第9話 あの、僕、決めました
このお話で完結です。
どうぞよろしくお願いします!(* ̄▽ ̄)ノ
最後まで少しでもお楽しみいただけたら嬉しいです!
「さぁてと、何作るんだ?」
「そうだなぁ」
浅葱とカロムは冷暗庫と食材庫を隈無く見渡す。
「もし足りないものがあれば、俺が馬走らすぜ。ぱっと買って来るからよ」
「そうだね。それはカロムにお任せした方が良さそう。僕は馬車どころかひとりで馬にも乗れないからなぁ」
浅葱が少し沈むと、カロムが「はは」と笑って浅葱の背を軽く叩く。
「今度教えてやるよ」
「本当? ありがとう」
浅葱が応えて笑みを浮かべたその瞬間、「ちょっとカロムくん!」とオリーブの声が台所に響いた。
「ロロアちゃんから聞いたわよ! アサギくんに家事をさせてるなんて!」
その剣幕に、浅葱もカロムも一瞬ポカンとする。だが直ぐにふたりとも我に返る。
「違うんですオリーブさん、僕が作らせて欲しいってお願いしたんです。料理がしたいから。朝ご飯はカロムに作って貰っています」
「そうだぜ。浅葱が作りたいって言ってくれたからよ。そんな願いを叶えるのも世話係りの役目だろ」
「だからって、アサギくんはロロアちゃんの助手よ! 家事なんてさせちゃ駄目でしょう!」
オリーブはすっかりとお怒りである。浅葱とカロムは困り顔を見合わせる。
「オリーブさん、僕が元の世界で料理人だって事はお話したと思うんですが」
「そうね」
「僕はお料理が好きなので、料理人になったんです。その好きな事が出来なくなるのは辛いです」
「……それはそうかも知れないけど」
浅葱の言葉に、オリーブの勢いが弱まる。
「なので、毎日お料理をさせて貰えるのは本当に嬉しいんです。解ってください」
浅葱が真剣に言うと、オリーブは「んん〜」と唸り、眉を顰める。
「カロムくんはお世話係りとしてそれで良いの?」
「俺は、アサギとロロアが良いならそれが良いんだ。アサギが楽しく作って、ロロアが旨いって言って食う。実際アサギが作る飯は本当に旨い。違う世界の調理法なんてのも知れて、俺も勉強になってる」
「アサギくんもそれで良いの?」
「はい。何もさせて貰えない方がしんどいです。他の事はカロムは凄く丁寧にやってくれているので、うちはそれが良いんです」
浅葱が言って笑みを浮かべると、オリーブは少し考える様に眼を閉じ、開いた時には小さく息を吐いた。
「解ったわ。アサギくんがそれで良いなら。ロロアちゃんも納得しているのよね?」
「それは勿論」
「じゃあ良いわ。そう言う事もあるって事なのね。うちはレジーナ先生が「錬金術以外は何も出来ない」って仰っていたから、出来るだけお世話する様に心掛けているけど」
「錬金術師によって、俺ら世話係りはやり方を変えて行かなきゃな」
「そうね、そうよね。うん、じゃあアサギくんのご飯、楽しみに待ってるわ!」
オリーブは最後には笑顔になって、台所を出て行った。浅葱とカロムは揃って息を吐く。
「良かった、解って貰えて」
「そうだな。じゃあ作るか」
「うん。そうだなぁ、今夜は豚肉を使おうかな。ブイヨンが取れて無いから、無しで行けるものってなると」
まずは野菜の下拵えだ。玉葱は繊維に沿って薄切り、人参は皮ごと銀杏切りに。マッシュルームは厚めにスライス、トマトは粗微塵切りにしておく。
豚肉は野菜に合わせて少し薄めの一口大に。
鍋を温めてオリーブオイルを引き、まずは玉葱を炒めて行く。塩を振り、中火で、少し置いては返し、少し置いては返しを繰り返し、飴色になったら擦り下ろしたにんにくと生姜を加える。
そこに豚肉を入れて炒める。色が変わったら人参を加える。オイルが回る様に混ぜたら、ブレンドしたスパイスを入れてしっかりと混ぜ、香りが出る様に炒めて行く。
そこにトマトを加えて、しっかりと混ぜた後、ローリエを乗せて煮込んで行く。
その間にグリンピースを鞘から外し、塩を入れた湯で茹でておく。
煮込んでいる鍋にマッシュルームを加えて混ぜ、更に煮込んで行く。
その頃にカロムに頼んでおいた米が炊き上がる。耐熱の少し深みのある食器の内側に、刷毛を使ってオリーブオイルを塗り、そこに米を敷いておく。
煮込みもそろそろ出来上がる。グリンピースを入れて混ぜ、塩と胡椒で味を整えて、米の上に平らになる様に盛る。
そこにスライスしたゴーダチーズを上に乗せて、温めておいたガス窯へ。
チーズが溶けて、こんがりと焼き色が付いたら。
カレードリアの出来上がりだ。
それをレジーナたちが待つ食卓兼居間に運ぶと、レジーナとオリーブが「ええ?」と驚いた声を上げる。
「これは一体、どう言う料理なんだい?」
「もしかしてこれが、アサギくんの世界のお料理なの?」
「そうですよ。ドリアって言います。お米の上にソースを掛けて、その上にチーズを乗せて、ガス窯で焼くんです」
「この上の茶色くなっているのがチーズなのかい?」
「はい。溶けて焼き色が付いているんです。チーズはこうして食べても美味しいんですよ」
「これは何のチーズなの?」
「ゴーダチーズです」
「へぇ、面白いもんだ」
レジーナは楽しげな笑みを浮かべて、ドリアを眺める。オリーブも興味深げに見下ろしている。
