第5話 お見苦しいところを見せてしまって
ナリノの診察が始まります。
どうぞよろしくお願いします!(* ̄▽ ̄)ノ
少しでもお楽しみいただけたら嬉しいです!
ナリノの部屋はそう広くは無く、診察をするアントンとその助手のクリントが入ればあまり余裕は無い。浅葱たちはドアから立ったままその様子を見ていた。
「狭くてごめんなさいね、ここは元々納屋にしていた部屋だったものだから」
ミリアが申し訳無さげに詫びる。
ナリノを迎える際に、関節痛の事があり、階段を使うのが辛いだろうと言う事で、1階にある唯一の部屋と言える納屋を片付けて、ベッドなどを入れたのだそうだ。
確かにひとり用のベッドと小さなテーブルと椅子で、その部屋はほぼ占められていた。
アントンがナリノの腕や脚に触れ、関節をゆるりと曲げてその具合を見る。その度にナリノは「痛い痛い痛い!」「この藪医者!」と悪態を吐き続けた。
「ふむ、確かに酷いかのう。痛み止めも強いのを出した方が良いかも知れんのう」
「痛み止めなんて効きやしないじゃ無いか!」
「じゃからと言って2倍飲むのは身体に悪いぞい。ちゃんと調合して貰うからの」
「今度はちゃんと効くんだろうね!」
「完全に痛みが無くなるかどうかは、飲んでみて貰わんと判らんのう。錬金術師の先生よ」
「は、はいカピ」
急に話を振られて、慌てるロロア。ロロアは診察の様子を見る事に没頭していたのだ。
「様子を見ながら痛み止めを調合して貰えるかのう」
「勿論ですカピ。ナリノお婆ちゃまはとてもお辛そうですカピ。でもあまり強いお薬でお身体に悪いのは駄目ですカピ。なのでマメにご様子を見せていただきながら、調整させていただきたいですカピ」
すると、そこでナリノが漸くロロアたちに気付いた様で、顰めっ面で「んん?」と唸った。
「何だい、そこの畜生は」
可愛い仔カピバラを捕まえて畜生とは。浅葱が驚いて眼を剥くが、ロロアに動じた様子は無い。
「僕は錬金術師のロロアと申しますカピ。ナリノお婆ちゃまのお薬を調合しますカピ」
ロロアが言い頭を下げると、ナリノは「ふんっ」とそっぽを向いた。
「畜生なんかに何が出来るって言うんだい。どうせならこの痛みが完全に治る薬を作っとくれよ。それが出来ないならのこのこ顔を出すんじゃ無いよ!」
うわぁ……。あまりの文句に浅葱は呆然としてしまう。これは不器用とかそういう事で済ませて良いのだろうか。
毎日がこれだと、確かに一緒に暮らしている家族はしんどいだろう。しかし。
「お母さん! 何て失礼な事を言うのよ。良い加減にしてよ!」
先程まで穏やかだったミリアがぴしゃりと言い返す。その変貌振りにまた浅葱は呆気に取られた。
しかしこのナリノの相手をするのには、それぐらいで無ければやって行けないのかも知れない。
浅葱の世界にも、所謂偏屈な人間と言うのは年齢関係無しにいたし、店の客として訪れて、料理長に謂れの無い難癖をつけたりしていた。
腐ってもお客さま、言い返すなんて以ての外で、料理長はひたすら頭を下げてその場を遣り過ごしていたが、そうして受け身にばかりなっていては、ただ疲弊するだけだろう。受け流せれば良かったのだろうが、料理長は真面目な人だったので、そうするのが難しそうだった。
このふたりはミリアがこうして接する事で、バランスを取っているのだろうか。
「いつもいつも! 親に向かってその口の利き方は何だい!」
「言われたく無かったら嫌な事言わないでよ」
浅葱も親と喧嘩ぐらいはした。だがこんなに激しいものでは無かった。つい声を荒げてしまった事もあったが、原因は他愛も無い事ばかりだった。小さい頃なら「ピーマンも残さず食べなさい」、学生の頃には「宿題しなさい」「勉強しなさい」。
青少年らしく反抗期もあった浅葱は嫌な思いもしたものだった。しかしそれは全て親からしてみれば当たり前の苦言だ。大人になった今だから解る。
だがナリノの台詞は、ものの見事に理不尽である。これはなかなか難しい。
その間もアントンは黙々と診察を続けて行く。患者さんにもいろいろいるだろうから、これぐらいでは動じていられないのだろう。
「あ、そう言えばメリーヌさんは今日はどうしたんだろう」
浅葱が漏らした言葉に応えてくれたのは、横にいるカロムだ。
「学校だな。まだ授業の時間だからな」
「そっか、そうなんだね」
浅葱はこの世界の学校のシステムを把握していないが、通っていると言う事は、やや幼さの残る見た目通り、まだ未成年なのだろう。
そんな話をしていると、診察は終わった様で、アントンが「よしよし」と頷き、クリントが差し出したカルテに何やら書いた。
「まずはの、ナリノよ、太り過ぎは良く無いのう」
