桜の樹は学校に通うか?
~n日目~
「春といえば」とまで書いて筆が止まる。
これが本当に筆の止まりなら幾分か知的ではあるがスマートフォンを触る指が止まっただけである。内容も友人との他愛のない平和な世間話である。
あぁ、でも先ほどの「進捗どうですか」の一言には心中穏やかではなかった。進捗が良いなら中身のない馬鹿話をダラダラ続けていない。
その日はどうも会話の方も気の利いた冗談が思い浮かばず、次第に返信も遅れてきた。私は「出掛ける用事ができてしまった」とわかりやすい嘘をついてそのアプリを閉じ、SNSで現代的な情報の奔流をただひたすらに眺めていた。
午後3時、私は何もしていない事への焦燥感から皺だらけの上着を雑に羽織り散歩に出掛ける。特にあてもないが近くの自販機まで歩いてどこの社製かもわからない安い紅茶でも買おう。そして公園のベンチで続きを考えよう。
ちゃりん。がしゃ。ぷしゅ。
「……芋の葉の香り」
でも不味くはなかったのでまぁ良し。
しかし春といえば何だろう、桜か、入学式か、はたまた芽吹きか。啓蟄は確か三月だったか。ある程度、春に関する言葉は出るがそこからどう広げるかが思い付かない。
例えば桜で考えよう。
桜の木の下には……と来れば何かが埋まっている。
桜の木の下で……と来れば告白をする。
桜の木に……と来れば薬剤散布。
いや、最後は文章にするのはやめておこう。風情もへったくれもない。
その後しばらくこんな事を繰り返していたが、結局のところ続きは全く浮かばず、ただ散歩をして安い紅茶を飲んで帰宅しただけだった。
「春過ぎて 外で遊べよ 子供たち」
ボツ。
~n+1日目~
奇妙な夢を見た。
顔にもやが掛かったような女性が私の隣でふふっと笑っている。
しかし私は彼女が誰なのかわからない。
しかし私は彼女を確かに知っているはずである。
彼女の家は……確かあの坂をどんどん登り、神社の脇を抜けて……そこからどこかの路地に入った処の行き止まりだったはずである。
私は夢の中、彼女に何かを話し、何かを聞いた。
その何かを覚えていないという事は夢から覚めてから1時間ほど経った朝食後、紅茶を啜っている時の振り返りで気付いた。
彼女は誰なのだろうか。そんな疑問は昼食時まで続いていた。普段なら夢は夢、と割り切る私だったがその女性だけはどうにも頭から離れず、ついに私はスマートフォンのロックを外し、メモ帳のアプリを立ち上げ
「神社の近くにある家」「思い出せない顔」
と打ち込み、最後に「好きだったのかもしれない」と打ち込んで少し恥ずかしくなり、スマートフォンを布団に放り投げた。
時刻は午後4時をまわり、昨日の繰り返し、今日一日何もしていないことへの焦燥感が募っていた頃、友人から連絡が来た。
「今から川辺の桜を見に行かないか」と言われた。
私は久々の友人の誘いに心躍らせ、すぐに行くという返事をしてさっとジャケットを羽織り、自転車を走らせた。
友人は帰りの足の波に逆らうかのように時計台の下に立っていた。春らしい暖色の上着をふんわりと着こなしていて周囲の黒い波がその暖かみをより一層引き立てているようだった。
「待たせた」
「行こうか」
友人は女性であるが無駄話の少ないタイプの人であった。そもそも気の置けない人とすら無駄話をするという行為が煩わしいらしい。周囲のお喋りな女性とはどのようにコミュニケーションをとっているのか気になるものである。
沈黙の中少し歩き、明後日の方向を向きながら友人は口を開いた。
「そういえば桜の開花日の予測の仕組み、知ってる?」
「確か最高気温の累積や平均気温の累積、公式もあったな」
私がそう言うと悔しそうな笑いを浮かべ、
「つまらないなぁ、全部知ってるんだから」と返してくる。
