第4話 心に全くダメージを受けない人はいないと思うんだ
メリーヌのお家に行きますよ。
どうぞよろしくお願いします!(* ̄▽ ̄)ノ
少しでもお楽しみいただけたら嬉しいです!
並んで歩くアントンとクリントに続く浅葱たち。メリーヌの家に向かっているのだ。
浅葱はメリーヌの祖母、ナリノの気性が気になって、少し緊張してしまっている。
浅葱の祖母は、父方はちゃきちゃきとしていたが気の良い人で、母方は穏やかな人だった。少なくとも困った事などは無かったし、嫁姑戦争なども起きなかった。
そう思い出すと、しんみりとしてしまう。浅葱は実家暮らしだった。自分が異世界に飛ばされたと言う事は、浅葱の世界では浅葱は行方不明扱いになっているのでは無いだろうか。
あれからもう数日も経っている。どうなっているのだろうか。
しかし考えたところで、何も変わらない。浅葱の精神的負担が増えるだけだ。とは言え無視は出来ない。浅葱は顔を落としてしまった。
すると、浅葱の横を歩いていたロロアがその影の変化に気付いたか、ふと顔を上げる。
「アサギさん? どうかしましたカピか?」
すると浅葱は、ロロアに心配されてしまった事が途端に恥ずかしくなり、ぶんぶんと首を振った。
「ううん、大丈夫だよ。ありがとう」
浅葱は、ぎこちないかも知れない笑顔を浮かべて言った。するとロロアは戸惑いながらも少しほっとした様な表情になる。
「でしたら良いのですカピが」
ロロアたちに心配を掛けてしまう訳には行かない。元より考えてもどうしようも無い事だと浅葱は思考を切り替える。今はまずはメリーヌの祖母ナリノの事だ。
医療の分野に於いては、浅葱に出来る事は何も無い。自分が出来るのは料理ぐらいである。
それでも、少しでも役に立てる事があると良いのだが。
「ここじゃ」
そう言ってアントンが止まった家は、また他の家と同様に木造りの家。2階建てだ。どうやらこの村の家は2階建てが標準的な様だ。と言っても浅葱は他の村の事はろくに知らないのだが。
カロムが街には入院も出来る病院があると言っていた。となると、そちらにはもっと大きな建物もあるのだろう。集合住宅などもあるのかも知れない。
アントンがドアの脇に吊るされているチェーンを2度程引っ張る。それは浅葱たちの家にもある呼び鈴で、中で鈴が鳴る様になっている。
そう間も置かず、中からドア越しに女性の声がする。
「どなたですか?」
「医者のアントンじゃ」
アントンが応えると、ドアはすぐさま「待ってました」とばかりに開かれる。
中から姿を現したのは、メリーヌと似た雰囲気の、だが歳はそこそこ上そうな女性だった。とは言え皺などは見当たらず、まだまだ若く見える。女性はアントンの顔を見ると、心底安堵した様に表情を和ませた。
「ああ、良かったアントン先生、昨日メリーヌに話を聞いて、お待ちしておりました」
「ほいほい。では早速邪魔するかの」
「はいどうぞ。クリント先生も良く来てくださいました。あら、カロム? と、そちらさまは? あら、カピバラさん、と言う事はもしかして」
浅葱たちに気付いて軽く眼を見開いた女性は、ロロアを見ると顔を緩ませた。
「錬金術師さまかしら。まぁ、ようこそ。私はメリーヌの母、ミリアと申します」
「初めましてカピ。錬金術師のロロアですカピ」
ロロアの挨拶にミリアはにっこりと笑い、そのまま視線は浅葱へ。浅葱も慌てて頭を下げる。
「僕は助手の浅葱と言います。初めまして」
「まぁ、助手さん。初めまして。皆さま、今日はどうぞよろしくお願いいたしますね」
ミリアはまた笑みを浮かべた。
「本当に錬金術師さまはカピバラさんだったのね。この村に錬金術師さまが来られるとなって、お世話係を決める時に、錬金術師さまが可愛らしい仔カピバラさんだって聞いたら、もう女の子がこぞって挙手しちゃって。でも男の子のカピバラさんだからやっぱり男性にするって決まったんだけども」
それを聞いて、ロロアは小さく苦笑する。
「ああ、こんなところで立ち話なんて失礼しました。ささ、どうぞ、お入りください」
ミリアに促され、アントンを先頭に、カロスを殿に中にお邪魔する。
すぐに眼に付いたのは大きなテーブルときちんと引かれた椅子。浅葱たちの家同様、入ってすぐがダイニングになっている様だ。
そう言えばレジーナの家もそうだった。これがこの世界の一般的な間取りなのだろうか。
すると奥から、女性の金切り声が響いた。