アントンが言い聞かせる様に言うと、ナリノは気まずそうに口籠る。確かにナリノの体格はかなり膨よかだった。
「そうよ、お母さん。少しは食べるのを控えないと」
ミリアが言うと、ナリノは途端に調子を取り戻してがなり立てた。
「こんな事になっちまって、食べるぐらいしか楽しみが無いんだよ! ミリアの作るもんは大して旨くも無いけどね!」
その言葉にミリアは機嫌を損ねた様だが、ぐぅと口を噤んでしまう。
「太り過ぎてしまうとの、関節が圧迫されたり体重で負荷が掛かったりするからの。少しは気を付けて欲しいかの」
アントンが言うと、ナリノはまた眉間に皺を寄せて押し黙ってしまった。
「確かに痛みは酷くなっておる様じゃの。ふむ、とりあえず今までの痛み止めを置いて行くからの、ちゃんと適量を飲むんじゃぞ。多く飲んだりするんじゃ無いぞい。錬金術師の先生が薬を作ってくれるからの、それを待ってくれの」
アントンの台詞にロロアは弾かれた様に口を開いた。
「はいカピ! 頑張りますカピ!」
しかしやはりナリノは憮然とした表情のまま。
「ふん、期待するだけ無駄だろうけどね」
「お母さん!」
ミリアの咎めにも、ナリノは「ふんっ」と顔を逸らしてしまった。
ダイニングに場所を移し、浅葱たち一同は、ミリアの淹れてくれた紅茶を前にほっと一息吐いていた。
ミリアも丸椅子を出してそこに掛けている。その表情はやや憔悴している様にも見えた。
まだ熱く湯気の上がる紅茶をこくりと一口飲んで息を吐き、ミリアはテーブルに額が付く程に頭を下げた。
「本当に母がすいません。そしてお見苦しいところを見せてしまって」
そんな様子に浅葱とロロアは慌ててしまうが、鷹揚に応えたのはアントンだった。
「ほっほっほ、大丈夫じゃよ。解っておるからの」
「そう言っていただけると本当にほっとします」
ミリアはそう言って苦笑を浮かべる。
「元々の性格もあるんでしょうけども、やっぱりお父さんも亡くなってしまって寂しいのかしらとも思っています。主人は聞き流していますけど、私には難しくて。正面から受け止めるのが良いのか、聞き流すのか、どちらが母にとって良いのか未だに判らないところもあるんですよ」
確かにきつい物言いをされるのは、誰だって良い気はしない。だがこの場合はどうだろうか。
まずナリノの口調がいちいち厳しい。それに反応し、反射的に応えるとどうしても同じ様になってしまいがちだ。
ミリアも辛い思いをしているだろうが、ではナリノはどうなのか。
「これは儂の所感じゃがの、ナリノはそんな遣り取りを楽しんでおるのかも知れんぞ。ジェイズが穏やかに受け流しておるんじゃったら、お前さんはそのままの方が減り張りもあって良いかも知れん。ああ、ジェイズはミリアの旦那じゃ。メリーヌの父親じゃな」
最後の台詞は浅葱とロロアに向けたものである。
「だと良いのですが……。私もね、これが血の繋がらない他人だったら、受け流す事が出来るんですよ。この村にはお母さん程では無いにしても、頑固な方はいますしね。けど、肉親だからでしょうか。どうしてもちゃんと話を聞かなきゃって。そして癇に障ってしまって」
「そういうものなのかも知れんのう。じゃが、それじゃからこそ、ナリノは元気でいられるのかも知れん。儂なんぞはナリノの若い頃から知っとるが、ナリノは昔からああじゃからのう。歳を取って更に酷くはなっておるが」
「もう……お父さんはどうしてそんなお母さんと結婚しようと思ったのかしら」
ミリアは首を傾げて、やれやれと言う様に溜め息を吐いた。
「ほっほっほ、それはそれ、サルンしか判らん、ナリノの良い所があったんじゃろうのう。あ、サルンさんはナリノの旦那だった人じゃ。ナリノは姉さん女房だったんじゃ」
これも最後は浅葱とロロアへの台詞である。
成る程、良く言えばちゃきちゃきした歳上の女性は、歳下の男性からしたら良い女、格好良い女性に映ったのかも知れない。
「アントン先生、僕、帰ってお薬の調合を始めてみますカピ。身体の負担にならない調整が要りますので、少しお時間をいただくかも知れませんカピが」
「そうじゃの。よろしく頼むぞい」
ロロアの台詞にアントンが頷くと、ミリアは立ち上がって深く頭を下げた。
「どうぞよろしくお願いします、錬金術師さま。母が本当に失礼をしてしまって申し訳ありません。本当にご面倒をお掛けします」
「いえいえ、大丈夫なのですカピ。頭を上げていただきたいですカピ」
ロロアが慌てて手を振った。
しかし神経痛……神経痛の原因、治療方法……浅葱はふと思うところがあり、思案した。
ありがとうございました!(* ̄▽ ̄)ノ
次回もお付き合いいただけましたら嬉しいです。