そして今度は私が
「……ではソメイヨシノは何と何の交配雑種か」と聞いてみる。
すると友人は考える素振りもなく
「えーと、エドヒガンとオオシマザクラだね」とさらっと返してくる。
「……つまらないな、全部知ってるから」
「それは仕返しなの?」
そう言ってくる友人に私はからかうように
「さぁね」とだけ返した。
桜並木の通りは花冷えのせいか人は少なく、桜もまだ八分咲きといった感じであった。時刻も夜の訪れ頃となり辺りはだんだん暗くなっていた。花見には早かったようで人通りも少ない。そのせいか友人と私も段々口数が減ってきた。
何となく空気が重くなった時に先に口を開いたのは友人だった。
「今、思い付いたんだけど、苦しい春と書いて苦春、くしゅんと読むのはどうかな」
「花粉の季節らしくてピッタリ、面白い」
二人して風情やら感性やらが抜けている気のする会話である。しかし重くなりかけていた空気も少しは軽くなった。
「さて、ご飯でも行こうか、創作の話も聞きたいし」
「そうしよう」
桜を見たという実感はほぼ無かった。
「たまには私もお酒を呑もうかな」
「この前みたいに帰れなくなるまでってのはナシな」
私も友人もアルコールには弱くはないがそこまで強い方でもない。
乾杯。
「そういえば不思議な夢を見た」
友人はメニューとにらめっこしながら耳だけ傾けている。
「夢の中に女性が出てきた、ただ誰かはわからないが忘れてはいけない気がする」
「おっ、浮気かな、これは泣いちゃいそう、タレ」
「付き合ってねぇだろ……そもそもお前彼女いるだろ、同じくタレ、飲み物は」
「でも何だかSFっぽいね、皆の記憶から消えてしまった存在、ロマンがありそう、一旦クールダウン」
「何か凄く見覚えのあるような姿……いや、顔は見えなかったが……うん」
ぴんぽん。ご注文は。
「ハツをタレで2つ、あとシャンディガフをお願いします」
夢の話をしながら追加注文完了。塩かタレかの論争は起きなかった。
「で……夢に出た女の子が塩対応ってタレコミがあったと」
「まぁ見事に身が焦がれるほどトリコになってしまってな……あの女性は何者だったのか……」
また始まったよ我々の悪い癖。片方がボケると延々とボケてしまう。
「考えても仕方ないよ……夢でもう一度会えることを願うしかないんじゃないかな」
「それだな」
「その顔で生娘みたいな恋煩いなんて笑える」
よし、お褒めにあずかったことだ。今夜の飲み代は全額お前に払わせてさしあげよう。
「……でその時に私は言ったんだ。「作者のお前の次に作品を熟読しているのは間違いなく俺だ」って」
「物書きなら惚れるな」
宴もたけなわ、友人と私は趣味の話に花を咲かしていた。友人はお酒も回ってきたらしい。
「ふぅ、もうラストオーダーらしいし出ようか」
「そうだな」
「私ぃ、もう酔っちゃったぁ」
「そういう事は彼女さんにやれ」
「ビール並みにスーパードライ!?」
以上、友人の本日一番面白かった発言でした。
~n+1日目延長戦~
友人を駅に送ると時刻は0時を回っていた。完全に門限オーバーである。本当ならばすぐさま自転車を走らせ帰宅したいのだが飲酒運転でしょっ引かれるのはごめんである。
「大人しく押すしかない」
そこまで家は遠くはないがこれでは帰っている間に酔いが醒めてしまいそうである。かといってこれ以上呑む気にもなれない。でも一応水は買っておくか。
……
「あの女性は誰だったのだろう」
肌寒さに酔いきれない感触が何とも心地悪い帰路であった。
「頬染めて 背の順二列の 並木道」
少なくとも友人には受けたけど何となくボツ。
この物語は長くなりそう……春色祭終わるまでに書き上がるんですかねぇ……




