第2話 このお方が大お師匠さまなのですカピ
さて、大お師匠さまはどんな方?
どうぞよろしくお願いします!(* ̄▽ ̄)ノ
少しでもお楽しみいただけたら嬉しいです!
呆然としてしまった浅葱だったが、はっと我に返り、まだぼんやりしているカロムに「カロム、カロム!」と小声で呼び掛ける。
「あ、ああ」
カロムも己を取り戻すと、立て直す様に首を左右にぶるると振る。
浅葱が荷物を手に馬車から降りると、ロロアも続けて降りて来る。するとその人物はロロアの元に小走りで駆け寄り、その小さな身体をひょいと抱き上げた。
「ああ〜んロロアちゃぁ〜ん。やっと来てくれたわねぇ〜。もうっ、相変わらず可愛いんだからぁ〜」
嬉しそうに言いながら、ロロアに頬擦りする。ロロアは抵抗せず、だが死んだ様な眼でそれを受け入れていた。
その間にカロムも御者台から降りて来て、馬を繋いで残りの荷物を下ろす。
さてその人物だが。
着ている服は先述の通りピンクのワンピース。女物だ。だが浅葱には、その人物は男性に見えた。
ふんわりとウエーブが掛かったブラウンの髪は背中の中頃まで伸びているが、その間から覗く骨格は厳つめの男性のものに思える。
そして声。高めでハスキーだが野太く聞こえた。歳の頃は40台ぐらいだろうか。
しかし女性の格好をしている人に「貴方は男性ですか?」と聞くのは流石に躊躇われる。
だが横に立つカロムが、ぽつりと「女……? 男……?」と呟いた。それは本当に小さな声で、浅葱にしか聞こえない程だと思ったのだが。
「それがねぇ〜」
その人物がロロアから頬を離し、だが抱く手はそのままに口を開いた。声はころころと上機嫌に聞こえるが、その顰めっ面は不機嫌に見えた。浅葱とカロムは顔を見合わせて、「しまったか?」と警戒する。
「私、身体は男なんだけど、心は女なのよぉ〜。だからこんな格好をしているのよぉ〜。驚かせてしまったかしらぁ、ごめんなさいねぇ〜」
そう言ってにっこりと笑う。どうやら機嫌を損ねてしまった訳では無さそうで、浅葱とカロムはほっと小さく息を吐いた。
「だ、大丈夫です」
浅葱がどうにか口にする。
浅葱の世界にもそう言う人はいた。浅葱の周りにはいなかったが、タレントなどとしてテレビなどで活躍する人を数人見た。
直接関わった事が無かった事もあって、浅葱にとっては他人事であった。だからこうして眼の前に現れると驚きもする。
カロムなどはそういう事実そのものに直面する事が初めてだったのか、ぽかんと口を開いている。
「そんな事ってあるのか……?」
そんな台詞がカロムの口から漏れる。
「僕の世界にもそう言う人はいるよ。勿論そう多くは無いし、僕は直接会ったりした事は無いけどね」
「そうなんか……いや、驚いた。うちの村では聞いた事が無いから、俺にとっては初めてだぜ」
カロムが言いながら、その驚愕を逃す様に大きく息を吐いた。
「あらぁ、と言う事は、そちらの可愛い坊やが異世界から来たって言う子ねぇ〜。噂に聞いているわよぉ〜」
その人物の視線は、しっかりと浅葱に注がれている。浅葱は「は、はい。浅葱と言います」と応える。
浅葱が異世界から来たと言う事は隠していない。だがふたつ村の外れにまで届いているのか。
「ならぁ、お隣の良い体格の子がロロアちゃんのお世話係なのねぇ〜」
その視線はそのままカロムに移った。
「はい。カロムです」
「おふたりともよろしくねぇ〜。私はチェリッシュ。本名は聞かないでねぇ〜」
チェリッシュは言って、肩を竦めて片目を瞑る。それはなかなかの破壊力だったが、浅葱とカロムは顔には出さない様に努めた。
「アサギさん、カロムさん、このお方が大お師匠さまなのですカピ」
チェリッシュの腕に抱かれたままのロロアが、息も絶え絶えと言った様子で言う。
「それねぇ、そんな言われ方をしちゃうと何ともむず痒いのよぉ〜。でもそう言う立場なのよねぇ、私ったら」
チェリッシュは困った様な表情で、右手を頬に添える。
「あの、大お師匠さま、そろそろ離してはいただけないですカピか」
ロロアに言われ、チェリッシュは「あらっ」と眼を見開いた。
「もうっ、つれないんだからぁ〜」
膨れてそう言いながらも、ロロアを下ろしてくれた。やっと解放されたロロアは慌てた様に浅葱とカロムの足元に駆け寄って来た。
浅葱は荷物をカロムに預け、ロロアを抱き上げた。ロロアは相当疲れた様子でぐったりとしている。浅葱は労わる様にその背中を優しく撫でた。
「さ、お家の中にどうぞぉ〜。晩ご飯食べて行ってねぇ〜。うちのお世話係りが腕に縒りを掛けるわよぉ〜」
言って、開けっ放しになっているドアに手を伸ばして促す。浅葱たちは「お邪魔します」と言いながらそれに従った。
「荷物は適当に棚の上にでも置いてくれたら良いから〜。まずはお茶を淹れようかしらねぇ〜」
チェリッシュは言いながら奥に向かう。台所なのだろうか。