「じゃあ取り分けますね」
浅葱は大振りのスプーンをふたつ使って、少し深みのある器にドリアを取り分ける。その時にとろけたチーズがとろりと伸びて、レジーナとオリーブは「わぁ」と声を上げた。
「何だい、チーズって火を通すと伸びるのかい?」
「そうなんです。これがチーズの醍醐味とも言えます。勿論そのまま食べても美味しいんですけど」
そうして全員分を取り分けて、スプーンを添えて皆の前へ。
「食べましょう」
「ああ。これは楽しみだな」
「僕はこれまでも色々な味のドリアをいただいているのですカピが、どれもとても美味しいのですカピ」
「味? 味が変えられるの?」
「はい。ソースの味で変えられます。今日はカレーにしました」
「それは美味しそうだね。じゃあいただこう」
神に感謝を捧げ、浅葱たちは「いただきます」と手を合わせる。
レジーナたちは早速スプーンを手にし、チーズ、カレー、米を合わせて掬って口へと運ぶ。すると「んん!」と眼を見開いた。
「確かにこれは良い! 焼いたチーズはこんなにも香ばしくてまろやかで美味しいものなのか!」
「それがカレーと物凄く合ってる! チーズが香ばしくて、でもまろやかで、スパイシーなカレーと合うのね。凄いわぁアサギくん! 後で作り方を教えて!」
「はい。勿論です」
「このカレーを他の煮込みとかにも出来るって事なのかしら?」
「そうですね。トマト煮込みとかクリーム煮込みなんかでも美味しく出来ますよ」
「で、チーズを乗せてガス窯で焼くのね。ガス窯でお料理出来るんだぁ。お菓子しか作った事が無いわ」
「この世界ではそうだよな。俺もアサギが来るまではそうだったぜ」
「私は料理はからっきしだが、確かに煮込み料理やサラダ以外の料理なんて知らなかったから驚いたよ」
「僕もお料理は出来ないのですカピが、アサギさんが来られてから、色々な初めてのご飯をいただいているのですカピ。調味料とかドレッシングとか、作ってくれるのですカピ」
「へぇ、それは良いね。勿論オリーブのご飯も美味しいが、初めてのものって言うのは羨ましく感じるよ」
「先生、ここにいる間にアサギくんに教えて貰いますから! お家でも作りますね!」
「それは嬉しいね」
「レジーナ先生とオリーブは、いつまでこの村に?」
「特には決めていないが、言っても私もそう暇でも無いからなぁ」
「先生! せめて明日1日、アサギくんに教えて貰う時間をください!」
「そうだね。明日は1日ゆっくりとさせて貰うとしようか」
そんな笑顔溢れる団欒を見ていると、浅葱の中にすとんと何かが落ちて来た。
それは、決断と言う名のもの。
「あの、僕、決めました」
浅葱は声を上げる。
その台詞にレジーナとオリーブは「ん?」と首を傾げるが、ロロアとカロムは気付いた様で、はっと眼を見張った。
「まだこの世界にいる事にします」
それにレジーナは「ああ」と納得し、オリーブはまた「んん?」と首を傾げる。
ロロアとカロムは真剣な表情になり、カロムがゆっくりと口を開く。
「良く考えたんだな」
「うん。いつだって帰れる。それだったらまだこの世界を楽しみたいなぁって。皆と一緒にいたい。これからもよろしくね」
浅葱がにっこりと小首を傾げると、ロロアもカロムも笑顔を返してくれた。
「こちらこそなのですカピ。よろしくお願いしますカピ」
「ああ。よろしくな」
「と言う事は、大師匠の元に、元の世界に帰れる方法があったと言う事だね」
レジーナが言うと、オリーブは漸く「あ、成る程」と納得した。
「はい」
「また詳しく聞かせてくれたまえ。今はこのドリアが美味しくてだな。オリーブ、お代わりを貰えるかな?」
「はーい」
「沢山食べてくださいね」
そうして和やかな時間は過ぎて行った。
レジーナたちが自分たちの村に帰った数日後、浅葱はチェリッシュに電話をした。
浅葱の決断を聞いたチェリッシュは、「まぁ、そうなのねぇ〜」と明るい声を上げた。
「アサギちゃんが良く考えて決めたのならぁ、それが良いわぁ〜。帰りたくなったらいつでも言ってねぇ〜」
そうして通話を終える。
元の世界では、誰も悲しんでいない。なら浅葱の心配は杞憂だった。そして元の世界に戻れば、この世界に来る直前からの再開だ。
なら、もっとこの世界を楽しんで良いのでは無いかと思ったのだ。もっともっと、宝物を増やして行こう。いつか元の世界に帰る事になっても後悔しない様に。
「さてと、そろそろご飯の準備の時間かな」
浅葱が伸びをしながら言うと、お茶を前に一息吐いていたカロムが「おう」と応え、立ち上がる。
「今日は何にするんだ?」
「そうだなぁ」
「楽しみですカピ」
カロムの横に掛けていたロロアが、嬉しそうに言う。
「ピサ焼いて、少しエールでも飲もうか」
「お、それは良いな!」
「嬉しいですカピ!」
「具は何を乗せようかなぁ」
そして浅葱とカロムは台所へと向かう。そうして浅葱は、今日も宝物を増やして行く。
最後までお付き合いくださり、本当にありがとうございました!(* ̄▽ ̄)ノ
次回作は準備中です。その際にはどうぞよろしくお願いします。




