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第09話 死と責任の先にある物


 砲台から放出された岩石と障壁とぶつかる衝撃と音のせいで耳が痛い。奥の方でキーンと鳴っている。鼓膜は大丈夫かな……。

 土煙で視界が悪くなる。何も見えない。咽こんでいると後ろから声をかけられる。


「ご苦労様、次は僕らの番だね」


 土煙に紛れて進軍する。視界が悪いのによくできるなと感心している場合ではない。恐らくここで俺が引いたら意味がない、一緒に進んで圧力をかける。騎士に紛れれば剣で襲われることも少ないだろう。逆に飛び道具は使いにくいはずだ。それに防具をしていないから嫌でも目立つだろう。一瞬でも判断を鈍らせることが出来れば御の字だ。

 視界が晴れてくる。両軍がぶつかり合う直前だ。剣と魔法が交差する。


 ――すげぇな、なんだこれ。


 映画でも見てる気分だった。何度も言うが先日までただの大学生だったのだ、目の前でこんなことが起きて居れば、見入ってしまう。非現実的な戦争に――。




 少し気を抜いていると、またしても轟音が響く。水魔法と土魔法がぶつかる音だ。見た限り、土との相性はあまり良くない。衝撃も緩和されてる様子だ。そして流石、と言うべきか。守護神と言われてるだけあって守りが硬い。正面から崩すのは難しそうだ。

 なら裏から崩してやればいい。そのために偵察兼攻撃部隊を別行動させていたのだ、暗殺者みたいな動きをしてもらって裏から気を逸らしてもらう。そろそろ動くころだろう。


 視野に余裕が出てきて周りを見る。戦況こそ五分五分で、攻め込めずにいるが、全体的にこちらが余裕があるように見える。作戦を練ってきたからだろうか。次の策もある。先に手を打った者の強みか、焦ればいずれ粗ができるはずだ。


 ほら、そこから。


 右側の動きがチグハグになってきている。別動隊のおかげだろう。明らかにあそこだけ隙が生まれている。それに合わせて右側から攻め込む。こういう陣形が厚いときは一度崩れてしまうとドミノ倒し方式で総崩れになるのが相場だが。


 ――崩しきれない。


 この状況はちょっと厳しいか? 相手も一度崩れかけたが、すぐに持ち直した。土の国の防御力というものを甘く見ていたのか、崩しきれないでいる。陣形と言うより個々の防御力が高いとみていいだろう。情報だけで判断するとこのような齟齬が生じる。それが分かっただけでも良しとするか? ファルテ、どうするんだ――。


 同じようなことを考えていたのか、周りに指示をする。少し引き気味に戦ってい、全体に指示が行き渡ったのを見てから、手を空へ掲げる。頭上に薄く大きな円の水が浮かびあがる。中に泡のようなものが出ているが、風魔法の組み合わせだろうか? 何はともあれ、あれは撤退の合図だ、みんな火魔法を撃てるだけ水の円へ撃ち込む。空気を多く含んだ水と火魔法が爆発するように弾け、辺りが水蒸気で霧の掛かったようになる。この霧に乗じて撤退する。おれはなるべく後方へ付くため頃合いを見て離脱する。


 殿を務めていたが、追撃も無く順調に撤退が進んでいる。逃げる時も追っても来なくて何とか無事に水の国へ付いて一安心する。


「何とかなったね、お疲れ様。だけどあの防御力、どうにかしないと、攻め入る場合は他の国に乗じるか、どこかへ攻めてる時に――」

 労うように肩を叩かれるがすぐに考え込んでしまう。 実際あの守りは固い。突破するにも完全に一点特化するか、もっと派手に散らすか、四方から攻め入るか……あるいは火の国辺りが吹き飛ばしてくれれば一番楽なんだけどなぁ。 正面切って倒せるのか怪しいけど……。


「くそっ、いつも通りなら一ひねりしてやったのに」 悪態をついている筋肉おじさん、どうやら上手く抑えられていて好きに動くことが出来なかったみたい。確かに派手な暴れっぷりを見なかった気がする。受けに回ったら天下一品。これは予想よりも厳しそうだ。

