魔物の森
死にたがりの吸血鬼に、生きる希望を与えるべくオリビアが頑張ります。
楽しく読んでくださると嬉しいです。
100年に一度の特別な満月に生まれた娘は、18歳の誕生日に、どの国よりも広い魔物の森を治めるブルダイザー公爵に嫁ぐ事が決められている。
誰も姿を見た事がない公爵。
過去の花嫁達は、その後、姿を見かけることはなかった。
公爵家に嫁ぐ、生贄の花嫁とまで言われるようになった。
100年に一度の赤い満月の夜に生まれた娘は、17歳になると、全員の家に通達が届けられ、その中から花嫁を一人選ぶことになる。
中には、生まれた日をずらして届けていた家もあったが、魔物の森を怖れて、どこからか情報がはいった。
オリビア・ネーデル侯爵令嬢もその一人だった。
侯爵家では、ただ一人の娘と大事に育てられたが、オリビア自身が王に申し出て、ブルダイザー公爵の花嫁に決まった。
オリビアは王太子の花嫁候補にも挙がっていたので、ネーデル侯爵の悲嘆は大きなものだったのだ。
赤い満月の夜から18年目の日、オリビアは豪華な馬車で魔物の森に来た。
森の境目で馬車を降りると、警護の者も連れず、一人で森の中に入る決まりになっている。
森の入口に、一歩踏み出したオリビアは、不思議な感覚を感じていた。
枯れ葉を踏んでいるのに音がしない。
そのまま進むと、枯れ葉の道は動きだした。
あわてて座り込んだオリビアは、目を疑った。
道は大きな蛇となり、手足が出て来てトカゲとなった。オリビアを乗せたまま走り出すと、怖ろしい程のスピードで疾走した。
オリビアは振り落とされないように、大トカゲの首にしがみつこうとして、手綱があるのに気がついた。
急いで手綱を握ったが、魔物を見たのも乗ったのも初めてだ。
やがて、大きな古い城の前でトカゲは止まった。
そこには、若い男性が立っていた。
「驚いた。
コイツの迎えで、振り落とされないで、意識があったのは初めてだ。」
オリビアは、トカゲから降りても感覚がもどらないのか、ふらふらと歩いた。
近づくと、その男性の美貌に驚くが、先に手が出た。
パーン、平手が男の顔にとんだ。
「人を殴ったのは初めてよ!!謝りなさいよ!」
殴ったオリビアが怒っている。
男は頬を手で押さえて茫然としている。
「ちょっと、ごめんなさい、は!?」
オリビアの気迫に押されたのか、
「え、ごねんね?」
疑問詞付きだが、謝りの言葉を口にする。
ふー、と息を吐いて、オリビアが自分の名前を言った。
「迎えに寄越すには、危ない乗り物だわ。
私は、オリビア・ネーデル。ネーデル侯爵の娘よ。
貴方は?」
「僕は、ラヴィダル・ブリダイザー。この森を治めている。
君が今度の花嫁か?」
仕立てのいい豪華な衣装のブリダイザー公爵は、オリビアの手をとった。
「今度の?
前の花嫁は100年前でしょう?知っているの?」
少し落ち着いてきたオリビアが尋ねる。
「知っているが、知らないな。
100年前も、その前も、僕は花嫁を迎える準備をしたが、僕の元に辿り着いた花嫁は、君が300年ぶりだ。
300年前の花嫁もすぐに逃げたけどね。」
いったいどれぐらい生きているんだろう、と純粋な疑問がオリビアにうかぶ。
「公爵は、人間に見えるけど、人間ではないの?」
「僕は吸血鬼だ。」
あまりの驚きに言葉も出せないでいると、
「驚かなかった令嬢は初めてだ。」
と言う。
「どこが!?
十分驚いてるわ!驚きの連続よ!」
叫んだオリビアは間違っていない。
ただ、その後が、今までの令嬢とは違うのだろう。
「血を吸うときは、あまり痛くないようにお願いします。」
そう言ったのだ。
「気を付けるよ。」
答える方も、どうかと思うような返事である。
ラヴィダルが、オリビアの手の甲にキスをする仕草は完璧な貴公子である。
「私、初めての事ばかりで、戸惑っているの。」
「奇遇だな。僕もだ。」
二人目を合わせて笑い合う。
「笑ったのは、久しぶりだ。」
ラヴィダルがそう言えば、オリビアはラヴィダルの頬に手を当てる。
「殴ってごめんなさい。
余りに怖い乗り物で、バカにされていると思ってしまったの。」
「いや、試した僕が悪い。」
「わかってしたのなら、貴方が悪いわね。」
ふふん、とオリビアが笑う。
「君は変わった人間だね。」
「でしょう?
100年に一度の赤い満月に生まれましたから。」
人々に嫌がられる忌避の日を、楽しそうに言うオリビア。
「よろしく僕の奥さん。」
ラヴィダルは、オリビアの手を自分の腕にまわすと、城の中に入って行った。