ゆめのひと
~n+2日目~
夢から覚めてすぐのぽわぽわした頭を紅茶で何とか少し醒まし、何となく窓の外を眺めてふと気付く。
「あぁ、会えなかったのか」
あれほど気にしていたにも関わらず、彼女が私の夢に現れることはなかった。
そしてその悲しさとは別にあれほど忘れてはいけない気がしていたはずなのにもう既に彼女が記憶から消えつつあることへの悲しさが私を襲っていた。
その悲しさにどうも耐えきれず「あぁ夢の貴女へ……」と呟き、それに続けて気の利いた言葉を言おうとしたが醒めきらない頭からはそれ以上は出てこなかった。
その日はまさしくとるもの手につかず、といった感じでどうも落ち着かない自分が昼食のかけうどん(160円)一啜りまで居座っていた。
この頃になると夢の具体的な記憶はほとんど消えてしまい「女性が夢に出てきたがその女性を忘れてはいけない気がする」という部分しかさっと思い出せなかった。
つくづく人間の夢に関する記憶がこうも弱いものか、と痛感する。手がかりすらどんどん記憶から消えている。
このまま彼女はまた私の記憶から消えていってしまうのかもしれないと考えると得体の知れない恐怖に心がつぶされそうだった。
そして彼女がうどんに掛けた七味の香りに圧されて消えてしまいそうな自分の残念さに苦笑もした。昔から「百年の恋患いより一食の食い患い」って言うから仕方ない。今考えた言葉である。意味は……色気より食い気みたいな感じでいいのではないだろうか。
呑気につゆを飲み干し、身体も暖まり、改めて彼女の事を思い返してみる。確か夢の中で私はあの坂を登り神社の近くの路地を通って彼女の家に慣れた様子で入っていく。そして畳にどっかりと座り……そこにいた彼女に「何か」を言ったはずなのである。そして彼女も何か返答を返し、そっと笑っていたはずなのである。顔はもやが掛かったかのように見えなかったが確かに微笑んでいたはずである。ここまで振り返ってみて自分のおぼろ気な夢の記憶が果たして正しいのか全く自信が持てない。
考えても分かることではないという事はわかっている。しかし彼女を忘れ去るということがどうにも気掛かりで仕方がない。普段ならさっと諦める私もこの事に関してはどうも諦めが悪かった。
午後4時、一日の用事が全て終わり、荷物をまとめてさっさと駅に向かう。別に早く家に帰りたいわけではないので、本屋にでも寄って新刊のチェックでもしよう。
そんな事を考えていると快速電車がホームに滑り込んでくる。まだ帰宅ラッシュには早いらしく空いている。座れるなら座っておいて創作の続きでも書こう。まだ春についての創作ができていない。
一応何となく思い付いた物語はある。ピアノの好きな女の子と絵の好きな女の子の不思議な友情物語。ホワイトボード使って計算してたら思い付いた。
「書くか」
ふふ、いいのか、ボックスシートががら空きだぜ。これなら落ち着いて書けそうである。
電車は何両か編成でこの駅からその駅へ。途中はあの駅に停まったり停まらなかったりします。
最寄り駅に停車。降り口はホームのある方です。
「もう着いたのか、早いな」
いい所なのでもう少し書きたいし、どこかカフェにでも行ってのんびり書こうかな。
ぴんぽん、ご注文は。
「アイスコーヒーとモンブランのセット、コーヒーは甘み抜きなしで」
店内は薄型のパソコン、参考書、話題など色んなものが広げられていた。
私もルーズリーフと筆箱とスマホを広げる。メニューは畳んでおこう。
さて、ここからどう続けよう。大まかな筋は決まっているのだが細かい発言や描写がまだ甘い気もする。その辺りを少し詰めていこう。
しばらくの間。
私はひたすら自分のボキャブラリーと登場人物のボキャブラリーで対話を繰り返す。
そして店員さんのお待たせしましたの声でやっと顔を上げ、店員さんに「どうも」と返す。
「よし、一旦休憩だ」
そう自分に言ってコーヒーをくっと一口飲む。
「うむ、苦いが美味い」
私は苦いものはあまり戴かないのだが、たまに専門店や喫茶店などで飲むコーヒーは何故か好きだった。この金属製のマグも唇に心地よい冷たさを伝えてくれる。それに予め加えてある甘みも香りや味を引き立てている気がする。
……食レポをやっている場合ではないかな。しかし最後の締めは決まったがそこに向かわせるための会話やシーンが決定的に足らない。言うなれば『ご都合主義感』だろうか。結が弱い。
何となく思いついた文を入れては消したりする。そんな事を繰り返しているうちに何が書きたくなったか忘れてしまった気がする。あっ、このモンブラン美味しい。
落ち着いて書きたいことをルーズリーフに書きなおす。これはコーヒーとモンブランだけでは書ききれない気がするけど夕食も食べるし、これ以上は控えておこう。体重も増えちゃう。
「あっ」
突然いい繋ぎ方を思いついた。やっぱり甘いものは正義なり。この勢いで店を出る前に書き終えねば。
ぴんぽん!モンブランとあとお冷追加でお願いします!
