ウェザラード王家
アキルの背に乗り、城を出ていくツェール王子を尖塔から眺めながら、ラヴィダルは呟いた。
「オリー、君に害なす者はいらない。」
アキルに森の出口まで連れて来られたツェールは、馬に乗り換えてウェザラード王都に向かった。
ツェールが城に戻ると大騒ぎであった。
先にヤイ司令官の指揮で軍が帰還したはずだが、それとは違うようだ。
急いで王の執務室に行くと、そこにいたのは兄の王太子メイソンだ。
「ツェール、無事だったか、敗戦の事はヤイから聞いている。」
厳しい顔つきだったメイソンが頬を弛める。
「兄上、申し訳ありません。力が及びませんでした。」
「いや、わかっていた。お前が生きて戻れただけで十分だ。
陛下は勝利すると思っていたようだったが。」
座れ、とメイソンはツェールに椅子を指した。
秘書官がお茶を淹れると全員に退室させ、王の執務室にはメイソン王太子とツェール王子の二人になった。
「王が身罷られた。」
メイソンの言葉に、ツェールは立ちあがった。
「座れ。」
「ヤイが帰還する前だ。
ここに突然、男が現れた。
ヤイが戻って来て、敗戦の報告を受けた時に分かったよ。
ヤイのテントに突然現れた男と同じだろう。
ブルダイザー公爵ラヴィダル。」
メイソンの顔には深い影ができている、寝ていないのだろう。
「何故に公爵が陛下の前に?」
王が亡くなったことと、公爵の出現が無関係のはずがない。ツェールが公爵の城を発ってから2日。
その間に公爵がウェザラードに来たという事だ。
「男は何も言わず、手を前に出した途端、陛下が血を吹いて倒れた。
私が駆け寄った時には、すでに息はなく、男は消え去った、霧のように。」
それは大騒ぎになるだろう、とツェールでなくともわかる。
「その騒ぎの中にヤイ司令官と軍が帰還し、敗戦報告は私が受けた。
それで、全てわかったのだ。
進軍させた王への報復であったと。」
ふー、とメイソンが椅子に深く腰掛ける。
「どのみち・・」
「兄上。」
「お前もわかっていただろう?
王はお年をめされた。判断があまくなってきていた。
ブリダーザー公爵領に軍を向けるなど、最初から間違っていた。
鉄鉱山が欲しい、だから進軍する、では敗戦するのはわかっていた。
お前は、戻って来れない覚悟で向かったのだろう?
戦が長引くようなら、私が王を弑するとさえ、思っていた。
お前が覚悟したように、私も覚悟していた。」
ツェールは兄の足元に跪き、臣下の礼を取る。
「聡明な兄上は、すでに王であらせられます。
兄上に報告すべきことがあります。」
メイソンも、捕虜として連れ去られたと聞いたツェールが、簡単に戻ってきたとは思えなかった。
カチャン、メイソンが紅茶の入ったカップをソーサーに置いた。
部屋は一瞬静寂に包まれた。
「そうか。」
「はい。」
ツェールは、公爵城での全てをメイソンに話した。
「世界征服か、すごいな。
さすが赤い満月の乙女、というべきか。
違うな、赤い満月の乙女という忌み嫌われる存在でありながら、気高く育った姫ならばこそ、強いのだな。」
ははは、とメイソンの口から笑いがもれる。
「私も会ってみたいな。」
「止めた方がいいです。魅了されますから。」
「お前もか?」
「はい、恋愛ということではありません。
世界征服したら、公爵が魔王になるのではなく、彼女が君臨するだろうと思うぐらいです。
彼女は普通の令嬢のようですが、力がないのに行動するから、助けてやりたくなるのです。」
「僕の全て、凄いな。男にそう言わせる女か。」
「獣人との共存か。
それは是非とも実現したいが、人間との摩擦があるだろうな。
だが、そこには我々の血のルーツもあるのだろう。」
「兄上、獣人が、」
ツェールが言葉を止める、扉を叩く音がしたからだ。
人払いをしているのに、知らせねばならない事ができたということだろう。
「入れ。」
メイソン王太子の顔はもう笑っていない。
入ってきたのは、王太子の秘書官だ。手に報告書を持っている。
「カルデアラ王国より連絡が入りました。
王太子シモンが亡くなったようです。」
「なんだって!」
メイソンもツェールもそう言いながら、やはりな、と思っている。
「公にはなっておりませんが、王太子は娼館で亡くなったようです。
一緒にいた娼婦は半狂乱で、男が現れたと言っていたようですが、娼館に不審な男の出入りはありません。」
「わかった、下がれ。
陛下の国葬の日程は明日だ。国民にふれを出せ。」
扉が閉まるのを確認して、メイソンが言葉を出す。
「ツェール、さて、お前がカルデアラ王になる策を練ろうではないか。
継承権だけでは手に入らない。」
王太子シモンに継ぐ第2位は、カルデアラ王の姉でゲイハン国王の第2妃の息子セバス・ゲイハン。3位がメイソン、4位がツェール。
セバスは、ゲイハン王国の第3王子であるが、獣人の特徴が強くでており、魔力も強い。
「セバスは次期ゲイハン国王に成ってもらおう。彼も獣人との共存は興味深いだろう。」
メイソンは、セバスに連絡する為に書簡を書き始める。
ウェザラード王国、カルデアラ王国が後ろ盾になれば、不可能ではない。
「継承権が低くとも、他国からではなく、自国貴族からとの意見もでるだろう。
どうやって黙らせようか。」
兄弟だけの話し合いは、夜が明けるまで続いた。