「まあ、でも作戦は上手く行きましたよ。凄いです」 にへぇと表情を崩すビウスさん、本当に前線で戦っている兵士には見えない。


「いや、本番はこれからだよ。この後の相手次第で、状況は変わるから」

 そう、まだ始まりに過ぎないのだ。相手の動きで作戦は変わる。ここが戦況の枝分かれポイントだ。慎重に行かないと。




 今回の戦闘で死傷者が出る。死人が男性騎士一人、怪我人が数十人。心臓を一突きにされてしまったらしい。回復魔法も死んでは使えない。それに怪我が酷いと治せない事もあるそうだ。血も戻るわけじゃない。回復魔法も万能ではないということか。蘇生なんて出来たら水の国が負けてるはずがないし、何よりそれは神が望んでないだろう。

 男性は目を瞑って顔色も良くないしピクリとも動かない。傍らに30代くらいの女性が一人泣いている。恋人だろうか。


 彼女を見て、改めて思う。本当に人が死んでしまうんだ……。


 ――それに、この作戦は俺が提案したんだ。俺が――。


 心臓が痛くなる。胃の辺りがむかむかしてきて、気分が悪くなってくる。呼吸も荒くなってきて苦い何かがせり上がってくるが無理やり飲み込んだ。


 ――いま、酷い顔をしているんだろうな。横にいるフィリアが心配そうな表情をしている。俺にそんな顔を向けてくれるだけで心が和らぐ。上に立つ者の重圧ってこんなにも重く苦しい物なのか。作戦を決定して、指揮して、失敗しても責任を負える覚悟。ファルテはこんな苦しいのと戦っていたのか。人が死ぬ。それを乗り越えないといけないんだよな。


 ――強いな、本当に。


 本当に、強い。ただの偽物の能力を手に入れただけの俺とは大違いだ。俺には到底やれっこない。無理だ、逃げ出したい気持ちにかられる。俺には関係のない事柄だ。弱気になる。泣きたくなる。だけど。


 ――だけど、後悔だけはもうしたくないんだ。


 女性に歩み寄る。

「すいません、恋人さんですか?」

「……はい……」

「申し訳ありません、私がこの作戦を提示したばかりに、本当に申し訳ありませんでした」 誤って済む話では無い。分かっている。許してもらうつもりもない。殴られても罵詈荘厳をぶつけられても、――殺されても。それを受け止めなければならない。この女性にはその資格がある。

 深く、深く頭を下げる。地面にめり込むほど。額に血がにじむほど。


「顔を上げてください、彼は、立派に戦っていたのだと思います。わたし達のため、国のために精一杯戦ったんです。だから作戦を立てたからと言って、あなたに責任を押し付けるようなことはしません。ずっと、ずっと私を愛してくれていました。それに――」 お腹を擦りながら緩く微笑む。 「一生分の幸せを、もう貰っていますから――」

 


「――――」

 気付くと視界が歪んでいた。俺が、俺のせいで死んだというのに、こんなにも優しく、一番大切な人のしたことを悔いてない。前を向こうとしている。人のせいにしようとしない。人に当たりたい気持ちも無くはないだろう。だけど――。

 涙が止まらなかった。なんでか分からない。悔しさ? 悲しさ? 自分でも何が何だか分からない。こんなに泣いたのは、あの時――。両親が死んでしまったとき以来だろうか。擦っても擦っても止めどなくあふれ出る涙。

 この国の優しさは、俺の親の優しさに似ているんだ。だからこんなにも好きになっているんだ。――だったら、親に出来なかったこと代わりに、出来なかった恩返しを、後悔しないうちにやりたいことをやる、この国を少しでも上に、いや、王位を掴ませてあげたい。 涙をぬぐって立ち上がる。


「見苦しい所を、すいません、俺が、守ってみせます。絶対に」


「俺がじゃないだろ? 俺らだろう?」

 後ろを見る。そうだ、俺だけじゃない。守りたいものがみんなあるんだ。それに俺だけじゃ何もできない。

「――そうだ、ごめん。俺達で、王位と掴もう」


 改めて、人助け及び国助けを、王座を取ることを心に決める。


 ――やってやる。



 無い頭を振り絞って、後悔をしないようにやってやる――。



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