森の防壁
ハハハ、と大きな笑い声が会議室に響いた。
「公爵?」
カイザルがラヴィダルにどうされました、と聞いてくる。
「聞いたか?オリビアの言葉を。」
はい、とカイザルが返事する。
「小娘一人が何を出来るというのでしょう?」
クラークスも返事をしてくる。
「そうではない。
オリビアは、この公爵領を守る、と言ったのだ。
領民を守る、と言ったのだ。」
ラヴィダルが嬉しそうに笑う。
オリビアは僕を守ろうとしてくれている。
クラークスも苦笑いを始めた。
「確かに。
あの人間の小娘は、案外、得難い人物かもしれませんな。
だが、何もできませんよ。」
クラークスの予想は外れる。
何も出来ないオリビアではなかった。
「アキル!」
すぐにやって来たアキルにオリビアは指示をする。
「なりません!そんな危険な!」
側で聞いていたミモザはオリビアを止めようとするが、止まるオリビアではない。
「私の力じゃどうすることもできないけど、わざと捕まって軍の司令官をなんとかすれば!」
なんとかって、どうするんですか!?
ミモザの声にならない悲鳴があがる。
「ミモザは危ないから、城から出ちゃだめよ。」
オリビアが部屋に戻って来てから、出るまで数分。
「どこまでも付いて行きます!」
ミモザが後を追いかける。
オリビアとミモザを背に乗せ、アキルが城から飛び出した。
チッと舌打ちをして、ラヴィダルが会議室を出ようとする。
「オリビアが城を飛び出した。」
「公爵お待ちください。
今のオリビア様はとまりません。
まずは防御の魔法をかけた方がいいです。」
熊の族長がラヴィダルを止めた。
「もちろんだ。」
ラヴィダルは、オリビアとミモザ、アキルに防御をかける。
ラヴィダルの魔力は大きいが、公爵領の中だから離れていてもオリビアに魔法をかけられる、ということを失念していた。
まさか、オリビアが公爵領を出るとは思っていなかった。
「100年に一度の赤い満月の夜に生まれた娘。
特別な力があるのでは、と怖れる人もいた。奇異な目で見られる事もあったの。
でも、私は普通の人間で、特別なことなどない。
侯爵家に生まれて、それは幸運だったわ。家族が大事にしてくれたから。
もし、特別があるとしたら、ラヴィ様の奥さんに成れた事よ。」
ふふふ、と結婚式の夜、ラヴィダルの腕の中でオリビアが言った言葉をラヴィダルは思い出す。
君は特別だよ。
花嫁として、ここに来た事も。
今だって、君の行動力は特別だ。だが、君には特別な能力はない、それが心配なんだ。
オリビアは、森の燃える姿を見ていた。
木が悲鳴をあげるのが聞こえるようだ。
生木が、クプクプと鈍い煙を上げて、蒸し焼きになった後、大きな火をあげて倒れた。
「ひどい。」
オリビアには、魔物の森の木を感じる魔力はない。それでもわかるのだ。
木が怒っている。
燃やされた仲間を悲しんでいる。
「ごめんなさい、助けてあげれなくて。」
広範囲にわたり火が燃えている。
すでに炭になった森の中を歩いていて国境に向かう。
トカゲの姿のアキルでは、腹の部分に余熱がこもってしまうのだ。
それだけではない、煙の匂いはアキルが身に付けていた草の匂いも消してしまっていた。
ラヴィダルの防御の魔法がかかっているので、危険の多くを削除できるが、魔物の森は想像以上に危険である。
「ミモザ、あの黒いかたまりは?」
「オリビア様、先ほどお渡ししました草はお持ちですか?」
「ええ、匂袋に入れて渡されたままよ。」
ほら、とオリビアが匂袋を取り出す。
焼けてしまった森の中に、黒い塊がいくつか転がっていた。
「オリビア様、見られない方がいいです。
あれは、ウェザラードの先見部隊でしょう。
この森には、特別な木がはえていて、その木を巣にする蟻がいるのです。
とても狂暴で、動く物はなんでも襲います。」
それって、あの黒い塊は、ウェザラードの先見部隊で、蟻の大群に襲われたということ?
ぞっとしながらオリビアがミモザを見ると、頷く。
「大丈夫です。あの蟻は行動範囲が狭く、巣から遠く離れられないのです。それから、苦手な草がありまして、先程お渡しした袋にはその草が入ってます。
公爵領の中の町には周りにその草が植えられてます。」
「先日、お会いされた商人などには、町を出るときに次回持ってくる手形を渡しております。
その草の繊維で作った手形で、馬車の馬の首にぶら下げるようになってます。」
アキルが補足の説明をしてくれる。
魔物の森に入れない理由の一つがこれなのだろう。
「他の国境近くには、有毒ガスを地表の割れ目から発生する場所もあります。」
アキルの言葉で、魔物の森と呼ばれる由縁を知る。
他者の侵入を森自体が防いでいたのだ。
「それでは、森を焼いたら侵入されてしまうわ。」
オリビアが焼けた森の中を国境に向かって進む。
「蟻は木と共に燃えたものが多くいるでしょう。
蟻の居なくなった地域には、他の場所から蟻が来ます。
新しい住みかを作るために、大量の餌を必要とします。
その為に、巨体化したものが現れます。あのように。」
そう言ってアキルが指差す先にいたのは、猫程の大きさの蟻の大群だ。
「大丈夫です、草のある我々は襲われません。」
アキルは何でもないように言うが、オリビアは驚きで目がそらせない。
はい、そうですか、と安心できるはずないでしょ!




