様が私のことを……ですか?」
『エルル様は初めてエラ様と出会ったその時から心惹かれていらっしゃいました』
エラは鏡の話を聞いて思い出します。
初めて出会った時からエルルは意地悪な義姉でした。しかし、エラはエルルのことを嫌だと思ったことはありません。
なぜならば、エルルの根が優しい人だということを知っていたからです。
エラが雷に怯える夜は、エルルが寄り添って慰めてくれました。
エラの誕生日には、エルルが豪華な手作りケーキを用意してくれました。
エラが花瓶を割ってしまった時、エルルは真っ先に飛んできてケガがないか心配してくれました。
エルルは、いつもエラを大事に見守っていたのです。
そして、エラにとってエルルは憧れの人でありました。
『エルル様は最近になってようやくご自身の心を自覚されました。エラ様へのいやがらせがピタリと止んだのもそのせいです』
「そうだったのですね……」
『そして現在、エルル様は苦しんでおられます。自分が虐げてきた義妹に想いが伝えられず、王子様との結婚が迫っているのです』
「私はどうすればいいのでしょう……」
『エラ様の思うことをエルル様にぶつけてみてください。そうすればすべて上手くいきます』
「わかりました!」
エラは魔法の鏡に深く頭を下げてお礼をし、エルルのもとへ向かいました。
残された魔法の鏡は可笑しそうにクスクスと笑っていました。
◆
エラがエルルの部屋の扉をノックすると、中から疲れたような声が返ってきました。エラは部屋の中に入ります。
ソファに座っていたエルルは泣きそうな顔で義妹を見つめました。
「エルルお義姉様にお話があります」
エラはそう言ってエルルの隣に座りました。数回ほど深呼吸をしたエラはエルルの手を取って話を切り出しました。
「私はお義姉様と王子様の結婚に反対します!」
エラの言葉を聞いたエルルはハッと息を呑みました。
「私には愛とか恋とかよくわかりません。でも、お義姉様のことは大好きです。お義姉様が王子様と結婚するかもしれないって聞いた時、胸の奥がチクチクしました」
エラはエルルの手を自分の胸元に当てます。トクトクと動くエラの心音がエルルにも伝わります。
「私はお義姉様と一緒にいたいです」
「エラ……!」
エラの話を聞き終えたエルルはとうとう泣き出してしまいました。悲しくて泣いているのではなく、嬉しくて泣いているのです。
「わたしもっ、ずっとずっとエラと一緒がいい!」
エルルは叫びます。エラに伝えられなかった想いがあふれ出します。
「本当はね、エラのことが大好きだったの。それが分からなくて、かまってほしくて意地悪なこともいっぱいしてきた。でも、最近になってやっとそれが『好きの裏返し』だったって気づいたの。本気でエラのことが好きなのっ!」
エルルの想いはエラに突き刺さりました。エラもつられて目に涙を浮かべます。
わんわんと大声をあげて泣きじゃくった二人は、そのまま泣き疲れていつの間にか眠ってしまったのでした。
その後、エルルが「王子様とは結婚しない」という話をすると母はあっさりと受け入れました。
「わかったわ。王様にはお母さんから話を通しておくね」
エラとエルルは手を取り合って喜びました。これで二人をはばむものは何もありません。
その様子を見ていた姉妹の母は可笑しそうにクスクスと笑っていました。
◇
とある小国にエラとエルルという姉妹がいました。二人の間に血のつながりはありませんが、二人はいついかなる時も共に過ごし、実の姉妹よりも深い関係で結ばれていました。
「鏡よ鏡よ鏡さん。私たちの未来は素敵なものかしら?」
エルルの問いに対して魔法の鏡は反応しません。エルルとエラが結ばれたあの日から魔法の鏡は役目を終えたと言わんばかりに動かなくなってしまったのです。
「お義姉様、私たちの未来は明るいに決まっています」
「そうね、聞くまでもないことだったわ」
エラの笑顔に、エルルもまた笑顔を返します。
エルルとエラはその言葉通りに、いつまでも幸せに暮らしましたとさ。
魔法の鏡の正体は……