主人公ベルト戴冠!希望の未来へレディーゴー!
プロローグ
「ワン!ツー!スリー!」
レフェリーのカウントが3つ入る。試合が終わった。同時に、ヒールレスラー・ナラクにとって初めてのベルト戴冠となる勝利だ。
客席からはブーイングが鳴り響く。当たり前だ。パイプ椅子で滅多打ちにした上に毒霧吹いてからの必殺技で3カウントなんて非難されて当然だ。でも仕方ないことだ。これがヒールに課せられた役割だ。
前述したようにナラクの職業は所謂プロレスラーだ。もちろんナラクは本名ではない。リングネームというものだ。4年前に道場に入門して、1年の下積みを経てプロレスデビュー。色々あり去年ヒールターン、ヒール軍団に所属している。
選手控え室に戻る。彼のタッグパートナーであり先輩のTAYAMAと美濃道残も今回の試合にご満悦だったようだ。
「オイ!ナラク!お前今日動き良かったじゃねえか!飲み行くぞ!」
美濃が言う。業界でも有名な酒好きであり、面倒見がいいことでも知られている。TAYAMAも同じく酒好きのため、飲みに行く気マンマンだ。やはりナラクも飲む気マンマンだ。
「もちろんですよ!今日はしこたま飲みましょうよ!」
「よーし決まりだ!初戴冠を祝してパーッとやるぞオラ!」
とTAYAMAが言うころには二人とも支度はできていた。ナラクはコスチュームを片付けたあと小便もいなければいけないという過密スケジュールが組まれていたが、とりあえず小便を優先することにした。
気分よくトイレに向かうと、同期の海堂 大介がいた。彼は同い年かつ同じ年に入門したということもあり、ナラクにとって一番仲のいいレスラー仲間であると同時に、ライバルでもあった。今日の戴冠で海堂との差がちょっとだけ開いたのではないか、と彼は考えていた。
彼にしかし気の利いたセリフが言えるわけでもないので、とりあえず煽った。
「今日俺が戴冠したことによってまた君と俺との差が開いてしまったことについてどう思いますか?」
人間性では現時点では大敗だ。
「死ねハゲ」
海堂の人間性も同レベルであった。
「海堂くんベルト獲ったことないもんね、かぁ〜わいそ〜」
「あんな3人タッグのベルトなんて興味ないねー!俺が狙うのはヘビーだけですー!」
小学生並みの争いは加速する。
「冗談は墓の中で言ったほうがええで^ ^」
小便を終えたナラクが加速する争いに急ブレーキをかけ、高笑いしながらトイレから出た。
しこたま煽って楽しくなった彼は、その気分のまま諸先輩方と夜の街へ繰り出した。アホみたいに騒ぎ、酒宴が終わり解散するころには前後不覚になっていた。
どこをどう行ったのかは覚えていなかった。気づくと駅の前の交差点だった。母子が楽しげに会話をしていた。独身で童貞のナラクには程遠い世界の光景だ。
その母子を真横から突然スポットライトが照らした。近くにいた彼も照らされた。スポットライトがぐんぐん加速して近づいてくる。その正体に気づいたナラクは、すかさず母子をまとめて突き飛ばした。
105kgの大男に突き飛ばされた2人はなすすべなく吹き飛ばされた。トラックはそのまま赤信号を無視して彼女らの横を猛スピードで通過した。
ナラクが最期に見えたのは、目を瞑りハンドルに倒れ伏したまま動かない運転手の姿だった。