室内はやはり浅葱たちの家の様に、部屋の真ん中に大きなテーブルが置かれ、壁際には棚などが置かれていた。カロムは低い棚の天板の空いているところに荷物を置かせて貰う。
見ると、電話台の前に置いた椅子に掛けた壮年の女性が、紙片とペンを傍らに電話で何やら会話している。普通の声の大きさなので、その内容は嫌でも浅葱たちの耳に入って来た。
「あのお方は、恐らく大お師匠さまの助手さんなのですカピ。大お師匠さまとなると、他の術師からの相談なども多く入って来るのですカピ。それらの全てを大お師匠さまご本人が対応されていては、ご自分の研究が滞ってしまうのですカピ。なので大お師匠さまには助手が付いて、お電話やお手紙で要件をお伺いして、大お師匠さまのお返事も助手さんが折り返すのですカピ」
「へぇ。研究のお手伝いをする訳じゃ無いんだ」
「それも勿論あると思うのですカピが、主なお仕事は他の術者の窓口ですカピね。これは錬金術の知識も必要なのですカピ。なので出来る人も限られていると聞いているのですカピ」
「それは凄いね」
すると女性はそこで電話を切って、浅葱たちに屈託無い笑顔を見せてくれた。
「やだよぅもう。そんな大袈裟なものじゃ無いよぉ。私はね、錬金術師の素質は無かったけど、小さい頃から良く術師さまのところに遊びに行っていたのさ。術師さまがチェリッシュ先生に交代してもね。それが本当に楽しくてねぇ、良く色んな話をして貰ったもんさ。そこで身に付けた知識が、幸いにもチェリッシュ先生のお役に立てているんだよ。恩返しみたいなもんだね。ああよろしく、私はヨランダ。ご察しの通り、チェリッシュ先生の助手だよ」
「よろしくお願いしますカピ。錬金術師のロロアですカピ」
「浅葱と言います。ロロアの助手です。よろしくお願いします」
「カロムです。ロロアの世話係りです。よろしくお願いします」
ヨランダの気さくな挨拶に、浅葱たちは頭を下げた。ヨランダは「そんな畏まらないでおくれよ」とからからと笑った。
「ま、座ってゆっくりしておくれよ。私は今の相談を纏めなきゃいけないからね」
ヨランダは言うと電話横の紙片を取り上げ、自らも椅子に掛ける。テーブルの上には既に何かが書かれている紙が置かれていた。
ヨランダは紙片を見ながら、紙に書いて行く。
「その紙を大お師匠さまにご覧いただくのですカピか?」
「そうだよ。先生が出来るだけ時間を掛けずに済む様に、各術師の話を纏めているのさ。で、先生に返事を書いていただくんだ。それを聞いてきた術師に折り返す訳なんだが、返事は端的な走り書きだからね。それを解りやすく展開するのさ。だから錬金術の知識が必要なんだね」
「難しそうなお仕事ですね」
浅葱が言うと、ヨランダは「ははっ」と笑う。
「慣れるまではね。知識はともかく、どんな文章が先生に解りやすいかとか、そういうのがあるからね。こつが判って来たらどうにでもなるもんさ」
ヨランダが言ったところで、「そうよぉ〜」と奥からチェリッシュが戻って来た。
チェリッシュに続いて、幾つかのカップを乗せたトレイを手にした若い女性が出て来た。浅葱たちに向かって軽く頭を下げてくれたので、浅葱たちも返す。
「でもヨランダちゃんは優秀なのよぉ〜。すーぐにこつを掴んじゃったんだものぉ」
「助手になる前から、先生とお話しさせていただいてましたからね。そのお陰が大きいと思います」
チェリッシュの賞賛に、ヨランダは少し照れた様に眼を細めた。
「ああ、彼女が私のお世話係りのアルバニアちゃんよぉ〜」
アルバニアと呼ばれた女性はトレイをテーブルに置くと、改めて浅葱たちに深々と頭を下げた。
「アルバニアと申します。チェリッシュ先生のお世話係りを賜っております。どうぞよろしくお願いいたします」
これはまた、何とも丁寧な物腰である。浅葱たちも慌てて頭を下げ、自己紹介をした。
「さ、ほらほらぁ、ロロアちゃんたちったら立ちっぱなしなんだからぁ、座って座ってぇ。取って置きのお紅茶よぉ〜。冷めない内に飲んで欲しいわぁ〜」
チェリッシュは言うと、花柄のカップが置かれている席に掛ける。ヨランダの前にはシンプルなクリーム色のカップ。綺麗なブルーのカップも置かれた。
そして白いカップが3客。これがお客さま用なのだろう。浅葱はその内の1番奥の椅子にロロアを下ろし、自分はその横に掛けた。もう1客の前にはカロムが座る。
お言葉に甘え、「いただきます」と言って早速カップに手を伸ばす。温かな湯気と一緒にふんわりと上がって来るのは、少し香ばしい紅茶の香り。
口に含むと、少しの渋みと仄かな甘さ、深い旨味が口に広がる。これは確かに美味しい紅茶だ。
浅葱はここに来てから漸く落ち着いたと言う様に、ほうと心地の良い息を吐いた。
ありがとうございました!(* ̄▽ ̄)ノ
次回もお付き合いいただけましたら嬉しいです。