やっぱり食ってるじゃないか。明日から甘いもの控える。
~音を失った私に君は音をくれた。
悪意の音に汚されたときは君の音で綺麗にしてくれた。
だから私も君が何も色を失ったら私が色を創って君に私の色をあげる。
悪意の色で何も見えなくなったら私の色で君を綺麗に染めてあげる。
君の『音』と私の『色』。
二人だけの『音色』を創ろう。
強い君へ弱い私からのお返し。
はじまり
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「……おかしい、書き上がったのはいいがガチガチの共依存になった」
これではまた創作仲間に「いい加減普通の友情とか恋愛を書け」と言われそうである。仕方ないじゃん、まともな友人も恋人もほぼいないんだから。愛と鍵盤はちょっと重い方がいいって聞いたことあるぞ。
まぁ何はともあれ投稿しよう、これで行き詰まっていた春の創作を上げて元の連載の新話の展開で行き詰まることができる。あれ?何かおかしくない?
「投稿しましたっと。これで春創作は一旦終了だな」
さて、会計して自転車押して帰ろう。ついでに自分へのご褒美買おうかな。まだ食べる気か私。
帰り道、何故か重い足を少しずつ進めていると不意に足が止まる。
「夜桜、か」
私はそれ以上の感想は抱かず、何となく一枝の写真を大きく撮り、また自転車を押していくのであった。
何となく原稿を完成させればこの桜も違って見えるだろうかと足を止めてみたがやはり私には桜は大きすぎるようであった。
~n+k日目~
あれから彼女は夢に出ない。そして私の記憶からも消えそうになっている。
それが夢のせいか私の記憶力のせいなのか、はたまた何者かによる記憶操作か。
その真相はよく分からないが、願わくばこの春の朝の暖かな陽射しを浴びている間は彼女の影が頭に焼き付いてくれている事を祈りながら、私は今日も文を書き連ねる。
貴女が夢に出たその日から
貴女と再び会える日を
私は毎朝目覚める度に
私は夢に見たいです
貴女を再び忘れる事は
ゆめゆめないと誓いましょう
ボツ。これは……その、私の心だけにしまっておこう。
終
まず最初にここまで読んでいただきありがとうございました。
はじめにこの物語を書くにあたって(許可を得て)モデルにさせてもらった方にはこの後書きという場で感謝を申し上げます。出演料も要求されていたので本人には今度モンブランでも奢ります。
次に今回の作風ですが、私らしいけど今までの私に少なかった「軽み」などをメインにおいて執筆させていただきました。その辺りが上手く描写できていれば嬉しいです。
最後にですがこの作品は私の主宰する創作団体Glasses projectの春期企画、「グラプロ春色祭2019」への参加作品でもあります。
Twitter(@Glasses_project)にて他の投稿作品などにも飛べますので是非ご覧ください。
後書きが長くなりましたがありがとうございました。