「ミリア! 何やってんだい! さっさと紅茶を持って来るんだよ!」
ミリアは「あ、あら」と困った様に口を押さえた。
「ごめんなさいね、お母さんに紅茶持って来る様に言われていたんです。まずは持って行きますから、掛けてお待ちください」
置かれている椅子は4脚だったので、ミリアは部屋の端から予備の椅子を持って来た。それは他の椅子と違い、背凭れの無い簡素な木製の丸椅子。それに礼を言いながらカロムが受け取った。
アントンが元からあった、背凭れのある椅子に掛けたら、カロムはまずロロアをひょいと抱き上げて元からの椅子に上げ、そのまま受け取った椅子に掛けてしまった。
クリントがアントンの横に座ったので、浅葱は(カロムありがとう)と心で礼を言いながら、残り1脚の椅子に掛ける。
ミリアは台所で紅茶を淹れ、トレイに乗せて奥の部屋に持って行った。するとまた声が響く。
「全く! 紅茶1杯淹れるのにどれだけ掛かるんだい。お前は本当に愚図なんだから!」
また酷い言われようである。あれが噂のお婆さんなのだろうか。
浅葱が息を飲むと、カロムが呆れ顔で「はぁぁ」と大きな溜め息を吐いた。
「本当に、相変わらずだなナリノ婆さんは」
するとアントンはやや苦い顔をしながらも「ほっほっほ」と笑った。
「いやいや、ナリノは不器用なんじゃ。じゃからついああやって悪態を吐いてしまうんじゃな。とは言えの、付き合う方は大変じゃと思うがの」
「けどやっぱり難しいと思いますよ。娘のミリアさんはともかく、親父さんは良く我慢出来てると思うねぇ」
そこで浅葱は「おや?」と首を傾げる。浅葱の世界では、結婚した後の親との同居となると、どうしても奥方の嫁ぎ先、夫の親との同居が多いが、この世界にそういう常識は無いのだろうか。
「あの、メリーヌさんのお父さん、ミリアさんの旦那さんのご両親は?」
浅葱はそれとなく聞いてみる。応えてくれたのはカロムだった。
「ああ、健在だぜ。この村で暮らしてる。ほら、爺さんが亡くなっただろ、関節痛の事もあって、この家に引き取る事にしたんだってよ。いや、ここの親父さんてのがまた豪胆な人でな、婆さんの悪態に眉ひとつ動かさんよ」
「それは凄い人だね」
「まぁな。ま、本心はやっぱりしんどいかも知れんがな」
「うん……やっぱり心に全くダメージを受けない人はいないと思うんだ」
浅葱は言い、眼を伏せた。するとそんな浅葱を元気付ける様に、カロムは浅葱の背を強く叩いた。
「大丈夫だって! そりゃあそうかも知れんが、もし駄目だったらあの親父さんの事だ、婆さんを追い出す覚悟だぜ」
「それはそれでどうなの?」
叩かれて眼を白黒させながら言う浅葱に、カロムは「ははっ」と軽く笑った。
「ま、どうにでもなるんだよ。こういうのはさ」
「適当だなぁ」
浅葱が呆れた様に言うと、アントンが「まぁまぁ」と口を開く。
「受け取る方の心の広さが試されるかのう。ここは難しいところかも知れんが、今のところは巧くやっている様じゃの」
「だと良いんですが……」
浅葱がそう漏らした時、ミリアが戻って来た。
「はぁ、ごめんなさいね。聞こえていたんじゃ無いかしら。お恥ずかしいところをお見せしちゃって」
ミリアが困り顔を浮かべて言うと、アントンはゆるりと首を振った。
「いやいや、解っておるからの。大丈夫じゃぞ」
「そう言っていただけると助かるんですけれど」
ミリアはそう言って苦笑した。そして。
「あらっ、私ったらお茶も出さずにごめんなさい。少しお待ちくださいね」
そう言って、慌てて台所へと向かうミリア。しかしアントンはそんなミリアを抑える。
「うんうん、その前にナリノの診察をしようかの。奥の部屋じゃの?」
「ああ、そうですね。よろしくお願いします」
ミリアはアントンに頭を下げ、ナリノの部屋へと案内する。クリントもそれに続き、浅葱とロロア、カロムは部屋の前で様子を見ようと構えた。すると。
「何だい! 誰が医者なんて頼んだよ! 診察なんで面倒なだけで全く治りゃしないじゃ無いか!」
ドア越しでは無く直接聞いたナリノの声はなかなかの迫力だった。
「はいはい。でもの、診ん事には絶対に治らんし薬も出せんからの。観念するんじゃの」
アントンは全く堪えていないと言う風に、飄々と言い聞かせた。
浅葱とロロアはそんな様子にやや強張った顔を見合わせ、横でロロアは「今日も全開だな」と苦笑した。
ありがとうございました!(* ̄▽ ̄)ノ
次回もお付き合いいただけましたら嬉しいです。